幼稚園が運動会の練習をし始めたから、うっっっさい。うっさいわ。幼稚園は、やっぱり、うっさい。スピーカーで「よーーい、どん」とか言っているからな。
しかし、この世。このくそ世界。
むかしは、よかったんだよ。幼稚園の運動会なんて、きちがいヘビメタ騒音がはじまるまでは、どうでもよかった。俺が、幼稚園の騒音に特別に文句を言っているのは、きちがいヘビメタ騒音で、俺の人生がぶっ壊れたあとだから。俺の体がぶっ壊れたあとだから。
幼稚園がうるさいから、騒音耐性が特別に強い人ばかり、うちの横にいるという可能性がある。それだって、文句は言われた。けど、きちがい親父が「うちの息子がやっていることに文句を言うな」みたいなことを言って、怒って怒って、はねかえした。きちがいだから……。きちがいなんだよ……。反応しかたが……。
あと、幼稚園の騒音で思い出すことは、ここで、「元気をもらっている」と書いてしまったことだ。これは、子供の足音騒音に悩んでいる女の人に失礼だった。けど、ヘビメタ騒音はそんなもんじゃないという気持ちもあった。あったんだよ。
それから、みんな、ヘビメタ騒音並の騒音が鳴る、騒音発生装置を脳内につけるべきだ。そうじゃないと俺の言っていることがわからない。座頭(仮名)や幸雄(仮名)だって、騒音発生装置を脳内につけられて暮らせば、俺のような体になるのである。そういうことがわかってないやつらが、くそ発言をしやがって。たまたま、ヘビメタ騒音もなく、脳内騒音発生装置もつけてないから、働けるだけなのに、えらーーそーーなことを言いやがって。
きちがい兄貴のヘビメタ騒音というのが、ほんとうにうるさくて、幼稚園の騒音並の騒音ではない。座頭が考えられるような騒音じゃない。一分で心が引き裂かれてしまうような騒音だ。これ、ほんとうに、位置によってちがうんだな。近所の人と俺とでは、きちがいヘビメタのスピーカーからの距離がちがう。ちょっとした距離のちがいでどれだけちがうかわかってないな。押し入れのうしろ、きちがいヘビメタのスピーカーがあった。本人の耳が悪くなるような音でずっと、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も聞かされればこたえる。俺にえらそうなことを言うやつは、みんな、騒音装置をつけて、15年間暮らしてからにしろ。騒音装置をつけて、毎日暮らしてから、文句を言え。えらそうなことを言え。
で、一般の人に対して、そういう気持ちにならざるを得ないという、騒音体験が、どういうものなのか、きちがい兄貴は思い知れ。
* * *
やっぱり、不愉快だ。もう、まるまるまるまるか。
ほんとうに、自分勝手なバカばかり。俺がヘビメタ騒音について説明したにもかかわらず、ヘビメタ騒音の影響を無視して、自分が思っていることを言ってきやがって……。自分がもしやられていたらできないことを、できると言ってきやがって……。どれだけ自分勝手なら気がすむのか。だいたい、ほんとうに、きちがい兄貴がきちがい親父のような態度で、きちがいヘビメタを夢中になって鳴らさなかったら、こんなことになってない。きちがい兄貴がやったことがあまりにも異常だから、ほかの人はそういうことにさらされてないし、無頓着だ。
こういう世の中。こういう世界。