みんな、ヘビメタ騒音のすごさがわかってない。
きちがいヘビメタが鳴っているときの状態がわかってない。実際にヘビメタ騒音が鳴っていたので、体が影響を受けている。
脳みそとしての「精神」も影響を受けている。事実は事実なので、事実。事実は事実なので記憶がある。事実は事実なので体に影響が出る。
きちがいヘビメタの現実と認知療法家の空理空論では、ヘビメタ騒音の現実のほうが、現実感がある。きちがいヘビメタの現実と、「元気だ元気だと言えば元気になる」といった感じの言霊教の教えでは、ヘビメタ騒音の現実のほうが、現実感がある。
ようするに、ヘビメタ騒音が鳴っていたという事実のほうが、いまの現実に影響を与えるということ。
そして、学歴も職歴も、「歴」だから過去のことだけど、その過去のことが今の現実に影響を与える。ヘビメタ騒音が実際に鳴っていたので、実際に鳴っていた時間の「歴」がつもる。現実なんだよ。げ・ん・じ・つ。
ほんとうに水俣病のようなものなのに、ほかの人は、水俣病のようなものだと思ってないので、ぼくの状態を理解できない。水俣病患者に、「すべては受け止め方の問題だ」とか「だるくなる必要はない」とかと言っても無理でしょ。実感としてだるいし、体の生理としてだるくなるしくみが成り立っているのだから、「すべては受け止め方の問題だ」とか「だるくなる必要はない」とかと言っても、だるいと感じる。
水銀が体の外に出て、元に戻らなければだるいわけだから……。水銀がそのように体に影響を与えるということを無視して、「だるく感じる必要はない」と言ったって、しかたがない。
言われたほうは迷惑。
水銀が体に影響を与えるということを無視して「元気だ元気だと言えば元気になる」と言ったって、しかたがない。
言われたほうは迷惑。
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「」とか「」と
のほうが、すんなりするんだけど
「」とか「」とかと
のほうが、正しいんだよね。
どちらかと言えば、「」とか「」と
を使いたい。