2026年3月13日金曜日

●自己責任論自体が、社会的なトラブルを生み出す■社会※2026/03/12 11:28

ちょっと、むずかしい話になるのだけど、自己責任論で説明したことが、「Xをすると幸福になる」というライフハックにも成り立っているのだ。

自己責任論の場合は、「自分を対象にした自己責任論が、いつのまにか、他人を対象とした自己責任論になってしまう」ということが問題だったのだ。

もちろん、少数の例外は、他人を対象とした自己責任論にシフトしない。

しかし、多くの人が、他人を対象とした自己責任論にシフトしてしまう。

自己責任論が正しいと思った場合、他人を対象とした自己責任論にシフトしてしまう確率が高い。

ようするに、人間は、高い確率で、他人の責任を追及することになるのである。

その場合、責任がない他人の責任を追及する場合もあるということになってしまう。

そして、その場合も、責任がない他人の責任を追及しているほうは、「自己責任論が正しいので、その他人に全責任がある」と思っている状態になる確率が高い。

たとえば、AさんとBさんがいたとする。Aさんが自己責任論者だとする。Aさんは「すべては自己責任なので、Bさんに起こったことは、すべてBさんの責任だ」と言ったとする。しかし、あることについて、Bさんには責任がなかったとする。ところが、Aさんは、Bさんのせいだと言ったわけだ。 

その場合、Bさんが、Aさんに言い返せば……Aさんは「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、いいわけだ」と決めつける場合が多い。ほぼ一〇〇%の確率で、そのように言い返すことになっている。これは、毎度毎度のパターンで、もう、パターンとして決まっていると言いたくなるところがある。

Bさんが、Bさんの事情について話して、Aさんに理解を求めるわけ多気ド、Aさんは、「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、いいわけだ」と決めつけるわけだから、Bさんは不愉快なる確率が高い。

しかも、Aさんが「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、いいわけだ」と言い放っているとき、Aさんも、ある程度、腹を立てている場合が多い。むきになっている場合だってある。

まあ、マウントをして、楽しいという場合もあるので、なんとも言えないけど、自分が最初に言ったことが、相手によって否定されたことが不愉快な感情を引き起こす場合がある。

そうすると、自己責任論自体が、社会的なトラブルを生み出すことが多いということになる。どっちも、腹を立ててしまうわけだから、「不愉快だ」と感じる人が増えてしまう。

あるいは、不愉快だと感じる「機会」が多くなってしまう。

たぶん、洗脳設計者のほうは、そこまで見込んで、自己責任論をはやらせたのだと思う。

ようするに、洗脳設計者は、(多くの)普通の人には、自分を対象とした自己責任論を他人を対象にした自己責任論に変換してしまう思考回路があると見抜いていたのだ。

そして、その通りになった。


●ポジティブというのが、善であるかのような妄想■社会※2026/03/12 11:28

不可避的なことだってあるのに、不可避的なことまで、その人の身の上に起きたらその人の責任だというのは、ほんとうは、おかしい。

そして、どれだけ、普段、「自己責任論」を振り回しているやつだって、「自分にとって理由が明らかなこと」に関しては、人の責任を追及するのである。

日常生活の中で、ほんとうに、「すべては自己責任だ」と思っているわけではないのである。

たとえば、自己責任論は正しいと思っているので、自己責任論を批判されたら、怒りの感情がわく場合が多い。

ひどいのになると、「エイリは(自分に)罪悪感を持たせようとしている」と勝手に勘ぐって、エイリのせいにしてしまう。

すべては自己責任なら、(エイリの発言で)不愉快な気持ちになったとしても、それは、その人の責任だ。

普段から、「すべては自分の責任だ」と思って暮らしているわけではないのである。

それどころか、何度も言うけど、自分の体験として、事のいきさつを知っていることに関しては、自己中心的なことを言って、相手の責任を問う場合がものすごく多い。 

*     *     *

ポジティブというのが、善であるかのような妄想をもっている人がいるのだけど、ポジティブだからと言って、善であるわけではない。積極的に、いじめをするやつだっている。

たとえば、サービス残業をずっとさせられてきた……名前だけ店長が……「もう、できません」と言ったとする。それに対してブラック社長が「できないというからできない」「できると言えばできる」と言ったとする。

名前だけ店長が「できない」ということを言っているのだから、ネガティブな発言をしたということになり、ブラック社長が「できる」ということを言っているのだから、ポジティブな発言をしたということになる。

普通の感覚だとそうなるのだろう。

しかし、これ……サービス残業を押し付けているときに、発せられた言葉なのである。

社長が、従業員にサービス残業を押しつている。

これだけで、もう、ネガティブな行為をしているということになる。

違法行為をしているということになる。

それなのに、それなのに、普通の人は「できる」という言葉だけに反応して、ブラック社長は、ポジティブなことを言ってると思い、「できない」という言葉だけに反応して、名前だけ店長が、ネガティブなことを言っていると思ってしまう。

普通の人は、そういう解釈をするように、洗脳されているのである。

普通、英語の「ポジティブ(Positive)」という言葉は、日本語の「積極的」という意味をもっている。

ところが、積極的という意味のほかに、「善である」というニュアンスがつきまとってしまうのだ。

積極的にサービス残業を押し付けようとするのであれば、積極的に悪いことをしているということになる。

積極的にサービス残業を押し付けたなら、法律に違反していることを積極的にやったということなのである。

善悪で言えば、悪なのである。

悪行なのである。ところが、言霊主義者や言霊的な感覚をもっている普通の人は、「できる」とポジティブなことを言っているブラック社長がいい人で、「できない」とネガティブなことを言っている名前だけ店長は悪い人だと思ってしまうのである。

これは、おかしい。

こんなのは、積極的にいじめをするやつはいいやつで、いじめられたやつは悪いやつだと言っているのとおなじだ。

こんなのは、おかしい。

ポジティブかネガティブかということよりも、「なにをしているのか」ということが、重要なのである。

言霊にこだわると、そんなこともわからなくなってしまうのだ。

そして、積極的にいじめをするほうの味方をして、いじめられているほうをバカにして圧力をかけるようになってしまう。

言霊主義者のなかでは、言霊思考がいい思考だというとになっているけど、そうではない場合だってある。

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ちなみに、ポジティブを「明るいこと」と置き換えて、ネガティブを「暗いこと」に置き換えると「できる」というのは、「明るいこと」で、「できない」というのは、「暗いこと」だということになってしまう。だから、「できる」と言っているブラック社長は「明るいことを言っている」ということになり、「できない」と言っている名前だけ店長は「暗いことを言っている」ということになってしまう。

明るいことを言うのが、善であるという妄想があると、明るいことを言ったブラック社長が、善であり、暗いことを言った名前だけ店長が悪なのだということになってしまう。

しかし、実体はどうか?

ブラック社長が悪いことをしているのである。名前だけ店長が、そんなブラック社長に「サービス残業を減らしてくれ」と懇願しているのである。それも、ずっとずっと、我慢してきて、懇願しているのである。その懇願を、容赦なく、打ち切るのが「(できると言えば)できる」という自分勝手な発言なのである。

これでどうして、できると言っているブラック社長が、ポジティブで、前向きで、明るいから、いいと言えるのだ? 

こういうことすら、わからなくなってしまうのが、言霊洗脳なのである。

こういうことすら、わからなくなってしまうのが、思霊洗脳なのである。

「明るいことを考えれば、明るいことが起こり、暗いことを考えれば、暗いことが起こる」という妄想的な考え方が、あたかも、正しい考え方であり……あたかも、善であるような幼稚な前提が成り立っているのである。

多くの人が、そんな幼稚な考え方をもってしまうと、社会がそれだけ、悪くなるのである。「明るいほうがいい」「ポジティブなほうがいい」「明るいことを言えば、明るいことが起こる」「ポジティブなことを言えば、明るいことが起こる」……こんな考え方が、正しいこととして流通しているのだ。

そのぶん、条件が悪い人が、ダメ出しをくらって、くるしい思いをするのである。

そのぶん、「明るいほうがいい」「ポジティブなほうがいい」と言っているやつらが、増長して、傲慢になり、悪をなすのである。

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しかも、押し付けられているほうが「自分の条件について語る」と、こいつらは「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、言い訳だ」と怒って言う確率が非常に高い。まあ、怒らないで言うこともあるけどね。

相手の条件を考えずに「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、言い訳だ」ということは、明るいことなのかな? 正しいことなのかな? 善行なのかな?

一見、正しそうなことを信じると、こういうことを平気でやる人間になってしまうのだ。悪魔がささやくことというのは、一見、正しそうなことなのだ。

悪魔がささやくことは、一見、よさそうなことなのだ。ところが、信じる人が増えると、社会がそれだけ、悪くなる。社会が、それだけ、住みにくくなるのだ。

悪魔がささやくことは、よさそうなことなのだ。明るいことを考えれば、明るいことが起こる……というのは、一見、よさそうなことだ。心地よいことなのだ。「言えば言った通りになる」……一見、よさそうなことだ。心地よいことだ。

ところが、毒が入っているのである。心の毒が入っている。まやかしの善に、ひきずられるな。心地のよい、明るい話に、ひきずられるな。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。