2025年4月17日木曜日

一般人の「特質」と、きちがい兄貴の「きちがい的な特質」がセットなんだよ。

 あの音のでかさで、あの至近距離で、「わからずや」が、ガンガン鳴らすわけだよ。毎日鳴らすわけだよ。鳴らしているとき、どれだけこっちが「鳴らさないでくれ!!!」と言っても、鳴らし続けるわけだよ。

それも、「申し訳ないけど、どうしても鳴らさなきゃならない理由があるから、鳴らさせてくれ」というような態度ではなくて……「鳴らさないでくれ」と言われたら、おこって鳴らすような態度で鳴らすわけだよ。

これが、どういうことかわかるか?

工事で鳴っているわけではないのだ。どうしても必要な作業で音が出るわけではないのだ。きちがい兄貴が、きちがい的にでかい音で鳴らしたいから、でかい音で鳴らしている。きちがい兄貴が、満足できる、きちがい的にでかい音で鳴らしているから、でかい音で鳴っている。

基本、理由は、きちがい兄貴のなかにある気持ちだけなのだ。

ほんとうに、まさしく、気持ちだけ。

そして、鳴らされると、日常の生活に支障が出るのだ。

日常生活に支障が出るという高度なことがわからないのはともかくとして、あれだけでかい音で鳴らしていたら、でかい音で鳴らしているということが、わかって当然なのだ。

どれだけ無視したくても、わかってしまう。

自分の感覚は、否定できないものなんだよ。普通は……。

その普通や、普通の概念を、きちがい家族が、ガン無視して、鳴らしている。

これが、きちがい空間でなくてなんだ。

きちがいが鳴らす音の攻撃を常にうけているのである。ほかの人は、きちがいが鳴らす音の攻撃を常にうけている状態ではない。

だから、ちがう。

これを、「俺だって騒音ぐらいあった」と抽象化、一般化、同質化、同量化して、理解してしまうこと自体がおかしい。おかしいけど、こいつらはこいつらで、きちがい兄貴とおなじように、「ちがい」を無視して、「俺だって騒音ぐらいあった」と言い張るのだ。

「俺だって騒音ぐらいあった」……というのは、ほんとうのことなのだろう。

けど、ちがう。

そして、こいつらがほんとうに言いたいことは、「俺だって、騒音ぐらいあった」ということではなくて、「だから、できないというのは、いいわけだ」ということなのだ。

「だから、できないというのは、いいわけだ」ということのほうが言いたいわけ。

ようするに、きちがい家族によるきちがいヘビメタ騒音なんて「できない理由にならないんだよ」ということを、こいつらは、言いたいわけだ。

どうして、こいつらが、こういうことを言えるのかというと、実際には、きちがい家族による騒音攻撃をうけてないからだ。

ようするに、きちがい家族と一緒に暮らしていない状態で、きちがい家族が鳴らす騒音というものを知らないから、その「苛烈さ」と「どうしようもなさ」がわからずに、「そんなのは、できない理由にならないんだよ」と言っているのだ。

こいつらもこいつらで、抽象化、一般化、同質化、同量化して、きちがい兄貴の特殊性を無視してしまうのだ。

きちがい兄貴のようなやつが、そんなにいるはずがない。きちがい兄貴のような脳みその構造?で、自分の意地をとおしてしまうやつなんて、そんなにいるはずがない。

だから、ほんとうは、おなじことを経験してない。

同レベルのことを経験してないのだ。

ところが、抽象化、一般化、同質化、同量化してしまうから、俺だって同レベルのことを経験したということにして、俺に、むりなことを言ってくるのだ。けど、(こいつらは)むりなことを言っているというつもりがないのだ。

こういうところで、なんか、きちがい兄貴の無視構造と似てくるものがあるのだ。

こいつらが鳴らしたわけじゃない。それはわかる。

けど、抽象化、一般化、同質化、同量化が、不適切なのだ。しかも、不適切なことをやっているという自覚がないんだよな。

だから、こういう、一般人の「特質」と、きちがい兄貴の「きちがい的な特質」がセットなんだよ。

抽象化、一般化、同質化、同量化して……「俺だって、苦労しているけど、できるはずだ」という意見をもつということは、うちのきちがい兄貴の特殊性を無視することなのである。

きちがい的な感覚の家族がが鳴らしている音を聞かされるという「経験の特殊性」を無視することなのである。

きちがい兄貴が、きちがい兄貴の脳みそにしたがって、普通の感覚ではない感覚で、きちがい兄貴側の意地をとおしてしまうと……そういう「異常なやり方で」とおしてしまうと……普通の感覚の持ち主が、「ぼくの身の上に起こったこと」について、自動的に、誤解をしてしまうのである。

普通の感覚では、きちがい兄貴の態度と行為は、理解できない。

だから、普通の感覚の持ち主が、ごく自然に、自動的に、誤解をしてしまう。きちがい兄貴の態度と行動には、普通の感覚の持ち主が誤解をしてしまということまで、含まれている。

どうしてかというと、ぼくが、普通の感覚の持ち主と、切っても切れない関係で暮らしているからだ。実際には、学校に行けば、普通の感覚の持ち主とあわないということはない。先生も含めて、普通の感覚の持ち主ばかりなのである。

普通の感覚の持ち主は、抽象化、一般化、同質化、同量化して理解するので、きちがい兄貴の特集性を理解しない。特殊なきちがい兄貴がもたらす、特殊な状況につい理解しない。特殊なきちがい兄貴がもたらす、特殊な影響について、理解しない。

無視する。

無視して、自分の意見を言う。自分の意見は、虫の上に成り立つ意見なのである。だから、ぼくが、必然的に、こいつらから、侮辱されたことになるのである。

不愉快なんだよ。

こういうこと自体が不愉快だ。

そして、家に帰れば、きちがいが、きちがいモードで、四六時中鳴らしているのである。これは、つねに、騒音につきまとわれるということだ。思考を破壊してしまうような騒音につきまとわれるということだ。無視できるわけがないだろ。トイレに入っていたって、風呂に入っていたって、きちがいの音が、大音響で攻めてくるのだ。

こんな状態でくらしていいわけがない。

それが、「俺だって騒音ぐらいある」と表現されるような騒音とおなじであるはずがない。いっしょくたにされていいわけがない。同一視されていいわけがない。

ちがうんだよ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。