2025年1月17日金曜日

条件を無視して、こころがけの問題にしてしまうのである。

 もう、さんざん言ってきたので、簡単に説明するだけにする。問題なのは、条件の無視だ。精神世界の人というのは、かくれている頂点以外は、みんな、お互いにお互いを洗脳しあっているような状態なのである。

だから、どんな人も、おなじようなことを言う。こころのブロックということについて書いたけど、生まれの条件、生まれの条件から派生する条件は、すべて、無視だ。

そして、「おカネが好きな人のことろには、おカネがよってくる」「おカネがたまらない人は、おカネをにくんでいる」「おカネがたまらない人は、おカネをきたないものだと思っている」というようなことを言う。

みんな……「その人が、どう思っているかということが、問題なのだ」というのだ。

これが……問題なのだ。

「おカネを、潜在意識で、きたないものだと思っているから、おカネがよってこない」と言う。これを正しいと思ってしまうセンスが問題だ。

そういう問題じゃないのである。

おカネをもっている人格者であるような親のもとに生まれた人と、おカネをもってないきちがい的な親のもとに生まれた人とでは、条件がちがうのである。収入、貯蓄という、もっとも、わかりやすいところだけではなくて、文化資産がちがう。

きちがい的な親は、きちがい的な理由で、毎回毎回、これでもかこれでもかと、たたりきるので、子供側の人間が、学校など、公的な場所で、ある意味「かくれ不適応」になってしまうのである。

根本的な部分に問題があるのだ。

きちがい的な親といっしょに暮らすということは、きちがい的な親との人間関係が、人間関係の「ひながた」になってしまう。そうなると、心的な問題が発生する。この心的な問題は、いろいろ人間関係に影響をおよぼす。

けど、普通の人たちは、きちがい的な親といっしょに暮らしたことがないので、「関係がない」と思うのだ。けど、実際には、関係がある。

しかも、これが、普通の人が、心理学を勉強してわかるような問題ではないのだ。普通の人が心理学を勉強して、「見える関係」ではなくてもっともっともっともっと、奥底の部分の見えないところに、関係が隠れているのだ。心理学を大学院で勉強した人ですら、あんまりわかってないようなところがある。

特に、認知療法はこういう部分を無視するので、わかってない人たちを量産するようになる。認知療法は、認知療法でプラスチックな解決方法を求めている。これは、プラグマティズムの影響だ。

まあ、ともかく、精神世界の人や普通の人は、「条件」を無視して考えることになれている。

条件を無視して、こころがけの問題にしてしまうのである。あるいは、潜在意識というわけのわからないことについて語りだし、「こころのバリアがあるから、おカネがよってこないのだ」ということにしてしまう。

いやー。おカネに関しては、生まれの条件が影響している。

恵まれている人にかぎって、生まれの条件を無視する傾向が強いと思う。これは、それこそ、調べてみる必要があるのではないか。まあ、これも、できたら研究しよう。

ともかく、条件を無視して、こころがけの問題にしてしまうと、こころがけをかえれば、おカネがはいってくるということを言うのである。ところが、現実生活においては、それこそ、生まれたときからつみかさなっている条件が、現実生活を規定する。その人ができきることを規定する。その人に対するまわりの人の態度を、あるていど規定してしまう。ところが、条件は無視するので、こころがけをかえたのに、状態がかわらないのはおかしいということになるのだ。それで、潜在意識というものを持ち出して、潜在意識で、おカネがきたないと思っているから、おカネがはいってこないということを、言い出す。そして、潜在意識を「うちやぶる」方法が、また、心理的な方法なのだ。あくまでも、外界の条件を認めずに、ただひたすら、内面の『こころの持ち方』だけを問題にする。けど、これ自体がまちがった態度なのだ。

だいたい、そんなことを言っている人間が、はじめてあった人のどこを見て、どういうふうに判断するかと言うことが問題だ。その人の見なりや、社会的な地位を見て、自分の態度を決めるのだ。あるいは、その人の学歴や職歴を見て、その人に対する態度を決める。

そして、実際に、たとえば、自分がどの程度カネをもっているかというのは、学歴や職歴や遺産で、決まってしまう。もちろん、生活スタイルもある。けど、生活スタイルだって、様々な条件が成り立っているから、そういう生活スタイルになるのだ。ともかく、生まれてきてからの条件を無視してしまうということはできない。ところが、生まれてきてからの現実的な条件を無視してしまう。だから、こころがけの問題になるのだけど、実際の生活というのは、現実的な条件によって、あるていど、決まってしまう。

セミナー講師ではなくても、現実の条件を無視して、こころがけの問題にしてしまう人は、実際に、恵まれた生活をしている場合がほとんどだ。生まれたときに、わりと恵まれた状態で生まれてきた人がほとんどだ。そういう人に洗脳されて、言ってみれば、恵まれていない人が「こころがけの問題なんだ」と思うわけなんだけど、それには、無理がある。実際に、恵まれてないからだ。条件がちがうのである。

基本的に、恵まれた人にとっては、自分の恵まれた条件というのは、空気のようなものだ。そして、他人の恵まれてない条件……悪条件に関しては、基本的に、無視しがちなのである。効力がある条件も、効力がない条件に見えてしまうのである。どうしてかというと、他人事だし、自分が人生のなかで、その悪条件を経験したことがないので、いまいちわからないというか、自分のこととしては、ぜんぜんわからない状態でくらしているからだ。他人の抱える悪条件に対する無関心さというのが、そもそも、生物的に内在しているのである。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。