ほんとうに、つまらない。みんな、ぼく以外の人は、「実際に」きちがいヘビメタ騒音にさらされたことがないから、わからない。きちがいヘビメタというのは、きちがい兄貴が鳴らしたカビメタ騒音のことだとする。鳴っているときも、くるしいけど、鳴り終わったあとも、くるしい。そして、「鳴り終わったあともくるしい」ということの意味が、ほかの人にはわからない。だから、俺が「わるもの」になる。そりゃ、「ヘビメタが鳴っているから遅刻してしまう」と言って、遅刻したら、わるものになるだろう。体育祭でも文化祭でも合唱コンクールでもいいけど、「みんな」が、がんばってやろうとしているのに「遅刻する」とはなんだ?という気持ちになる。会社でも、なんかプロジェクトがあったとして、みんなで頑張って、一致団結してプロジェクトを成功させようとしているのに、「ヘビメタが鳴っているので、遅刻します」と言ったら、「そんなのは、ゆるさない」と言ってくるだろ。みんなの「わ」をくずそうとする「わるいひと」だと、そいつらは認識するだろ。認識しないのか? みんな、経験したことがないから、何千日もヘビメタ騒音が続いていると、どうしても、何日かに一回は遅刻するということになるということが、わからない。自分の体で経験してないからわからない。それに、「そんなのは、やめてくれとお兄さんに言えばいい」ということになっているのである。そいつらの頭のなかでは。そいつらの頭のなかでは、「やめてくれ」とお兄さんに言えば、やめてくれるはずだということになっているのである。そういうやつに、「やめてくれない」「何千回も言ったけどやめてくれない」と言っても、相手は……そいつらは、認めてくれない。そいつらの頭のなかでは「やめてくれ」と言えば、お兄さんはやめてくれるはずだという認識が成り立ったままだ。「言い方が悪い」「真剣に言えばいい」「きつく、何回も言えばいい」「聞こえるように怒鳴って言えばいい」などと的のはずれたことを言い出すことだってある。そいつらは、うちのなかの、きちがい兄貴のことがわかってない。きちがい兄貴がどういう認識回路を持っているかわかってない。まあ、ついでだけど、きちがいおやじがどういう認識回路を持っているか、も、わかってない。だから、「そんなに鳴らしているのに親が文句を言わないのはおかしい」とか激しく、ずれたことを言い出す。こういうギャップは俺が説明しても、うまらない。ここで、何百日も説明しているけど、それだって、認めないやつがいる。「エイリさんが嘘を言っている」「そんな人がいるはずがない」「そんなことがあるはずがない」と思っているやつがいる。「仮にそうだとしても、起きれないということはない」「仮にそうだとしても、遅刻しないようにしようと思えば遅刻しないようにできる」と、「仮の話にしてしまう」やつだって出てくる。こいつらは、俺にたいして、ものすごく失礼なことを言っているのだけど、当然、失礼なことを言っているという気持ちはないだろう。「遅刻は悪いに決まっている」「実際迷惑をかけられた」「遅刻してしまうこともあるなんて、ふざけている」という気持ちになってしまうやつだって、いる。
ここで何年もかけて説明していることを、一〇分間で説明するのはむりだ。だから、かいつまんで、肝心なところだけ、一〇分間で説明しているのに、認めないやつらが出てくる。管理側の人は、みんなそうだよ。管理側じゃなくても、たとえば、遅刻するやつがいると自分が迷惑をこうむると認識しているやつは、管理側の人とおなじことを言うことになる。兄貴の!!!!!きちがいヘビメタ騒音に毎日さらされているのはぼくだけなのだから、話が通じない。話の基本がわかってない。話の基本がわかってない人たちだって、俺とおなじように、騒音にさらされたら、遅刻するようになるよ。「どれだけがんばっても、遅刻してしまう日ができる」という状態がわかるよ。きちがい兄貴みたいな家族がいない人たちだから、わからない。それだけだ。ほんとうに、普通の人は「うちの」きちがい兄貴の特殊な態度がわからない。ほんとうに、普通の人は「うちの」きちがいおやじの特殊な態度がわからない。きちがい兄貴は、きちがいおやじのコピー。自分がきちがいおやじにやられれば、腹を立てて、きちがいおやじがやっていることはひどいことだということがわかるけど、自分がきちがいおやじの立場でやっていることは、きちがいおやじのように、わからない。自分がまずいことをしている気持ちなんて、ないよ。それは、何万回言われても、ない。何万回、指摘されても、そうだということがまったくわからないまま、やり通す。『そうだということがまったくわからないまま、やり通す』というのも、きちがいおやじの特殊な行動のうちのひとつだ。