きちがい兄貴にやられると、能力がさがる。なんていうのかな? ヘビメタの音は、勉強時間をうばっただけではなくて、ものすごく、能力がさがるものなんだよ。
そして、簡単にできる宿題ができなくなる。
どうしても、できなくなる。
どれだけがんばってもできなくなる。
きちがいヘビメタ騒音のなかで、教科書や問題集と、にらめっこしていることになる。で、その時間が、ただ単に、「勉強ができない時間」ではなくて、体力や思考力や睡眠力をうばっていく。明るい気持ちをうばっていく。明るい見通しをうばっていく。
ヘビメタで、見通しがないなかで、アファーメーションで、どれだけ「だいじょうぶだ」「だいじょうぶだ」と叫んでも、ぜんぜん、それは、意味がないわけ。
むしろ、逆効果なんだよね。
ヘビメタ騒音のなかで叫ぶと、怒りと不安が、ピークになるほど、増大する。アファーメーションと言ったけど、言霊と言ってもおなじだ。言霊について、いろいろと書いてきたけど、言霊信者というのは、アファーメーション、プラス、神秘的な力を期待しているわけ。
だから、「だいじょうぶだ」「だいじょうぶだ」と言っているのに、不安が増大するなんてことは、まったく考えてないわけ。自分の経験から言って、「だいじょうぶだ」「だいじょうぶだ」と言うと、安心して、だいじょうぶだと思えるようになったから、効果があると思っているわけ。
アファーメーションにも効果があるし、アファーメーション・プラス・神秘的な力をもつ言霊は、なおさら、効果があると思っているわけ。
で、そういうふうに思っている人は、きちがいヘビメタが鳴ってない、しずかな部屋で、アファーメーションなり、言霊宣言をしているわけ。しずかな部屋と言っても、ものすごく静かな部屋である必要はないわけ。
ようするに、ぼくの状態で言えば、きちがい兄貴が、まだ、エレキギターを買ってない状態で、ヘビメタに興味がない状態で、フォークギターを部屋で引いているような状態なら、じゅうぶん、しずかな部屋と言えるわけ。きちがい兄貴が、ヘビメタを鳴らすために、巨大なオーディオセットを買う前は、普通のステレオで、普通に(当時の歌謡曲)を聴いていたわけだけど、そういうふうに、普通の音で鳴らしてくれるなら、別に、兄貴が自分の部屋で、好きな音楽を聴いていても、よかったわけ。
そういう状態なら……フォークギターを鳴らしたり、普通のステレオを鳴らしている状態なら、特別に静かな部屋ではなくても、いろいろと聞こえる部屋でも、普通の部屋であるわけ。きちがい騒音部屋じゃないわけ。
みんな、ほんとうに、きちがい兄貴が、こだわってこだわってこだわってこだわって、鳴らしたヘビメタの音がわかってない。ヘビメタの音のでかさがわかってない。ちがうんだって言っているのに、フォークギターぐらいの騒音を想定して、ぼくの話を聴くというか、受け流すわけ。
これじゃ、俺が、たいしてうるさくない音に、こだわって、「うるさいうるさい」と言っているみたいじゃないか。ちがうんだよ。けど、まず、ヘビメタ騒音の話をされたということ自体が、不愉快に感じる人もいるわけ。
まあ、自分に関係がない「愚痴」を聴かされたと、強く思う人は、それだけで、不愉快な気持になるわけ。だから、そのとたんにというか、ほぼ同時に、ぼくに対して、「憎悪」の気持ちをいだくわけ。愚痴を聞かされたと思ったあとは、ぼくのことが「不愉快な人間」であるかのように、感じるわけ。
だから、「そんなやつが言うことは、まちがいにちがいがない」とか「そんなのは、お兄さんにしずかにしてと言えばすむ話だろ」と思って、基本的に、怒るわけなんだよ。まあ、すごく怒るわけじゃないけど、小さな怒りは発生するわけ。
で、そういうのも、きちがい兄貴が、こだわってこだわってこだわって、こだわりの音で鳴らさなかったら、しょうじてないんだよ。ヘビメタを聴くにしろ、フォークギターぐらいの音で聞いてくれたら、そういうこと自体が、そもそも、しょうじてないことなんだよ。
そして、たとえば、遅刻をしたとか、宿題を忘れたとか、そういう「ダメなこと」が発生していると、「なんだ、こいつは!!」と思う気持ちが強くなるわけ。
だから、基本的に、ぼくが、ヘビメタ騒音のことを説明しても、そいつは、ぼくに腹をたてた状態になるわけ。
そういうことの繰り返しで、つかれたよ。きちがい兄貴がやっていることは、フォークギターぐらいの音で、ヘビメタを鳴らすというような、普通のことではないんだよ。
それが、ほかの人にはわからない。
「できない」と言っても、ほかの人は「できるはずだ」と考える。だから、溝がしょうじる。そして、こっちの能力がさがっていれば、そいつは、さらに、「えいりというやつは、本当にダメ人間だな」と思うわけだよ。
そういうふうに、見下げてくるわけ。だから、そういうのがいやだったから、「ヘビメタを鳴らさないでくれ」ときちがい兄貴の部屋に行って、何度も何度も、言うのだけど、きちがい兄貴が、きちがい親父の形相で、きちがい親父の感覚で、頭がおかしい人にしかできないような無視をして、やり続けるわけ。
だから、こまるんだよ。
けど、きちがい兄貴は、そんなのは、知らないわけ。どれだけ、言っても、まったくなにも、兄貴にはつたわらないわけ。その「つたわらない状態」というのが、また、きちがい的な状態で、普通の人にはわからないんだよね。
どうしてかというと、普通の人のうちには、きちがい的な状態で、無視する人がいないから。きちがい的な状態で、どれだけ言われても、言われた内容が、まったく理解できない状態になる人が、いないから、わからない。
言葉がわからないわけではないし、知能が低いわけではないのだけど、あたかも、言葉がわからないというような感じで、わからない。
俺が何回言っても、兄貴のほうは、言われた感じがしないのである。
俺が何回言っても、兄貴は、なにも言われてないと思っている状態が続くわけ。
俺が、何百回言っても、兄貴は、ゼロ回しか言われなかったと思っているわけ。
俺が、何百回言っても、兄貴は、一回も言われてないと思っている状態が続くわけ。
これだって、普通のうちの人にはわからないことだ。どうしてかというと、自分のうちにはそんな人がいないからだ。