「一秒後に、一億円が、机の引き出しからでてくる」とは、言霊主義者でも言わない。言霊主義者だって、そんなことにはならないことがわかっているから、言わない。
一億円ぶんの札束が、机の引き出しから、でてくる。札束が、勝手に、動いてでてくる。百取り虫のように、はいだしてくる。札束が、机の引き出しを、おしてあけて、にょきににょきと、はいだしてくる。……そんなことはない。……「ない」ということがわかっている。
だから言わない。
いくら言霊主義者だって、妄想的な精神状態になっていなければ、そういうことは言わない。けど、それは、「言ったって」「その通りにならない」ことがわかっているからだ。相手のことに関しては、「言ったって」「その通りにならない」ことがわかってない。
だから、言霊的な助言をしてしまう。
これは、魔法を使えるということとおなじだ。
相手には、そうならない理由がわかっている。けど、言霊主義者には、相手の事情がわかってないので、ある事柄に関しては、相手の事情を無視して、そうならないことを言う。「言えばそうなる」と言うのだ。
相手は、自分の事情がわかっているので、言ったところでそうならないことが、わかっている。つまり、相手は「言ったところでそうならない理由がわかっている」。
けど、魔法的な助言をする言霊主義者と「相手」のちがいは、「そうならない理由を理解しているかどうか」なのである。言霊主義者は、相手の事情を無視し、相手の理由を無視するので、相手が「言ったところでそうならない」と言っても認めない。
「言ったことが、現実化する。これが正しい」と思って、そういうことを主張する。 相手にとって、そうならない理由があきらかであるときも、言霊主義者にとっては、そうならない理由があきらかではない場合がある。
言霊主義者が、相手が考えている理由を認めなければ、自分(その言霊主義者)の魔法的な解決法が(相手にとって)役に立つことだという信念を持ち続ける。そういう信念がゆらがない。そういう信念に傷がつかない。自分の魔法的な解決法は、相手にとって役に立つはずなのである。
けど、相手は、それが無理なことだと「知っている」。情報量がちがう。 言霊主義者にとっては、相手の理由は簡単に無視できることなのだ。どうしてかというと、別の個体だからだ。言霊主義者は、相手のことがよくわかってないのに、わかっているつもりで、魔法的な助言をする。そういう、生き物だ。
AさんとBさんがいたとする。Aさんは接種してしまった遅効性毒がききだして、くるしいと感じている。Bさんは言霊主義者だったとする。Aさんが「くるしい、くるしい」と言ったとする。言霊主義者のBさんが「くるしい、くるしいと言うから、くるしくなる」とAさんに言ったとしよう。
どうしてこういうことができるかというと、AさんとBさんが別の個体で、Aさんのくるしみが、Bさんにはまったくつたわらないからだ。
Aさんが、「くるしい、くるしい」と言うのは、Aさんのからだのなかで、Aさんのからだを構成している物質(あるいは、細胞を構成している物質)と毒を構成している物質が化学的な反応をしたからだ。そして、AさんはAさんの神経をもっているので、からだのしくみとして「くるしみ」を感じる。Bさんは、Bさんのからだをもっているので、Bさんはまったく、「くるしみ」を感じない。
BさんにはAさんのくるしみがわからない。
だから、言霊的な思考ができる。だから「元気だと言えば元気になる」というような魔法的な助言をする。これは、AさんとBさんが別の個体だからできることだ。Aさんのくるしみが、Bさんの神経をとおして、Bさんにちゃんとつたわるなら、Bさんだって、そんなことは、言わない。かわりに、「くるしい、くるしい」と言う。
Bさんは、実際にはくるしくないので、くるしいときに「くるしいと言うから、くるしくなる」と言われたときの気持ちがわからない。Bさんだって、自分にとって理由があきらかなことで、自分がくるしいときに、だれかから「くるしいと言うから、くるしくなる」と言われれば、そういうことを言われたとき、どういう気持になるか、わかる? 「その通りだ」と思うわけがない。