2024年8月1日木曜日

「こまるからやめてくれ」と言っても、発狂してはねのけて、絶対にやめない

 ヘビメタ騒音にたたられていると、いろいろな、本来なら必要がない用事が発生するのである。たとえば、大学受験に落ちて浪人するというようなことが発生する。それで、近くの図書館に、自転車で行くわけだけど、近くの図書館に自転車で行くというのも、本来なら必要がない作業だ。だいたい、浪人していても、きちがいヘビメタが毎日鳴っている状態にはかわりがない。きちがい兄貴が休みの日は、ほぼ一三(じゅうさん)時間、きちがいヘビメタ騒音を浴びせられるような状態がかわらない。どれだけむなしい思いで、俺が日曜日をすごすのかということだ。でっ、図書館だって、あのころは、めちゃくちゃにこんでいて、机を確保できない状態なのである。夏休みなんて、午前の部と、午後の部をわけて、どっちかの、整理券をもらわないと、どっちかの部に参加できないということになる。ようするに、たとえば、午前の部というのが九時三〇分から、一二時までだとすると、午前の部の席をとるために、午前八時三〇分ぐらいから、並ばなければならないような状態なのである。午後の部の整理券も、午前九時になくなってしまうような状態だ。

こちら側から見ると、きちがい兄貴というのは、ぼくの人生を破壊するために、常に音を出しているように見えるのだ。そりゃ、きちがい兄貴は、「つもりがない」状態で鳴らししているわけだけど、何万回も、「鳴らされるているとこまると」ということを、直接兄貴に言ったのだから、知らないわけがないのだ。けど、ちょっとでも、いやなことを言われたら、いやなことの内容はまったく理解しないまま、発狂して、はねのけるという性格をしているのだ。これは、きちがい親父が、居間で、ちゃぶ台?のまえで怒り狂っていたのとおなじなのである。これ、認めないんだよ。どれだけはっきり言われても、本人のなかでは「なにか、いやなことを言われた」というような予感でしかないんだよ。だから、『いやなこと』の具体的な内容は、まったく頭に残らないわけ。「なにかいやなことを言われた」と思ったとたんに、発狂して、はねのけてしまう。そうすると、本人は、相手に対して「なにもやってない」ということになってしまうのだ。そういうことができる、頭なんだよ。そういう脳みそを搭載して生きているんだよ。いやなことを言われた場合は、常にそういう反応をする脳みそを搭載して生きているんだよ。だから、こっちが、はっきりと、何万回言っても、きちがい兄貴の脳みそのなかには、俺がなにを言ったかという具体的な内容が残らないということになってしまうのだ。何度も言うけど、きちがい親父もおなじだ。きちがい親父も同種の脳みそを搭載しているために、きちがい親父の奇行について、こっちが、どれだけ「こまるからやめてくれ」と言っても、発狂してはねのけて、絶対にやめないのである。けど、絶対にやめずにやりきったあとも、「だれだれが反対したけど、無視して、自分がやりたいことをやりのけた」という気持がないのだ。つまり、まったくつもりがない。兄貴のことと、親父のことを交互に語ってしまったけど、おなじなんだよ。おなじタイプの脳みそを搭載して生きているので、おなじ反応が返ってくるのである。そして、おなじ反応に対する、おなじ感覚が成り立っているのである。だから、本人が、発狂して、がぜん、意地になってやったことは、「やってないこと」になっているのである。本のなかでは、そうなんだよ。きちがい兄貴ときちがい親父は、やったこと自体はちがうのだけど、「なにか不都合なこと」を言われたら内容を理解せずに、怒り狂ってはねのけて、やってしまうというのがおなじなのだ。そして、「やった」という認識がないのである。

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こっちは、毎日、毎日、積もるのに、きちがい兄貴は、毎日、毎日、なにもやってないつもりなんだよ。けど、実際には、すべての時間が、きちがいヘビメタで汚染されて、たいへんなことになっている。からだが、汚染物質でみたされているような状態になってしまう。からだが、つらい。けど、きちがい兄貴の感性が特殊で、うちでやっていることが特殊なので、「だ・れ・も」理解してくれないのだ。「ちゃんと言えば理解してくれる」というようなことを言うやつや……「過去は関係がない」と言うやつや……「思ったことが現実化したんだ」と言うやつや……「大丈夫だと言えば大丈夫だ」と言うやつ……ばっかりだよ。

特殊な家族にやられた人、あるいは、特殊な条件をかかえている人に対する、ほかの人の態度というのは、こういう態度だ。特殊な条件というのが、特別に、「不利な条件」なんだよ。けど、どういうふうに不利なのかということについて、ぼく以外の人が、まったく無理解なのだ。そういう無理解な他人にかこまれて生活をするということになる。切羽詰まった生活だ。どれだけがんばっても、いろいろなところにほころびが出る。

 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。