きちがいヘビメタは、でかい音なんだよ。俺は、幼稚園のとなりで生まれ育っているので、騒音には、耐性があるんだよ。その耐性がある俺を、めちゃくちゃにするほど、でかい音で鳴らしたんだよ。
非常識なことなんだよ。条例のレベルで犯罪行為なんだよ。
みんな、きちがい兄貴の行為については触れずに、俺が感じ方をかえればいいというようなことを言う。こんなのは、ない。
そして、自分なら、「気にしないことができる」という前提なのだ。自分なら「受けとめ方をかえられる」という前提なのだ。
話自体が、「気持ちわるい」というような感じをいだくやつもいる。気持ちわるいのは、きちがい兄貴だ。俺じゃない。気持ち悪い態度なのは、きちがい兄貴だ。俺じゃない。ところが、そういう気持悪い兄貴の話をしている俺が、気持ち悪いと思ってしまうのだ。きちがい兄貴が、きちがい的な態度で……すなわち、気持ち悪い態度で、きちがい的な音で、ヘビメタ騒音鳴らしている。きちがい兄貴がやっていることなんだよ。
それなのに、そういう話を聴いたとき、そういう話をしている俺(エイリ)が気持ち悪いと思うのだ。兄貴が、気持ち悪い性格で、気持ち悪い態度で、気持ち悪いことをしているのに、その話をしているのが俺なので、俺が気持ち悪いことをしていると受け取ってしまう。どうしてかというと、気持ち悪いきちがい兄貴について言及しているからだ。
そういうふうに、話のなかの主体と、話している主体を区別せずに、聴くやつがいる。気持ち悪い態度で、非常識なことに執着しているのは、兄貴なのに、まるで、俺が、気持ち悪い態度で非常識なことをしているように勘違いするやつがいるんだよ。
「そんなのは、へんだからへんだ」というような感じをいだくやつもいる。こいつらも、みんな、みんな、きちがい兄貴のことは、悪く言わずに、俺のことを悪く言う。
こういうレベルのやつらが多すぎる。きちがい兄貴と俺で、どっちが悪いのか、まったく、考え違いをしているやつらがいる。こういうやつらの思考レベルは低い。
自分だって、きちがい兄貴のような家族に、自分の嫌いな音を、ずっと毎日聞かされれば、睡眠回路がくるい、基本的な生活体力をなくし、仕事ができなくなるのに、自分なら、そういうことが平気だという前提でも、もの言ってくる。
こういうやつが、多かった。
こういうやつらの割合が九五%なのである。
きちがい兄貴の行為と、俺の行為と、どっちが悪いのか、まったく区別がついてない、幼稚なやつらが、いっぱい、いっぱい、いた。
きちがい兄貴が、こういうやつらの想像レベルをこえて、きちがい騒音にこだわり続けて、自分が満足できるきちがい的にでかい音で鳴らすことにこだわると、俺が、自動的に、ほかのやつらから、バカにされ、下に見られることになってしまうのである。
ほかのやつらには、起こらないことなんだよ。
だから、ほかのやつらにとってみれば、想像のなかのことでしかない。バカな頭で想像すると、悲惨さがわからない。どういう部分でやっかいな影響をもたらすのか、わからない。思考のレベルが低いから、影響について、バカなりの勘違いをする。
ともかく、きちがい兄貴は普通の人ではないので、普通の人である人たちには、わからないことをしているんだよ。しかも、やっている当の本人は、やっているつもりがないのだ。やっている当の本人というのは、この場合、きちがい兄貴のことだ。
きちがい兄貴がこだわってこだわってやっているのに、自分は、こだわってこだわってやっているという認識がまったくない。これが、こまるんだよ。これが、こまる。
こだわりつくして、やっているのに、こだわりつくしてやっているという自覚が、まったくまったくない。こだわってないことになっている。まったく、そんなことはやってないことになっている。このきちがい構造がわかるか? このきちがい構造で、どれだけ、ひどい目にあうかわかるか?
どれだけ、「気を取りなおしてやっても」つねに、きちがいがきちがい行為を、夢中になってやっている状態なのだから、すぐに汚染されてしまうのである。汚染の速度がはやすぎて、「気を取りなおす」なんてことが、できなくなる。
けど、それも、くそ凡人である人たちが……この人たちは、普通の人なのだけど、想像力が低いので、そういう状態について、正確に想像することができないのである。みんな、勘違いをしている。
そして、みんな、『自分なら、気を取り直してできる』というような考えをもっている。夜郎自大。夜郎自大。
みんな、まったく、状況について理解してない。『自分なら平気だ』『自分なら、気を取り直してやることができる』と思っている。
けど、そういう状態じゃないんだよ。横の部屋にきちがい家族が住んでいるというのは、ちがうんだよ。
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きちがいの壁と、バカの壁にはさまれる。