ほんとう、俺がどんな状態で暮らしてきたか、みんなわかってない。きちがい家族がいるということがわかってない。きちがい家族の、態度がわかってない。きちがい家族の感覚がわかってない。きちがいだから自分ことしか考えてないんだよな。
自分の感覚器を書き換えて、やりきる。
そうやってやりきったことは、やったことになってない。
自分がまったく無関係な人間だと思っている。
けど、スイッチが入ってしまうと、そうなる。そして、きちがい兄貴は、ヘビメタ騒音に関しては、ずっとスイッチが入っていた。どれだけ言ったって、聞かない。自分はやる権利があると思ってやっている。
ゆずってないのに、「最大限ゆずってやった」と思っている。きちがいだから、そういう感覚で生きていける。これがわかってない。
そして、実際に、ヘビメタ騒音が鳴っているときの感覚がわかってない。この感覚というのはぼくのほうの感覚だ。もちろん、鳴らしているときのきちがい兄貴の感覚なんて、ほかの人にわかるわけがない。
ほかの人は、わかってないから、「話し合えばいい」「お兄さんに言えばいい」と言う。これが、どれだけまとはずれなアドバイスかわかってない。
きちがいのことがわかってないから、わかってない。
普通の人は、自分の家族のなかに、きちがい兄貴のような家族がいないので、まったくわかってない。きちがい兄貴のような家族といった場合の家族というのは、家族全体をさすのではなくて、家族の構成員のことをさしているとする。