2021年2月19日金曜日

車いすに座ったまま「買わなくてーーい……いーーいよぉ~~~」と叫ぶ (佐藤らは刮目して読むべき)

 気違い親父が「そんなのかわなくていいよぉーー」「そんなのかわなくていいよぉーー」「そんなのかわなくていいよぉーー」と弱った体で、精一杯叫ぶのである。変なイントネーションで叫ぶ。殴ってやりたかった。そして、殴ってやりたい気持ちを抑えたから、ぼくが、こなごなになっている。こなごなだよ。ボロボロだよ。ボロボロ。

ほんとうに、こんなのない。特養の人間が、俺におやじのシャツとズボンを買ってきてくれといったから買ってきてやったのに、それに対する言葉がこれだ。車いすに座ったまま「買わなくてーーい……いーーいよぉ~~~」「買わなくてーーい……いーーいよぉ~~~」と叫ぶ。ほんとうに頭を殴ってやりたかった。殴ってやりたい気持ちを抑えて、ぼくが壊れた。

これで、俺が「ああそうか」と買わなかったら、徳陽の人間から俺がどんなふうに言われるか? そういうことを一切合切考えてない。きちがいおやじの感覚として「もったないから」そう言っている。まあ、俺に「迷惑をかけたくない」という気持ちがあるんだけど、それがおかしいのである。あたまがおかしいから、そういう気持ちも、きちがい的な表現になってしまうのである。これ、自動的でとまらない。おやじは無意識的には俺を虐待してきたことを知っているのである。無意識的には!!! 無意識だから困るんだよ。そういうふうに、なっちゃうんだよ!!! 無意識だから!! ちゃんと反省してないのである。おんなじことをやる。「買わなくてーーい……いーーいよぉ~~~」「買わなくてーーい……いーーいよぉ~~~」と言って怒っているときの頑固さは、はんだごてのときの頑固さとおなじなのである。自転車の頑固さとおなじなのである。コップで水を飲んだということで怒り狂っているときの頑固さとおなじなのである。こういうことが、佐藤のような普通の人間には、まったくわからない。いい服を着た、人権派の心理学者にはまったくわからない。

買わなかったら? 買ってやらなかったら、俺が、まるでおやじをいじめているように言われる。買ってやったのに、特養の人から、服をもらって着ていたのである。その服は、まあ、おさがりみたいなものだよ。ごみ処理。おやじは、もらえるとなると、うれしいんだよ。そういうのがある。ほかの人が……大人の人がまったくわからないレベルでそういう気持ちがある。「ほかの人」じゃないとだめなんだよ。「よその人」からもらわないとだめなんだよ。おやじは、くるっている部分を抜かしても、変人なんだよ。孤児なんだよ。浮浪児なんだよ。ててなしご。母親がいない、うえたがきなの。こういうの、ほんとうに、いい服を着た、人権派の心理学者はまったくわかってないからな。こういう基本がわかってないので、どうして、親子関係について言及できるのか??? できるのか?? できるのか?? 障碍者の犯罪について言及できるのか?? 言及できるのか??

さらに言っておくけど、アドラー流の「他人と自分問題を切り分けて」かかわらなければいいというのも、いい服を着た、普通の家で幼少期をすごしたやつのたわごとだ。ぜんぜん、現実的じゃない。

おやじが特養から追い返されたらどうするんだよ。ネズミがいるんだぞ。あいつが、餌付けして呼び寄せた、何匹ものネズミがいる。おやじの急性胆嚢炎は、ネズミのせいだと思う。あんなネズミがいっぱい出てくるところですごしていて、いいわけがない。きちがいおやじは、これまた、浮浪児感覚で、ネズミのうんこなんて気にしないんだよ。ネズミの小便で部屋がむっとした感じで臭くなっているのに、俺が「くさい」と言うと「くさくないくさない」と真っ向から否定した。これも、はんだごてとおなじなの。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。