たとえば、AさんとBさんがいたとする。Aさんがエレキギターをでかい音で鳴らしていたとする。BさんがAさんに、「うるさいからやめてくれ」と言ったとする。Aさんが、でかい音で鳴らすことをやめたとする。この場合、言霊の力によって、Aさんが、でかい音で鳴らすのをやめてくれのか? ちがう。これは、超物理的な言霊の力によって引き起こされたことではなくて、言葉の力によって引き起こされたのだ。もちろん、Bさんが発した言葉が、空気の振動になって、Aさんの耳にとどくということも、物理的な現象だ。まず、物理的な現象が成り立っている。次に、AさんもBさんも日本語が理解できるという前提がある。Bさんは日本語で言ったけど、Aさんは日本語がわからないので、Bさんが言っていることがわからなかったということが発生したとする。わからない場合は、やめてくれない確率があがる。相手のジェスチャーで、相手がやめてほしいと思っているということに気がついてやめる場合はある。けど、「言ったからやめてくれた」という場合だって、言霊の神秘的な力によって、やめさせることができたわけではないのだ。Bさんが言っていることを、Aさんが理解して、「やめてやってもいいかな」と思ったので、Aさんがエレキギターを弾くことをやめた。Aさんの意思がある。Aさんが「やめてやってもいいかな」と考えたので、やめてやっただけだ。Aさんが、「絶対に、この音で鳴らしたいから、絶対にやめてやらない」と考えたら、やめてやらないということになる。エレキギターの音が続くということになる。言霊主義者は、「やめてくれ」とBさんが言ったから、Aさんがやめてくれた場合も、言霊の力によって、Aさんがやめたのだと解釈してしまう。けど、ちがう。超自然的な言霊の力によって、Aさんが、やめたくないのに、強制的にやめさせられたわけではない。言霊の力にあやつられて、Aさんがやめたわけじゃない。Aさんの意思がある。Aさんが「やめてやろう」と思ったからやめてやったのだ。Aさんが「やめてやらない」と思ったら、Aさんはやめない。この場合は、言霊の力が働かなかったということになるのか? 言霊主義者は、Bさんの言い方が悪かったから、言霊の力が発動せず、Aさんがやめてくれなかったと解釈してしまう。これも、あとだしジャンケンだ。Aさんがやめてくれない限り、Bさんの言い方が悪いということになってしまうのだ。Bさんの言い方が悪かったから、言霊力が発動せず、Aさんがやめてくれなかったということになってしまう。言霊主義者の頭のなかでは、そうなる。けど、そうではないのである。AさんにはAさんの意思があるので、やめる気持ちにならず、やめてやらなかったというのが正解だ。Aさんの意思に、超物理的な言霊の力が、働いてないのである。
Aさんがどう考えていったって、Bさんが「やめてくれ」と言ったら、やめることになるのだ。Bさんが、「Aさんは、一秒後に、エレキギターをでかい音で鳴らすをやめる」と言ったら、Aさんの意思に関係なく、ものすごい言霊の力によって、Aさんは、一秒後に、エレキギターをでかい音で鳴らすをやめるのだ。……そうでなければ、おかしい。おかしいので、そういう言霊的な考えはまちがっているということになる。言霊主義者が言っていることにしたがえば、Aさんの意思に関係なく、Bさんが「Aさんがやめる」と言ったら、Aさんはやめることになる……のだ。それ以外ない。
Aさんの意思というのは、まったく関係なく、Bさんが「Aさんがやめる」と言ったかどうかだけが、問題になるのだ……。言霊主義者の頭のなかでは、Bさんが言ったことだけが問題になる。おかしいとは思わないのか?
「明日は雨がふる」と「自分」が言ったから、雨がふったと考えるような思考レベルだ。相手の意思や物理法則に関係なく、自分が言ったとおりになるのだ……。おかしいとは、思わないのか?