2026年4月25日土曜日

●絶対的な力としての言霊と、まったく無力な言霊■言霊※2026/04/24 9:46

「神はこうする」と言えば、神は、こうするのである。

だから、神よりも、言霊のほうがずっと上だということになる。言霊の力で、神を動かすことができるのである。

言霊の力で、神をも、支配できるのである。完全支配だ。

ところが、言霊主義者は、ほんとうにくるしくなれば、神頼みもすることがある。

矛盾している。

そして、言霊の主が、言霊主義者なら、その言霊主義者は、神を完全に超越した存在だということになる。

ようするに、「自分」が言えば、神を操作できるのである。自分が神について言えば、神は、自分が言った通りに動くしかないのである。

どうしてなら、言霊は、宇宙を貫く絶対法則だからだ。この宇宙を貫く絶対法則には、神も逆らえない……。言霊理論が正しいなら、そうなる。

人間である言霊主義者が「神はこうする」と言ったら、神はこうするしかないのである。神よりも、自分のほうが上だということになる。

もちろん、普段は、「言ったって、かわらないこと」に関しては、言わないことが多い。

どうしてかというと、「どうせ言ったって、かわらない」からだ。

政治のことについて「自分」がなにを言っても、政治がわからないと思っている。

だから、「一票を投じるだけだ」などと言う。

自分が好きな異性と付き合おうと思っても、「どうせ、言ったって、かわらない」と思って、「自分が好きな異性は、自分と付き合う」とか「自分が好きな異性は、自分と結婚する」とかと言わないのだ。

もちろん、言う場合だってある。

けど、言ったって、言っただけなのである。

ひとりでいるとき「自分が好きな異性は、自分と結婚する」と言った。

言ったから、なんなんだ?

言っただけではないか。

絶対的な力としての言霊と、まったく無力な言霊が、言霊主義者のなかで、同居しているのである。

そして、言霊主義者はそのときの雰囲気に従って、使い分けているのである。しかし、言霊主義者自体が、「使い分けをしている」という気持ちがないのだ。

ぜんぜん、気がつかない。

自分が、言霊を使い分けているという認識がまったくない。突然、「言えば言ったことが現実化する」と言ったり、突然、「言ったって、なにもかわらない」と思ったりするのだ。 

こういうところも、なんか、兄貴と似ているんだよ。こういうところも、なんか、親父と似ているんだよ。 いやなんだよなぁ。

似ているけど、ぜんぜんちがう。まったく、ちがう。

普通の人や言霊主義者は、人生のなかで、きちがい兄貴みたいなことを、一回もしない。

きちがい兄貴は、毎日やる。ぜんぜん、ちがう。

けど、「矛盾に気がつかない」という点だけは、似ている。親父のことも、おなじだ。普通の人は、親父みたいな行為をしない。

けど、親父は、「うちのなかにいるときは」親父らしい異常な行為をする。親父らしい異常な反応をする。

そして、みんな……というか、うちの状態を知らない人たちは……きちがい兄貴やきちがい親父のことについて誤解をするのである。

これもこまる。

だいたい、きちがい兄貴みたいな人間は、めったにいない人間なのだよ。

そのめったにいない人間が、ぼくの一番嫌いな音楽であるヘビーメタルに興味を持ってしまった。きちがい兄貴のやり方は、きちがい親父のやり方とおなじなんだよ。

そうすると、いちおう……言霊の矛盾点に気がつかない普通の人である言霊主義者が、「言えば言ったことが現実化する」と言い「できると言えばできる」と言い、「できないと言うからできない」と言う。

ところが、きちがい兄貴のヘビメタ騒音の連続で、ほんとうに、夜……眠るべき時間に眠ることができないんだよ。

それは、ヘビメタ騒音がはじまってから、そうなったんだよ。

毎日の積み重ねでそうなったんだよ。

 

2026年4月24日金曜日

●言ってしまえば、神は、自分が言った通りに動く■言霊※2026/04/23 9:31

言霊と神の関係について考えてみよう。言霊主義者にとって、言霊は、絶対に自分の望みを却下しない神のようなものなのだということを、以前説明した。

言霊と神と、どっちが上かと言えば、言霊のほうが上なのである。

言霊を信じている人が、神を信じていても問題はない。そして、言霊を信じている人が神を信じている場合もあるだろう。言霊理論が正しいなら、「神はこれここれ、こうする」と言えば、言霊の力によって、神が、これこれをこうするということになる。

言霊の力は、神の上にあるのである。

だから、自分が言ってしまえば、神は、自分が言った通りに動くのである。話せない人を除いて、普通の人は、話せる。以降、人と言った場合は、話せない人を除くとする。

人は、話せるのだから、神について、なにかを言えば、神は、その通りに動くということになる。人が、神を自由に動かせるようになるのだ。

どうしてかというと、言霊のほうが神よりも上だからだ。言霊の力のほうが、神の力よりも、上だからだ。

神ですら、言霊の力には、さからうことができないのだ。

「神はこうする」と言われてしまったら、神は、こうするしかないのである。

なぜかというと、言霊理論が正しいなら、言われたことが、言霊の力によって執行されるからだ。

たまたま、執行されるのではなくて、言霊理論が正しいなら、かならず、執行されるのである。

ところで、人と言ってきたけど、自分も人だとする。

その場合、自分が言ったことは、神の力をこえて、執行されるということになるのだ。

そのくせ、言ったあと、努力が必要なことなのである。ばかばかしい。

言霊理論が正しいなら、言っただけで、現実する。

努力なんて必要がない。努力が必要だと考えている時点で、言霊理論を、否定しているのである。

ところが、この矛盾に、たいていの言霊主義者は気がつかない。

まーーーったく、気がつかない。

「気がつかないという性質」の上に、「言霊に対する信仰」が成り立っている。

最初から、矛盾を抱えた信仰なのである。わかるかな?

ともかく、人である「自分」が「神はこうなる」と言えば、神は、こうなるのである。神がどうあがなっても、言霊の力によって、神はこうなるのである。

ようするに、言霊を通せば、自分は神をも支配できるということになる。

言霊を通せば、どんなことも、可能なのである。

完全に、すぐに、現実化させることができるのである。

どうしてかというと、言霊理論には、時間的な制限がないからだ。

ようするに、三秒以内に、こうなると言ったら、ほんとうに、三秒以内にこうなるのである。三秒以内に、神はこうすると言ったら、三秒以内に、(言霊の力によって)神はこうするのである。

「言うこと」によって、神を制御できる。

基本的なことを言えば、じつは、言霊というのは、神の代わりなのである。

しかし、たいていの「精神世界の人」は神も信じているわけだ。

しかし、そこで信仰されている神というのは、「カジュアルな神」なのである。

わかるかな?

信じるのも信じないのも、自由だという感じの神なのである。

これは、絶対的な神ではない。

信仰するしかない神ではないのだ。

信仰するかどうか、自分が選べるような神なのだ。

そして、普通の言霊主義者は、神と言霊の関係について考えもしない。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。