2024年7月12日金曜日

「できる」とか「地位」とかが自分の認知と他者の認知に影響をあたえてしまう

  なになにができるというのは、なになにができるということだけを意味して、『人格』とは関係がない。ところが、「なになにができる自分は、なになにができないだれかよりも、上だ」と考えてしまうのだ。

そして、「思ったことが現実化する」というような、幼稚な考え方がはびこっていると、「できない」人は「できないと思っているからできない」というような幼稚な考え方に支配されてしまうのである。

この世は、条件がある。個人の能力というのも、『条件』のなかに含まれている。

そして、この社会には、階層構造がある。あきらかな階層構造だ。

なので、上下関係は、「人間の格」の上下関係になってしまうのである。ほんとうは、階層構造において、上の地位にいるということは、人間の格をあらわしてない。もちろん、人格もあらわしてないな。

ところが、上の人は、人格的にも上だという考え方が、(各自の全身に)しみわたってしまうのである。

なので、「できる」とか「地位」とかが自分の認知と他者の認知に影響をあたえてしまうのである。「できる」とか「できない」とかということを通して、自分自身や他者について考えるということになる。

また、「地位が上か下か」ということを通して自分自身や他者について考えるということになる。これは、(すべての社会的な人間に)染みついている。

なので、どれだけきれいごとを言っても、実際の行動は、こういうメタ認知に根差したものになる。ようするに、意識的なきれいごとには従わず、現実場面のメタ認知にしたがって、行動するということになる。

そもそも、きれいごとは、「切り出した場面」によって構成されているのだけど、その「切り出した場面」というのは、メタ認知にしたがっているので、あらかじめ、条件を含んだものになる。

ところが、「切り出した場面」から、抽象化するときに、そのメタ認知的な条件をすべて、そぎおとしてしまうのである。そして、条件をそぎおとした「きれいごと」が誕生するのである。

しかし、「現実の場面」では、(その現実の場面における)メタ認知が影響しているので、ごく普通に「きれいごと」のなかにはなかった行動をするのである。それが、人間なのである。ようするに、「きれいごと」に感動したときのようには、行動しないのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。