カネモッチーが無視してしまうのが、ビンボッチの落胆だ。ビンボッチが「白よ出ろ」と願いを込めてまわしたのに、黒玉が出た。これは、ビンボッチにとってつらいことなのである。カネモッチーだって、黒玉が出るときはある。
だから、黒玉が出たときの落胆について知っていると言えるだろうか。
カネモッチーの場合は、一〇〇回まわせば九〇回ぐらいは白玉が出る。一〇〇回でだいたい一〇回ぐらいしか、黒玉が出ないのだから、落胆は小さい。
「どうせすぐに白玉が出る」と思うことができる。
そして、実際に、白玉が出る。
一〇回まわせば、だいたい九個ぐらいが白玉で、一個が黒玉という割合だ。もちろん、これが、白玉八個、黒玉二個になるときもあるし、白玉七個、黒玉三個になることもある。一〇の一〇乗分の一という非常にひくい確率だけど、一〇回まわして、一〇回とも、黒玉になることだってある。けど、「たいていの場合は」白玉のほうが多く出る。
『ほら、みろ。白玉よ出ろと言ってまわせば、白玉が出るんだよ』と思うことができる。九〇%の確率で白玉が出るのだから、ダメージが少ない。
しかし、ビンボッチの場合はちがう。「白玉よ出ろ」と言って、まわしたとき、黒玉が出たときの落胆がでかい。気がつかずに、黒玉ばかり出る抽選機をまわしているということが、ダメージを増幅させる。
それに、実際に黒玉ばかり出るのだけど、「黒玉ばかり出る」と言ってしまうと、「黒玉ばかり出るなんて言っているから、黒玉が出るんだ」と、説教されてしまうのである。そういう状態になっている。「くやしかったら、白玉を出してみろ」ということだ。
九〇%の確率で、黒玉が出る抽選機をまわしているから、実際に、黒玉が出やすい。黒玉が出やすいということは事実なのである。しかし、「黒玉が出やすい」という言葉がネガティブな言葉だと、ビンボッチ、フツーッチ、カネモッチーによって認識されているのである。
なので、「ネガティブなことを言っているから、黒玉が出るんだ」という説明には、それなりの、説得力がある。しかし、嘘だ。『黒玉ばかり出る』と思っているから、黒玉が出るわけではない。
たとえば、あるビンボッチが『黒玉ばかり出る』と考えて抽選機をまわしても、『絶対に白玉が出る』と考えて抽選機をまわしても、黒玉が出る確率は、かわらない。どうしてなら、その抽選機には黒玉が九〇個入っているからだ。
一〇〇個の玉のうち、九〇個が黒玉であるという事実が、「黒玉ばかり出る」という感想や事実認識の「もと」になっている。「黒玉ばかり出る」と思ってまわしたことは、結果とは関係がない。
しかし、黒玉ばかり出るので、『黒玉ばかり出る』という事実認識が強化される。そして、そういう感想を持つ回数が増える。この回数が増えるということが、やはり、全体の気分に影響を与えるのである。
だれだって、黒玉なんて出したくない。黒玉には出てほしくない……そういう気持ちがある。そして、人間は、だれでも幼児期の万能感が残っている。幼児期をこえて生きている人は、みんな幼児期を経験している。幼児期の万能感が『思ったとおりになる』『言ったとおりになる』という気持ちをささえている。苦しい時の神頼みもおなじだ。
どういうことかというと、カネモッチーが、気楽に言っていることが、カネモッチーばかりではなくて、フツーッチやビンボッチにも、基本的には支持されているということだ。なので、問題が複雑になるのである。なので、ビンボッチが余計においつめられるのである。
ビンボッチが、苦しい思いをするようにできている。