毎日、勉強することができないということが、影響をあたえないわけがないだろ。ただ、勉強することができない時間があるということではなくて、その時間ずっと、くるしいわけだか、健康面にも影響をあたえる。日本で学生としてすごして、毎日、家で勉強することができないということが、あたえる意味がわからないというのは、思考力がないということだ。夜郎自大な設定で、自分なら影響をうけないと思って、好き勝手なことを言いやがって。なめて、見下したことを言いやがって……。毎日、日曜日も祭日も含めて、やられて、いいわけがない。
勉強だけじゃなくて、睡眠に影響をあたえる。気分に影響をあたえる。だれだって、自分の嫌いな音を……世の中で一番嫌いな音を、あのでかさで、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も聞かされたら、憂鬱になる。からだが思うように動かなくなる。おこった顔つきになる。憂鬱そうな顔つきになる。不機嫌そうな顔つきになる。それを、そういうふうにしないように、俺がどれだけ、意識してがんばってきたか、ほかの人はまったくわかってない。ほかの人は、きちがい兄貴ではなく、この問題には関係がいない人たちなのだから、おこった顔をしないようにしよう、不機嫌な顔をしないようにしよう、そう思って、鳴らされている十数年間、なるべく、ほかの人にさとられないように、普通の顔をして……生きてきた。ヘビメタ騒音に関係がない人には、配慮をしていた。けど、そういうのも、一五年間鳴ったあと、ずっと何十年も後遺症が続くとなると、やってられなくなる。きちがい的な家族にたたられなかった人は、「ニコニコしていればいいことがある」など言うけど、それは、ぼくの数十年間を全否定した言葉だ。どれだけ、他人に配慮して、他人に気をつかって、不機嫌な顔を見せないように努力してきたか、おまえわかっているのか?と言いたくなる。そういう期間が長すぎるのである。でっ、きちがいヘビメタ騒音ときちがいヘビメタ騒音の後遺症が原因なのだから、ずっと続くのである。つまり、いやなこと、悪いことが続くということになる。これがわかっているのか?