2024年11月22日金曜日

現実生活のなかでは、こんなものだ。ぜんぜん、言霊の力なんて信用してないのである。

  言霊思考についていろいろと批判してきたけど、別に、本人ががんばるのはいい。基本、未来というのは、決まっていない。

しかし、問題なのは、ほかの人に言うことだ。ほかの人に「あたかも、言霊で問題が解決する」と言うようなことを言うのは、よくない。

どうしてかというと、「言霊の力」がないからだ。その人たちは、「言霊」に過剰な期待をしている。「言ったことが、現実化する」とアホなことを言う。自分がそう思って、自分に関係があることだけやっていればいいのだ。ほかの人に言う必要なんてない。

どうしてかというと、ほかの人は、ほかの条件をかかえているからだ。

自分が相手の条件を無視して、「言霊で解決できる」というようなことを言うのは、よくない。どうしてかというと、「言霊では解決できない」からだ。言霊を信じている人は、言霊にはすごい力があると思っているけど、じつは、「言霊」自体には、まったく力がない。

して、もうすこし、正確な言い方をするのであれば「言霊」自体がない。その人たちが、想定している「言霊」というものがないのだ。だから、「言霊の力もない。この人たちは、すべての条件を無視して、「言霊のすごい力で解決できる」というようなことを言う。

「言ったとおりになるのだから、言えばいい」という考え方だ。

この人たちは、「言霊にはものすごい力が宿っている」ということを確信しているけど、自分の現実的な問題に関しては、言霊で解決しようとしないのだ。ようするに、言霊にやどっているものすごい力を利用して、自分の現実的な問題を解決しようとしてない。

現実的な問題に関しては、常に、現実的な思考をしているのである。

本人が、意識していないだけなのである。

だから、「月に一〇〇万円おカネが振り込まれる」と言って、おカネの問題を解決しようとせず、普通に働いて、お金をかせぐという方法で、おカネの問題を解決しようとする。

自分の病気を治す場合だって、「この病気は、一秒以内になおる」と言って、言霊の力を利用してなおそうとしない。普通に、医者に行ってなおそうとする。あるいは、自然治癒の力を使って、なおそうとする。

言霊の力を使ってなおせばいいだろ。

言霊の力では、なおせないと思っているので、医者に行ったり、自然治癒の力に期待したりする。自然治癒の場合は、ある程度の時間がかかるものがある。「言霊のすごい力」を使って、時間短縮をすればいいじゃないか。自然治癒のプロセスにまかせずに、言霊のすごい力を使って、三秒でなおせばいいじゃないか。どうして、言霊のすごい力を利用しようとしないのか?

言霊のすごい力なんて、ぜんぜん信じていないからだ。はっきり言えば、三秒でなおせると思っていないから、言霊の力なんて利用しようとも思わないのだ。

「足を骨折した……みたいだ。よし、言霊のすごい力を使って、三秒でなおそう」と思わないのだ。医者に行ったりするけど、けっきょくは、自然治癒の力でなおそうとする。

けっきょく、言霊の力で、骨折をなおすことができない。

けっきょく、言霊の力で、自然治癒の速度をあげることができない。

「三秒以内になおる」と言ったって、三秒以内になおることがない。

骨折した場合、三秒以内になおると言ったって、三秒以内になおらないということを知っているので、言霊で解決しようとはしないのだ。「言霊で解決しようとはしない」と書いたけど、これは、「言霊の力を使って解決しようとしない」ということだ。言霊理論を信じている人ですら、こうなのである。

「絶対に言霊にはすごいちからがある」「絶対に、言ったことが現実化する」と他人に、がんばって言っている人だって、現実生活のなかでは、こんなものだ。ぜんぜん、言霊の力なんて信用してないのである。

*     *     *

何度も言うけど、「言ったあと努力するなんてアホらしいことだ」。どうしてかというと、言っただけで現実化するからだ。言霊理論が正しいなら、言っただけで現実化するので、努力をする必要なんてまったくないのだ。

言っただけでは現実化しないから、努力する必要があるのである。自分のからだを動かす必要があるのである。 

問題なのは、自分が「言霊の力」をぜんぜん信用してないということに、まったく、気がついていないことだ。本人が、気がついていないのである。言霊を妄信しているような発言をする本人が、まったく、言霊を信じていない。こっちのほうが問題だ。

他人の現実的な問題に関しては、言霊の力で解決できるようなことを言うけど、自分の現実的な問題に関しては、言霊の力で解決しようとしない。そして、「言霊の力で解決しようとしない」ということに、気がついていない。こっちのほうが問題なんだよ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。