小説 ●ネット荒らしの心理学
三角さんの基本的な反応というのは、「相手が悪い」というものだから、いろいろなところでトラブルを引き起こすことになる。「相手が悪い」というのも、ただ単に、「相手が悪い」と言っているわけではなくて、なにかしら、陰謀論的なところがある。
三角さんが、スレ違いのスレに、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、自分の意見を投稿する。……(1)
(客観的に見れば、スパム宣伝行為)
(三角さんから見れば、新しい時代を迎えるためにどうしても必要なこと)
三角さんの、連投に耐えられなくなった人が「迷惑だから、いい加減にしてくれ」という。……(2)
三角さんは、この時点で、自分がひどいことをされたと思う。
三角さんは、この時点で、相手が、「性格のねじ曲がったひどい人」だと思う。
三角さんは、この時点で、相手が、「悪のエージェント」だと思う。
三角さんは、この時点で、相手が、「洗脳された家畜同然の存在」だと思う。
三角さんは、この時点で、相手が、「自分のものを考えることができないB層」だと思う。
三角さんは、この時点で、相手が、「自分を罠にかけようとしている」と思う。
三角さんは、この時点で、相手が、「自分に対して悪意があって、自分にそういうことを言ってくる」と思う。
三角さんは、この時点で、自分は悪いことをしていないと思っている。
三角さんは、この時点で、自分は迷惑行為を少しもしていないと思っている。
相手は、悪のエージェントで、集団ストーカーで、「自分の正しい考え方」が世に広まるのを恐れて、わざと、「迷惑だから、いい加減にしてくれ」といってきたと思う。悪のエージェントそのものなのか、あるいは、悪の組織の、洗脳で、家畜同然の存在になった人たちなのかは、時期によって違う。三角さん自体は、「悪のエージェントそのもの」なのか「洗脳されて、家畜同然の存在になった人なのか」はぜんぜん、気にない。ただ、その時言っているだけ。しかし、三角さんが相手のことを「悪のエージェント」だと思っているときは、比喩でなく、「悪のエージェント」だと思っている。三角さんが、相手のことを「洗脳されて、家畜同然の存在になった人」だと思っているときは、比喩でなく「洗脳されて、家畜同然の存在になった人」だと思っている。三角さんが相手のことを、「集団ストーカー」だと思った時は、比喩でなく、「集団ストーカー」だと思っている。
ただ単に、悪口を言っているわけではない、ということに、注意しておかなければならない。「おまえの母ちゃん七色でべそ」と言っている子どもとは違うのである。三角さんの状態だと、「本当に、相手の母親は七色でべそだ」と思っている状態なのだ。これは、けっこう重要なこと。
で、まあ、本人がそう思ったことは、そういうので、相手のことを、「性格のねじ曲がったひどい人」「悪のエージェント」「洗脳された家畜同然の存在」「自分のものを考えることができないB層」「自分に対して、悪意がある人間」「自分を罠にはめようとしている人間」だと言ってしまう。
言われた本人は、当然、気分が悪い。頭にくる。どうしてかというと、言われた人は、客観的には、三角さんの迷惑行為で、迷惑を受けている人だからだ。いままで、さんざん耐えてきたのである。三角さんは、自分が、いいと思ったことは、頑固にやりきる人だから、一日中、三角さんが言いたいことを、貼り付けて回っているのである。一〇〇箇所、二〇〇箇所のスレ違いのスレに貼り付けている。貼り付けて、次のスレに行くばあいもあるし、貼り付けた後、そこにしばらくいて、何個も何個も、わけのわからないことを、貼り付ける場合がある。
何個も貼り付ける場合は、そこにいる人達の、会話の流れを無視して、頑固に、自分が貼り付けたいことだけ貼り付けるということになる。貼り付けることは、「悪のエージェントがどうのこうの」という話だ。これは、どういうことかというと、たとえば、前の日に土砂崩れがあったら、「悪のエージェントが、気象兵器を使って、土砂崩れを起こした」ということを貼り付けるわけだ。前の日に、自動車事故があったら、「悪のエージェントが、電磁波を使って、わざと!自動車事故を引き起こした」ということを貼り付けるわけだ。だから、ニュースがあれば、それは、全部、「悪のエージェント」が「わざと」やったことになる。事故でも、地震でも、津波でも、病気の蔓延でも、全部、「悪のエージェント」が引き起こしたことなのである。
三角さんにしてみれば、それは、絶対的に正しいことで、特に根拠はないのだけど、ともかく、絶対に正しいと決めつけている状態なのだ。だから、その「絶対に正しいこと」を否定する人、批判する人は、自動的に、「悪のエージェントだ」ということになる。それ以外に理由がないのである。自分の言っていることを否定する人、批判する人、以外にも、自分の行為を批判する人も、自動的に「悪のエージェント」になる。これは、三角さんにとってみれば、絶対的に、正しいことで、説明する必要もないぐらいに、明確なことなのだ。
三角さんの、信じ方を普通の人に説明するのはけっこう難しい。普通の人が、四角のものを見たばあい、四角いものだと思うでしょ。疑いようがないでしょ。四角く見えるものが、実は丸いものなのだと言われても、信じないでしょ。三角さんにとっては、相手が悪のエージェントじゃないというのは、普通の人にとって、四角く見えるものが、丸いものなのだと言われた時と同じように、信じられないことなのだ。そのくらいに、正しいことなのだ。
だから、相手が「自分は悪のエージェントじゃない」と言ってきたら、四角く見えるものが、実は丸いものなのだと言われた時ぐらいに、ショックを受ける。目の前にあるものが、四角いもので、四角に見えるときに、これは、「丸いものなんだ」いわれたら、不思議に思うでしょ。三角さんにとっては、そのくらいに、相手が悪のエージェントじゃないということが、信じられない。もう、知覚、認識レベルで、話が食い違う。だから、自分を罠にかけようとしている。自分を騙そうとしている」というような認識も、すぐに生まれる。まあ、順番はどうであれ、ともかく、相手が悪い人で、なにか悪い意図があって、自分を騙そうとていると感じてしまうのである。
で、これも、自分がそう感じたら、「絶対に正しいこと」なのである。だから、相手が、「悪い意図なんてない」といっても信じない。「だったらなんで言ってきた?」ということになったばあい、相手が「いっぱい、関係がないことを貼り付けられると、会話がうまくできなくなるから、迷惑なんだ」と言っても、信じないのである。そんなことがあるはずがないのである。それは、もう、普通の人にとって、四角いものが……自分には四角く見えて四角だと認知しているものが……丸いものだと言われた時のような、ショックを受けるのである。普通の人だって、自分が、四角く見えているものが、実は丸いのだと言われても、信じないでしょ。「そんなのはおかしい」と思うでしょ。そのあとに、哲学的な人ならば、四角といっているものと、四角ということばの関係について考えるわけでしょ。けど、感覚として、四角く見えるものが、丸いものだと言われても、そんなのは、普通は信じない。
三角さんが、自分のやっていることが、迷惑行為なのだということを言われたばあい、そういうふうな認識の方法を採用しているとしか思えないところがある。この、普通の人にとっては……の部分は「たとえ」なんだけどね。たぶん、三角さんにとっても、四角いものは四角く見えている。丸いものは丸く見えている。その知覚の部分では、一般の人も三角さんもかわりがない。けど、自分が悪いことをしているかどうかに関しては、そのくらいの差がある。一般人が理解できるような「たとえ」を使うと、そのくらいの、認知の差がある。三角さんは、「相手が、悪のエージェントじゃない」ということを、絶対に認めない。それは、普通の人にとって、四角く見えるものが、丸いものじゃないというぐらい、たしかなことなのだ。
じゃ、そういうふうに思う理由があるのかというと、実はない。ほんとうは、ない。ないのだけど、三角さんの中ではそういうことは、問題にならない。まったく問題にならない。自分が思った瞬間に、それは絶対に正しいことになる。