ヘビメタ騒音の一日というのは、すさまじいものなのです。学校に通っているときだって、学校に通っていないときだって、すさまじいものなのです。すさまじく、つかれるものなのです。一五年間毎日鳴っていたら、つかれるんだよ。憂鬱になるんだよ。元気じゃなくなるんだよ。
考えてもごらんよ。一年目の名前だけ店長に「つかれたというからつかれる」「つかれないと言えばつかれない」「楽だと言えば楽になる」「楽しいと言えば楽しくなる」「元気だ元気だと言えば、元気になる」と言ったとする。
これ、全部まちがいだけど、一年目の名前だけ社長なら、たえらるかもしれない。けど、一五年目の名前だけ店長にはたえられない。たえられないことになる。
ところが、ブラック社長というが、人のつかれには鈍感で、自分のことしか考えてないから、名前だけ社長の、必死のうったえを、無視してしまう。
口を開けば、有害な言霊理論を口にする。
何度も言うけど、くそ凡人が、このブラック社長とおなじ思考回路をもっているということだ。
そして、言霊的なことを口にする凡人は、みんな、ほかの人のつかれには鈍感なのである。
ほかの人のつかれは自分で感じることができないので、ほかの人が一五年間のつかれを口にしても、「そんなことはない」と思ってしまう。
「楽しいと言えば楽しくなる」「元気だ元気だと言えば、元気になる」とブラック社長のようなことを言ってしまう。本人は、「いいことを言った」と思っているのだろう。本人は、「元気づけてあげた」と思うのだろう。本人は、人に親切にしたつもりなのだろう。こういうレベルの人がいっぱい、いる。
そして、本人は、「俺は歳をとったから、もう働けない」と言って、仕事をやめてしまうのだ。老化を口実にして、仕事をやめてしまう。
言霊が正しいなら「俺は、老化しいない」とひとこと言えば、老化しないのである。どうして、自分の老化に関しては、言霊的な解決法を選択しないのか。自分のからだのことだから、わかっているのである。
「俺は、老化しない」と言っても、実生活のなかで、「ずいぶんと歳をとったな」とか「どうも最近つかれるようになった」というようなことを、感じる。
自分のからだのことだから、言霊で解決しようとしない。
人には、「限界なんてない」などと言っていたのに、自分のことにかんしては「限界を感じた」と言うのである。こういうやつが多すぎる。
人にはえらそうに、無益で有害な言霊的な解決法をすすめていたのに、自分のことになると、現実的なことを言う。言霊が絶対に正しいなら、「俺は、老化しない」「俺は、つかれない」「つかれたと言うからつかれる。元気だ元気だと言えば、元気になる」と言って、働けばいいじゃないか。
自分のことだと、自分のからだの状態は、自分でわかるので、正しい認識が生まれるのである。
ところが、他人のことだと、他人のからだのことは、まったくわからないので、他人のからだの状態を無視して、言霊的な解決法を口にして、言霊は絶対に正しいと言うのである。
俺がわかいとき、俺にえらそうなことを言っていたやつが、みんな、老化を理由に、仕事をやめていく。「俺は老化しない」とひとこと言えば、老化しないのだから、仕事をやめるべきではない。
こいつらは、ヘビメタ騒音を経験しなかったから、ヘビメタ騒音のつかれがわからないだけなのである。
ヘビメタのつかれがわからなければ、言霊的な解決法を口にして、言霊は絶対に正しいと言う。こいつら、みんな、そういうレベルのやつら。
きちがい親父やきちがい兄貴とは、質がちがうけど、「ヘビメタ騒音のつかれ」がわかってないだけなのである。
「できると言えばできる」「人間は働くべきだ」……こういうことを、えらそうに他人に言っていたなら、一生、働き続けるべきだ。
なに、泣き言を言っているんだよ。あまえたことを言うな。老化は、あまえ。できると言えばできるんだろ。言霊は絶対に正しいんだろ。
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「食あたりしない」とひとこと言えば、なにを食べても食あたりしないんだろ。言霊のものすごいチカラで、食あたりしない。なんで、言霊主義者なのに、食あたりを気にするんだ?
どうして、自分にとって「うたがうにじゅうぶんな理由」があるときは、言霊を利用しないんだ? おかしいじゃないか。言霊のチカラはものすごいチカラなんだろ。物理法則をひっくり返すほどの、すごいチカラなんだろ。そのチカラを自分にとって「うたがうにじゅうぶんな理由」があるときも、利用すればいいじゃない。いや、逆に、そういうときこそ、言霊を利用するべきなのではないか?
こいつら、みんな、ひとごとだと、「あーだ」「こーだ」と言うんだよ。言霊は絶対に正しい。言えば、言ったことが現実化する。言霊にはものすごいチカラがある。
だったら、自分にとって「理由があきらかなとき」も言霊を利用すればいい。