気違い的な意地でムキになってやったのに「そんなにやってないつもり」なのかよ?
もう、いやだ。●にたい。
あんなに意地になってやってたのに……。
ほかのやつらだって、自分がこの世で一番嫌いな音を九〇デシベル付近の音で、毎日平均八時間聞かされ続けたら、●にたくなる。
遅刻するようになる。忘れ物をするようになる。
気違い兄貴が家族だったと言うことが最大の問題だ。他の人は『家族なんだから、相談すればいい』といいやがる。『家族で相談すればいい』と言いやがる。
他人ではなくて、家族だから問題なんだろ。もうひとり、おなじ感覚の家族がいるから問題なんだろ。たとえば、アパートで気違い兄貴が気違い兄貴が鳴らしていた音量で鳴らしている場合、他人なら、注意できる。『家族で相談すればいい』なんて、言われなくてもすむ。警察に相談するときだって、『他人である』ほうがどれだけ話しがとおりやすいか。『家族の問題は家族で解決してください』というような考え方が、当時の日本では強かった。『家族だから』どうにかなるのではなくて、『家族だから』どうにもならないんだろ。『家族』だから、弟である俺が、目だたたないかたちで犠牲にならなければならなくなるんだろ。気違い兄貴だって、うちでだけやったわけだから、『家族ならどれだけ虐待してもいい』という感覚が成り立っていたとしかいいようがない。『家族だから、やったってやってない』という感覚が成り立っていたとしかいいようがない。『家族だから、どれだけやったってやってない(のとおなじだ)』という感覚が成り立ってしまうんだよ。そして、世間のやつらは、気違い兄貴の構造がわからない。気違い親父の構造がわからない。家族にもうひとり、気違い兄貴とおなじ感覚がのやつがいるということを書いたけど、気違い親父のことだよ。気違い親父が『家主』で『大家さん』だから、問題なんだろ。実際、うちは、二階の俺の部屋と兄貴の部屋を貸していた。ほんとうに大家さんだったのである。で、この大家が、気違い兄貴のヘビメタ騒音に関しては、一切合切かかわらないようにしていたのである。鳴らしている、三年間、鳴らしているもう三年間、鳴らしているもう四年間、鳴らしているもう五年間、注意しなかったのである。俺が、小学六年異性時のに『注意してくれ』と言ったら『まったく鳴らすななんて言えるわけがないだろ』とか『まったく鳴らすななんて言ったらかわいそうだろ』と言って、注意しなかったのである。『注意なんてできるわけがないだろ』という意見なのだ。気違い親父は、いろいろなところでおかしいけど、これは、あっけにとられた。絶望的な気分になった。気違い親父は、普段家にいないから、気違い兄貴がどれだけの音で鳴らしているかわかってないのである。自分が被害を受けなければどれだけ言われたって、「しらぬぞんぜぬ」なのである。で、そういうことも、ヨソの人にはわからない。気違い親父は、気違い的な理由で怒り狂っていた人間なんだぞ。気違い兄貴が一三歳ぐらいになるまで、ずっと怒り狂っていた人間なんだぞ。それが、気違い兄貴が一六歳になって、自分よりでかくなったら、注意することが必要なことなのに、今度は、一切合切注意しないという態度になってしまった。こんなの、気違い兄貴がこわいから、なるべくあわないようにして、注意しなかっただけだ。で、『まったく鳴らすななんて言えるわけがないだろ』とか『まったく鳴らすななんて言ったらかわいそうだろ』みたいな意見は、言い訳なのである。頭がおかしい言い訳。本人がやりたくないと、ほんとうの理由じゃないことを言い出して、発狂して、やってやらないということを実現化する。そういうしくみなんだよ。あのときは、俺が一一歳の小学六年生の時だから、俺はまだからだが小さくて、(親父は俺に対して)怒り狂うことができた。兄貴には、もう、怒り狂うことができなくなっていた。注意したくないから、ほんとうに気違い的な理由をつけて、注意をしない。これ、おかしいんだよ。耳が正常で、本式ではないにしろ日曜日の朝は、聞かされるわけだから、普通の家で鳴らしたら絶対にだめな音で鳴らしているということがわかるはずなんだよ。けど、気違い兄貴が鳴らしている時間は、外に出て、庭をいじっている。外に出れば、階段の下や俺の部屋よりもずっと音が小さくなる。日曜日の昼にはもう、パチンコ屋に行って、家にいない。そして、帰ってくるのが、一一時一五分で、五分前か四分前に、気違い兄貴が鳴らすのをやめている時間だ。だから、気違い親父が帰ってきたときは、しずかなのである。だから、もう、関係がない。わからない。自分がこまるのでなければわからない。たとえば、自分が午後八時に帰ってきて、ガンガン鳴っている居間でテレビを視るということをするなら、『デカイ音で鳴っている』ということがわかるんだよ。けど、気違い親父なんて、兄貴と顔をあわせたくないのか、兄貴が高校生になってから、絶対に、平日も土曜日も日曜日も、午後一一時一五分に帰ってくるようにして、気違い兄貴のヘビメタを聞こうとしない。どれだけ、『午後八時に帰ってきて、どれだけひどい音で鳴っているか、聞いてくれ』と言われても、三六五日中、三六五日、クリスマスも大晦日も元旦も、絶対に、午後一一時一一分に帰ってきて、聞こうとしない。一日だって、午後八時に帰ってきて、どれだけデカイ音で鳴っているか聞いてくれない。これが、俺が小学六年生から、二〇歳までの気違い親父の態度だ。やったことだ。