あのときの、あれ、ない。きちがい兄貴が、きちがいおやじの顔つきで、二階にあがって行っちゃう。あのときの、あれ、ない。俺が、試験前に「試験だからやめてくれ」とさんざん言っているのに、おやじの顔つきになって、二階にあがって、やっちゃうんだよな。きちがい兄貴が鳴らすとなったら、本人がヘビメタ軟調になるほど、でかい音で鳴らすんだよ。本人が、最大限「譲ってやったつもりの音」も同じ。だから、ほんとうは、静かになってないのだけど、きちがいおやじの譲歩とおなじで、本人が「ゆずってやった」と思ったら、どんだけ、ドケチぶりを発揮する、まったく意味がない「譲歩」でも、「ゆずってやった」「ゆずってやった」と思ってしまうわけ。そのきちがい兄貴が「ゆずってやった」「ゆずってやった」と思っている日だって、十二時間鳴らせるなら、十二時間、絶対の意地で鳴らするんだよ。きちがい兄貴が好きで鳴らしている音なのだから、下げることができないということはない。けど、きちがいのなかでは、下げることができないことなのだ。下げたら、死んでしまうというような意地で下げない。下げると言っても、〇・一デシベルだけ下げてやるということになる。九十デシベルで鳴らしているのであれば、八十九・九デシベルにしかならない。八十九・九デシベルは、爆音だ。壁のすぐ後ろに、きちがい兄貴のスピーカーがある。壁の表面がスピーカーの表面みたいにばしばし振動して鳴っているような状態だ。壁の表面って、俺の部屋を構成している壁の表面ね。