たとえば、目立つところに、邪魔なものが置いてあると、「邪魔だ」と感じる。視界に入るものは、たしかに、こころに影響をあたえている。
普通は、なんか邪魔なものが視界に入る場合、どかすという行為をすることになる。どかせないのであれば、なにか理由があってどかせないのだ。だから、まあ、そのままになるというのは、そのままになるだけの理由があるということを、いちおうは、おさえておかなければならない。
邪魔だと感じるものが(自分が普段生活する場所に)置いてある場合は、邪魔なものが意識に影響をあたえる。「目障りだ」「邪魔だ」と思っているとき、ある程度不愉快な気持になる。その邪魔なものは、見るものに、ある程度、ストレスをあたえていると言っていい。
しかし、それは、潜在意識とは関係がない。潜在意識なるインチキ用語を使わなくても、普通の用語で説明ができることだ。「邪魔だなぁ」と思った時点で、ストスレを感じている。「邪魔だなぁ」と思う部分は、脳の正常な働きだし、ストレスを感じるのも脳の正常な働きだ。
これとおなじように、目標が書いてある紙を見たときに、やる気になる(かもしれない)というのも、正常な脳の働きだ。潜在意識なんて関係がない。顕在意識なんて関係がない。普通の意識が関係している。認識、想起、意欲という言葉で説明できることだ。潜在意識なんて関係がない。
だいたい、潜在意識という用語を使っている人たちは、かならず、プラス向きの働きがあるということを言っている。
たとえば、目標が書いてある紙を見ると、それが、潜在意識に影響をあたえて、自然にやる気になるということを言う。
けど、目標が書いてある紙を見て、あせった気持ちになる場合だってある。目標が書いてある紙を見て、憂鬱な気持になる場合だってあるのだ。目標が書いてある紙を見ると、それば、潜在意識に影響をあたえると、その潜在意識と宇宙意識がつながっているので、宇宙意識が目標をかなえようとガーーーッと動くというようなことを言う人もいる。
「絶対!合格」と書いた紙を貼っておくとする。「合格」と書いた紙を見たときに、どういう反応が起こるのかということは、わからない。「絶対!合格」という文字を見て、むなしい気分になる場合だってあるし、あせる場合だってあるのだ。
「絶対!合格」と書いた紙を見たということは、「合格」と書いた紙を見たということだ。宇宙意識……関係ない。潜在意識……関係ない。普通に、見たものに反応しているだけだ。
意識の範囲の出来事だ。書いてあることの意味を理解して、その意味に関係したことを想起している。そして、その想起が感情に影響をあたえる。普通の脳みその働きで、説明ができることだ。宇宙意識……関係ない。潜在意識……関係ない。
だいたい、この人たちは、見ているときの状態をまったく考えていない。かならず、潜在意識によい影響をあたえて、かならず、宇宙意識によい影響をあたえると考えている。しかし、実際の状態というのは、いろいろとある。
たとえば、試験日まで、あと一日というとき、ヘビメタ騒音ががんがん鳴っているところで「絶対!合格」と書いた紙を見たときは、あせりを感じるかもしれないのである。ヘビメタ騒音が鳴っている状態……ヘビメタ騒音が鳴っているという条件なんて、まったく考えてないのだ。
ヘビメタ騒音じゃなくても、はげしい騒音が鳴っているところで、書いたことを見た場合の反応については、まったく考えてない。
潜在意識に(よい)影響をあたえるので、潜在意識が目的を果たそうとして、(目的を果たす方向で)からだが、自然に動く……。どんな条件下でもそうなると言っているのが、まあ、潜在意識教の人たちの言っていることだ。
けど、どんな条件下でもそうなるのだろうか?