何度も言うけど、過去を無視することで、現在はかわらない。厳密に言えば、現在の状態はかわらない。
たとえば、有機水銀によって水俣病になった人が、水俣病になるまでの過程を、無視したとする。汚染魚を食べたという過去を無視したとする。それで、現在の状況がかわるのだろうか? かわらない。
ところが、「過去は関係がない」「過去は現在に影響をあたえない」と言う人たちは、そういう効果を、設定して、ものを言っている。水俣病になっている人が、くるしみを感じているとする。過去の出来事が現在に影響をあたえないのであれば、くるしみもない。
過去が関係がないのであれば、有機水銀によってしょうじた現在のくるしみはないことになる。汚染魚を食べたという過去の出来事によってしょうじた、現在の状態は、汚染魚を食べたという過去の出来事を無視することによって、かえることができるのだ。本人が過去の出来事を無視すれば、現在のくるしみが消えるのだ。
そんなことがあるはずがない。
ところが「過去は関係がない」「過去は現在に影響をあたえない」というようなことを言う人たちは、そういう効果を狙って「過去は関係がない」「過去は現在に影響をあたえない」と助言している。
とりあえず「過去は関係がない」「過去は現在に影響をあたえない」と言う人たちのことを「過去無関係主義者」と呼ぶことにしよう。過去無関係主義者は、対象となる人が過去の出来事にこだわっていると思っている。
なので、対象となる人が過去の出来事にこだわることをやめれば、過去の出来事が、現在に影響をあたえなくなると思っているのだ。
けど、これも、まちがいだ。
かりに、水俣病の人が記憶喪失になり、汚染魚を食べたという過去の出来事を忘れてしまったとする。こだわりようがない状態になったわけだ。けど、汚染魚を食べたという過去の出来事を忘れたら、突然、からだが汚染魚を食べるまえの状態になるかというとならない。
くるしみは、続くのである。
過去の出来事にこだわらない状態になっても、現在のくるしみが続くのである。過去無関係主義者は、言霊主義者のように、勘違いをしている。理由がわかってない。過去の出来事を無視すれば、現在に対する過去の影響がなくなると思っているのだ。そんなことはない。だいたい、相手の重要な理由を、無視するということが、失礼なことなのである。
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一〇年以上毎日繰り返された物理刺激は、器質的な変化を生じさせると思う。証拠はない。けど、 一〇年以上毎日繰り返されたヘビメタ騒音は、睡眠にかかわる脳の質的な変化を生じさせたと思う。過去無関係主義者が考えていることというは、完全にソフトなことなのだ。本人は、つらかったと言うけど、ソフトなことを考えている。
たとえば、失恋だ。過去において、好きな人に告白してふられたとする。当時、ショックを受けて、はげしく落ち込んだ。けど、「過去を断ち切って」過去の苦しみを乗り越えた。だから、現在は過去の出来事の影響をうけてないと言える……。こんな感じだ。
過去の出来事って失恋のことね。でっ、そういうことを言う人たちは、まったくちがったことをおなじことだと思っているところがある。「なんで、勘違いしちゃうんだ」とぼくは思うけど、ともかく、この人たちにはそういうところがある。
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たとえば、虫歯について考えてみよう。たいていの場合、虫歯菌は、母親からもらっている。虫歯菌が口内に存在するようになってから、歯を磨かなかったとする。そして、虫歯になったとする。こういうことを考えた場合、母親から虫歯菌をもらったという過去の出来事を無視して、歯を磨かなかったという過去の出来事を無視すれば、虫歯はなおるのかというと、なおらない。
現在において、虫歯でいたいという感覚があるとする。現在、いたい。現在、いたさを感じている状態で、過去の出来事を無視した……。いたみが消えるだろうか? 消えない。こういうことだ。
過去無関係主義者は、虫歯になるに至った過去の出来事を無視すれば、虫歯のいたみが消失すると思っているのだ。AさんとBさんがいたとする。Aさんは現在虫歯で歯がいたいとする。Bさんは、過去無関係主義者だとする。Aさんが「歯がいたい」と言ったとする。Bさんは「Aさんが歯がいたいという過去にこだわっている」と思うのだ。そして、「こだわりをすてればいたみが消失する」「過去を断ち切れば、いたみが消失する」と思っているのだ。だから、「過去に過去にこだわらなければいい」「過去は現在に影響をあたえない」と助言をする。けど、過去にこだわらないようにしても、過去は現在に影響をあたえないと思っても、けっきょく、いたみが消えない。過去無関係主義者は、そういう、迷惑な助言をして、対象となると人をこまらせている。不愉快な気持にさせている。
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