2023年3月21日火曜日

「いえで・おこる・ふこうのりょう」

 「いえで・おこる・ふこうりょう」がちがうのに、「いえで・おこる・ふこうのりょう」という項目を無視してしまうのはおかしい。悪魔教の信者は、基本的に、生まれの格差を無視しようとするのである。もともと、項目としてふくめないというようなことをしたり、項目としてふくめても、たいした影響がないように見えるように工夫をする。悪魔教の信者にとっては、人々が「うまれのかくさ」に注目することは、さなければならないことなのである。なので、人々が「うまれのかくさ」に注目しないように、いろいろな洗脳をする。この洗脳は、きれいごとの洗脳だ。一見、正しく見えるのである。一見、道徳的に見えるのである。けど、まちがっている。うまれのかくさ」に人々が目をむけること対する攻撃というのは、たとえば、カルマ思考、プラグマティズム、認知療法、認知行動療法、行動心理学、アドラー主義心理学といったものにも、ふくまれている。「努力論」にもふくまれている。「根性論」にもふくまれている。「自己責任論」にもふくまれている。「おたがいさま教」のなかにもふくまれている。「すべてに感謝教」のなかにもふくまれている。「すべては受け止め方教」にもふくまれている。言霊思考のなかにもふくまれている。「思いは現実化する」という意味での「思霊教(おもだまきょう)」のなかにもふくまれている。「思霊教(おもだまきょう)」は、ぼくの造語だ。「引き寄せ教」のなかにもふくまれている。「ツキツキ教」のなかにもふくまれている。「ツキツキ教」は、ぼくの造語で「ツキを呼び込む方法」「運をつける方法」といったことにこだわる疑似宗教だ。しかし、その人たちが「ツキ」と呼ぶものや「運」と呼ぶものは、生まれの格差でだいたい決まってしまう。欠乏しているものが、これらの宗教的な解決方法にたよろうとする。どうして、たよろうとするのかというと、「かけている」からだ。ツキがないから、ツキにこだわる。運がないから運にこだわる。じゃあ、ツキとか運とか言っているものの正体はなんなのかというと、めぐまれた家に生まれた人は、ツキがあり、運があるということになる。現実、そうなっている。めぐまれない家に生まれた人は、運がないということになる。現実、そうなっている。けっきょく、生まれの環境の問題を言っているのだ。本人もつもりがないまま、悪魔教徒になっている人は、生まれの格差を無視する傾向がある。無視して、上記の「きれいごと」を言う。しかし、上記の「きれいごと」はむしろ、現実の写し絵なのである。生まれの格差から派生した身分が、現実社会において固定的であることの写し絵なのである。生まれの格差・下の人と生まれの格差・中の人たちは、生まれの格差・上(うまれつきめぐまれた人たち)が供給する「現実的ではない方法」で、本当の原因から、目をそらそうとしている。「現実的ではない方法」を供給する人たちは、そういう「現実的ではない方法」で、人々の目をそらさせようとしている。主張する人たちにそういうつもりがなくても、目をそらさせる効果がある。ひとやくかっている。ほんとうは、相当の部分が、生まれの格差(親)の上・中・下、とか、生まれの格差(カネ)の上・中・下で決まってしまう。だから、決まったあとの勝負なのに、あたかも、それらの方法で挽回が可能だというような「雰囲気」を売っているのである。けど、そういう方法を供給しているほうは、生まれの格差・上なのである。そして、そういう方法を受けとっているほうは、生まれの格差・中と生まれの格差・下なのである。そういう構造が成り立っている。だから、本来の原因をかくそうとする試みなのである。まあ、これ、個人事業主(セミナー講師)の場合は、生まれの格差・中なんだけど、これは、商売として成り立つからそうしているだけだ。ほかに肩書がなくて、そういうことを売っている人たち(セミナー講師)をのぞけば)……情報源は生まれの格差・上の人たちからもたらされるものなのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。