2023年10月5日木曜日

きちがい家族にやられたことがない人は、「差」を無視してしまう

 ほんとうは、格差がある。きちがい的な家族にたたられたやつと、きちがい的な家族にたたられないやつとでは、差がある。元の能力があったって、きちがい家族にやられたら、能力がなくなる。たとえば、きちがい家族が、ヘビメタにこだわるなら、ヘビメタを「自分が思ったとおりの音で鳴らすこと」にこだわりつくすので、すべての道徳が、そいつのこころのなかから、なくなってしまうのである。「鳴らしたい」……から……「鳴らせる」基準に移行してしまうのである。感覚器やこころが、「鳴らせる基準」に移行してしまうのである。そうなると、道徳的に悪いことをしても、なにも感じなくなる。鳴らせる基準で鳴らしているのだから問題がないということになってしまう。鳴らせる基準は、耳を悪くして、耳という感覚器を鈍感にして、成り立たせてしまうのである。そういうことを、器用にできるのが、きちがい兄貴型の気ちがいなのである。無意識問題があるタイプのきちがいなのである。こいつは、どれだけ言っても、まったくゆずらないし、ゆずらなくてもいいと思っているので、ずっとやりきる。相手がどれだけこまっていたって、相手がこまっているということが、完全にわからないのだから、相手をこまらせているつもりがまったく生じないのである。普通は、「言えばわかることなのに」どれだけ言ってもわからないということになってしまうのである。でかい音で鳴らしているということが、都合が悪いことなら、都合が悪いことは、意識が意味を理解するまえに、無意識が排除してしまうのである。そうなると、都合が悪いことを認めずに、やりきることができる。相手をこまらせている」ということも、本人がこまっていないのだから、ぜんぜん気にらないのである。どれだけ言っても、認めないのである。これは、相手が言っている内容を、意識が理解する前に、無意識がはねのけている状態だ。どれだけ言ったって、自分のとの関係で、内容を理解することがないのである。日本語がわかっても、「都合が悪いことを認める」ことはできないのである。認めないということも認めない状態でやりきってしまうのである。もちろん、やりきったとは思ってないのである。相手が反対してきたことをやりきったというつもりは、どれだけ長い時間やったとしても、まったくしょうじない。

ともかく、本当は、家族によって、差がある。ところが、「俺だって苦労した」というひとことで、差がないことになってしまうのである。きちがい兄貴と凡人は、まったくちがう感覚をもっている。無視するときの、しくみがちがう。きちがい兄貴の場合は、無意識がかかわっているけど、凡人の場合は、無意識がかかわってない。きちがい兄貴は、感覚器を無視してしまうけど、凡人は、感覚器を無視しない。はっきり言うけど、凡人は、感覚器を無視することができないのである。「そういうところで」きちがいだから、兄貴は、感覚器を書き換えて無視してしまうのである。そういうふうに、「やりたいこと」が「でっぱっている」のである。これを、脳みそのクセだと言えば、クセだということになるけど、くせだから許されるかというと、ゆるされない。まあ、話がずれるので、「クセだからいいのかどうか」ということについては、ここでは、これ以上、語らないことにする。

ともかく、きちがい家族にやられたことがない人は、「差」を無視してしまう。差を無視するための言語(説明の仕方)というのが用意されている。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。