2024年1月18日木曜日

「地球が存在する」とだれかが言ったから、地球が存在するようになったのではない

 言霊主義者だって、階段から落ちるまえに、階段から落ちると言ってないし、痛いと感じるまえに、痛いと言ってない。

物理的な理由により、痛さを感じたあと、痛いと言っている。ほぼ同時である場合もあるけど、痛さを感じたあとに、痛いと言っているのだ。

「痛いと言う『から』痛くなる」と、言霊主義者はよく言うけど、痛さを感じたあと、痛いと言っている。言霊主義者だって、痛くないのに、「痛い」ということは少ないはずだ。そして、痛くないのに痛いと言うと、痛いと言ったから、痛くなるというケースは、ほとんどないはずだ。

ただ単に「痛いような気がする」というような感じだろう。実際に痛くなくても、「なんとなく、痛いような感じがするんじゃないかな」というような、めちゃくちゃに弱い痛さしか感じていない。「痛いと言ったから感じる痛さ」は、そういうレベルの痛さだ。

自己申告制なので、「痛いと感じた」と言っているだけだ。

ほんとうは、痛さなんて感じていない。「痛い」ということ以外に、痛いと感じる理由がない場合は、痛さの度合いが、弱いのである。もう、微弱で、ほとんど、ゼロだ。「なんとなく、そんな感じがする」「なんとなく、そんな感じがするような気がする」というレベルの痛さしか感じていない。

「足が痛いと言うと、足が痛くなる。言うから痛くなる」……そうなんでしょうかね。

骨折したら痛く感じるけど、骨折したという物理的な理由があるから、痛いと感じているんじゃないかな? 感じたとあとに「痛い」と言っているのじゃなのかな?

そして、この「言語を理由にする理論」というのは、言語を習得するまえに成り立っていたのかどうかということが問題になる。

「痛い」という言葉の意味と、実際の痛さの感覚が本人のなかでむすびつけられていない場合は、実際に痛さの感覚がしょうじた場合ですら、「痛い」とは言えない。

日本語を習得したあとに、「痛さ」と「痛いという言葉の意味」がむすびついて、痛さを感じたときは、思わず、「痛い」と言うようになったのだ。

痛さを感じるときに、かならず、「痛い」と言うかというと、言わない場合もある。しかし、言わない場合も痛さを感じているのである。

これは、「痛いと言うから痛くなる」という理論では、説明できないことなのである。

これまでの話は、個人が言語を獲得する前の話だけど、人類が誕生するまえはどうなのかという話をしたい。地球の発生のほうが、人類の発生よりも、時間的にまえの出来事だ。

別に、人類が言葉を使い始めて、そして、「地球がある」とか「地球が存在する」とかと言ったから、「地球が存在」するようになったわけではない。

あきらかに、人類が発生するまえに、地球が発生している。あきらかに、人類が言葉を習得するまえに、地球が発生している。地球が発生したという出来事は、人類が言葉を習得するという出来事のまえに発生したことだ。

繰り返しになるけど、「地球が存在する」とだれかが言ったから、地球が存在するようになったのではない。

これは、「言えば、言ったことが現実化する」という理論では、説明できないことなのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。