ほんとうに、ヘビメタ騒音でつらかったな。だれも、わかってくれない。まあ、わかるわけがないか。あれがどういう状態のなのか、わかるわけがない。毎日毎日、きちがいヘビメタがつもって、どれだけつらかったか? 毎日毎日、どれだけ言っても、きちがいヘビメタが「つもる」日々が数千日も続いて、どれだけ、くるしかったか? どれだけ、いまの俺に影響を与えているか? 影響のでかさがわからない。
本人じゃないと、影響のでかさがわからない。
そうなると、人々は、勝手なことを言う。かっっってっっなことを言いやがって」と思う。思わざるをえない。けど、「勝手なことを言うな」と言うと、その人と俺のあいだに、亀裂が走る。じゃあ、言わないでおくとどうなるかというと、俺のほうが勝手に、その人と、いにくくなるという状態になってしまうのだ。 まあ、言ったって、いにくくなる、のは、決まっているけどね。そういうことの繰り返しだよ。特に、日本は、日本労働教徒が多いから、無職の言うことは、無職が言うという理由で、無視する。まちがいだと、自動的に思ってしまう。どんだけ、不利に働くか?
どんだけ?
さんざん、「やめてくれ」「こういうふうにこまっている」ということを言ったのに、きちがい兄貴が、きちがい親父の態度で認めない。認めないということも認めない。記憶にない状態なんだよね。影響、あるよ。ないわけがないだろ。きちがい兄貴にわかるように、ハンダゴテ事件のことについて書いている。あれは、兄貴と親父のあいだにあったことだ。きちがい兄貴だって、きちがい親父の態度にかんしては、ちゃんと、理解して、おこっているのである。やられたら、腹が立つということがわかっているはずなのである。ところが、きちがいヘビメタに関しては、きちがい兄貴の態度というのは、きちがい親父の態度とまったく同じだ。ハンダゴテ事件は二日間ですんだけど、ヘビメタ騒音事件は二日間ではすまなかった。五〇〇〇日以上、続いてしまう。毎日が、ハンダゴテ事件の日』なんだよ。きちがい兄貴! きちがい兄貴に言っておく。きちがい兄貴のせいで、毎日が『ハンダゴテ事件の日』だよ。おまえ、きちがい兄貴、あのとき、きちがい親父にやられて、どれだけ腹をたててた思っているんだよ。ああいうやりかただと、腹が立つんだよ。ああいう態度で、ああいうやり方をされれば、人間というのは腹が立つんだよ。相手は、腹が立つんだよ。殺したいほど腹が立つんだよ。ずっとずっと、何時間も何時間も、殺してやりたいほど腹がたつんだよ。どれだけいい人でも、どれだけ思慮深い人でも、どれだけやさしい人でも、ああいう態度で、ああいうことをされたら、腹が立つんだよ!! 腹が!!
そして、だれにも理解されない。そりゃ、ほかのうちは、普通の「うち」だからな。普通のうちじゃ絶対にないことなんだよ。だから、想像の範囲外だ。想像の範囲外のことになっている。想像の範囲外のことを、想像すると、まちがってしまうのである。ぜんぜんちがうことについて考えているということになってしまうのである。そこから出た結論は、つねには、事実に対応してないという意味で、「まちがった」結論なのである。