むなしいーーー。
やっぱり、これは、かれるか。やっぱり、いろいろと問題はあると思うけど、人づきあいを再開するかな。どのみち、ぼくにしても、いつまで、この世にとどまることができるかわからないしな。
気分を書いてしまうと、どこに行くときも、家を出るときは、きちがいヘビメタにやられたときの朝のままなんだよ。これ、ほかの人には絶対にわからないんだろうなと思う。長すぎた。ひとことで言って、長すぎた。ヘビメタ騒音が一日だけ鳴ってたけど、注意をしたらやめふくれて、二日目からはずっと、ならないまますごした……というのであれば、ほかの人とぼくの差はないわけ。けど、どれだけ「やめてくれ」と言っても、やめてくれなかった。ずっと鳴らし続けて、一日に一分だってやめてくれなかった。静かにしてくれなかった。ほかの人には、このことの持つ意味がわからない。せいぜい、「うるさかったんだな」と思う程度だろう。けど、ぼくにしてみれば、人生、ぜんぶ、一日の感覚、全部、なのだ。人間の感覚というのは、起きているあいだ持続しているわけで、ところどころで、途切れてしまうわけではない。そのときの……その一日の「雰囲気」というのがある。長い時間、ヘビメタ騒音にさらされると、残りの時間も地獄になる。けど、残りの時間の地獄なんて、他の人は、注意をむけるわけがない。注意をむけないし、注目しないし、認識しないのである。だから、ぼくにはあるのだけど、ほかの人には「ない」ことなのである。さいしょから、「ない」ことなのである。この感覚の違いは、でかい。でかすぎる。++++
そういえば、犬を飼っている、むかしストーカーされたことがある女性はどうしているかな? 上の階の子供の足音のことで、だいぶ悩んでいたみたいだけど……どうなったのだろうか。「まず言わなければだめだ」と言ってごめん。言ったということを知らなかった。「幼稚園の子供からエネルギーをもらっている」と言ってごめん。距離が問題だ。