2026年6月2日火曜日

●「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」■社会※2026/05/28 3:40

まず、条件が無視されているである。そして、条件が無視されているということも、無視されている。

ところが、条件が与える影響がものすごくでかいのである。条件がちがう人は、ちがう状態で生きているのである。かりに、AさんとBさんで、能力がまったくおなじだとしても、条件がちがえば、ぜんぜんちがう結果になるのである。

ところが、条件のちがいを無視して、「言えば言ったことが現実化する」ということを言う人たちがいる。

この人たちは、洗脳されている人たちだ。

より条件の悪い人に、「無理なことを言う」というという役目がある。まあ、そのほかにも役目があるのだけど、あんまり、いい役目ではない。

ともかく、言霊について語る人たちというのは、現実的な条件を無視している。もちろん、自分のことに関しては、無視しないのである。自分が一倍速で感じることに関しては、現実的な判断をするのである。

言霊なんて、ひとつも出てこないような判断をする。

しかし、「ぬけぬけ」だから、ひとつも出てこないような判断を……自分がしたということは無視してしまう。

ともかく、条件の無視というのが非常に重要なポイントになっている。見えないスタート地点で、条件を無視している。あとの話というのは、見えないスタート時点で、条件を無視したことが、土台になっている。

あとは、特殊なことなのだけど、「人間は働くべきだ」という前提もある。

働くと書いたけど、現実的な意味を言ってしまうと、「人間は奴隷労働をするべきだ」ということになる。特権階級の人間は、奴隷労働をしなくてもいいのである。

しかし、非・特権階級の人間は、奴隷労働をするべきなのである。こういう意識がある。こういう意識が、見えないスタート時点で成り立っている。

だから、非・特権階級の人間であって、奴隷労働をしている人は……非・特権階級の人間なのに、奴隷労働をしない人間を見かけると、攻撃したくなるのである。

しかし、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という前提もうたがう必要がある。「生活をするために、非・特権階級の人はだれでも、奴隷労働しなければならない」という考え方は、間違った考え方かもしれない。

まあ、非・特権階級の人間であるにもかかわらず、奴隷労働をしなくてもいい社会というのが、できあがるかもしれない。そういう社会において、働くということがどういう意味をもつかというと、たぶん、ボランティアのような意味をもつと思う。

ともかく、現実世界の現実世界的な条件を無視しているということと、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」ということが、無視された前提として、話の最初にあるのだ。話の土台になっている。

言霊理論、思霊理論、引き寄せ理論、努力論を考えた場合、各論のスタート地点のまえに、現実的な条件の無視と「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という感覚がある。

「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」と、文にすると、違和感を覚える人がいるかもしれないけど、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という前提は、すべての論に影響を与えている。

特に、サブルーチンのなかに出てくることに影響を与えている。ものすごく、いいことを言っているように思える場合でも、「生きるためには、奴隷労働をしなければならない」という前提が横たわっている場合がある。

その感覚があるんだよ。

だから、けっきょく、どの理論をとっても、「がんばればいい」ということになる。

まあ、たとえば、言霊理論の場合は「できるできると言って、がんばればいい」ということになるわけだ。言霊理論が正しいなら、別にがんばらなくてもいいのである。

言えば、それで、問題を解決できる。

だから、ほんとうは、「言えば言ったことが現実化する」ということから、「できるできると言って、がんばればいい」ということが出てくるのはおかしなことなんだよ。

けど、たいていの言霊主義者は「おかしい」と思わない。

ぬけぬけだからだ。

2026年6月1日月曜日

●「普通の兄貴」がやっていることのギャップがひろがる■騒音※2026/06/01 7:03

じつは、「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」というのは、妄想的な前提なんだよ。この前提が正しいなら、「なおる」と言えば、なおるんだよ。

ところが、多くの言霊主義者は、自分の歯がいたくなったら、歯医者に行くのだ。

「なおる」と言ってなおそうとしない。「なおる」と言ってなおそうとした場合だって、実際には、なおらず、歯が相当にダメになる。

けど、人には「言霊は絶対だ」「なおると言えばなおる」と豪語してゆずらない。ゆずらないんだよ。歯の痛みに関しては、多くの人が経験したことがあるいたみなんだよ。

もちろん、経験したことがない人だっている。

けど、経験したことがある人のほうが、多数派だ。

だから、わかる。しかし、「きちがい家族によるしつこい騒音」となると、経験者がぐっと減る。うちの兄貴のやり方が、きちがい的なほど、理解者が減ってしまうのだ。経験者が減ってしまうからだ。

そうなると、自分が経験した「普通の騒音」のことを考えて、俺の騒音について、いろいろと判断することになる。きちがいヘビメタ騒音がずっと続くのであれば、働けない体になる。

ところが、ほかの人は、そんなに長い間、きちがい家族によるしつこい騒音」を経験したわけではないので、「普通の騒音」について考えて……「そんなことはない」と考える。

「関係がない」と考える。「影響がない」と考える。そうなると、俺がヘビメタ騒音のことについて、どれだけ説明したって「そんなのは、言い訳だ」「そんなのは、あまえだ」と言ってくることになる。

きちがい兄貴の程度が、普通ではないほど、そうなる。

きちがい兄貴が、きちがい的なことだわりで鳴らした騒音の程度が、普通ではない程度になる。「普通の人」にはわからない。

「普通の人」には、「普通の騒音」の経験しかないから、わからない。

どうして、そうなるのか、自分の体で経験したことがないから、わからない。自分の体で経験したことがないからわからないだけで、こいつらが言っていることが、正しいわけではないのだ。

けど、こいつらのなかでは、「自分は正しいことを言っているということになる。きちがい兄貴のきちがい的な感覚がひどければひどいほど、ギャップがひろがるのである。

普通の人は、普通の兄貴を想像してしまう。だから、普通の兄貴が鳴らすような騒音でしかないと思っているのだ。ところが、普通の兄貴が、一日に一秒だって鳴らさないような騒音を鳴らしているのである。だから、実際にきちがい兄貴がやっていることと、普通の人が思い浮かべる「普通の兄貴」がやっていることのギャップがひろがる。

そして、これは、「影響の差」でもあるのだ。きちがい兄貴のやり方が、きちがい的にしつこければ、普通の人が思っている「騒音の影響」と、ぼくが実際に体感した「騒音の影響」のギャップがひろがるようになるのだ。

普通の人は、言霊主義者のように、「できると言えばできる」とか「できないというからできないのだ」とかというようなことを、付け足すことはない。

けど、普通の人の認識というのは、言霊主義者の認識とおなじなのだ。ようするに、普通の人は、ほんとうに、「そんなのは影響がない」と思って、「影響がない」と言い、「影響があると言っているエイリはあまえているだけなんだ」と言うわけだ。きちがい兄貴の、きちがいにしかできない「無視」というのが、これがまた、こたえるのだ。

よその人は、理解しないわけ。けど、よその人よりもずっとずっとずっとずっと、理解していないのが、きちがい兄貴なのだ。普通の人だったら、絶対にあんな音で、鳴らさないんだよ。普通の人だったら、どれだけ、思いっきり鳴らしたくても、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、あれだけの音で鳴らすということはないんだよ。

でっ、これが、親父の異常行動とおなじで、よその人には、理解できないことなんだよ。だから、「そんな音で鳴らしているわけがない」「そんな音で鳴らしているのに、ほかの家族が文句を言わないなんておかしい」と思って、ぼくが言っていることは、嘘だと判断する人たちが出てくる。

この人たちは、ぼくのすべての発言に対して、「嘘を言っている」と判断するようになるので、めちゃくちゃにいやな存在になる。

これも、本気で、「エイリは嘘を言っている」と思っている人にとっては、当然の行動であって、悪い行動ではない……ということになっている。

だから、絶対に反省なんてしない。つねに、意地悪な解釈をして、「ずれたこと」を言ってくるということになる。「ずれたこと」というのは、ぼくが嘘を言っているという前提で、相手がぼくの言ったことを、解釈した場合の「ずれたこと」なのだ。

これが、悪質なんだよ。「ぼくの言ったこと」というのは、ヘビメタ騒音に関することも、ヘビメタ騒音が関係ないことも、すべてが対象になるんだよ。こいつらの「推論」は間違っているのだけど、こいつらが、間違っているということを、認めることは、ほとんどない。

どうしてかというと、ぼくが「嘘を言う人間だ」という前提で、ぼくの言うことを聞いているからだ。きちがい兄貴のずれが大きければ大きいほど、きちがい親父のずれが大きければ大きいほど、ぼくが嘘を言っているということになってしまうのである。

これが、どれだけつらいか、ほかの人たちは、わかっていない。こういう人たちだって「俺だって苦労した」「わたしだって苦労した」と言えるのだ。

だから、「そんなのはなんでもない」という連想が働いてしまう。騒音について、同質化・同量化してしまうのは、ヘビメタ騒音の話を信じている人も、信じていない人もおなじだ。

信じていない人の場合は「もし、それが本当だったとしても」という仮定の前提が付け加わることになる。けど、これは、感覚として成り立っているものなので、エイリが嘘を言うという前提でも、考えることができるわけ。

ようするに、エイリが嘘を言う人だという前提を崩さずに、「たとえ、ほんとうに、エイリが言っているように、鳴っていたとしても」そんなのは関係がないと思ってしまうわけ。

「エイリが嘘を言っている」と思った時点で、そういう人間だと、ぼくを見下しているので、簡単に「たとえ、ほんとうに、エイリが言っているように、鳴っていたとしても、そんなのは関係がない」という気分的な意見が成り立ってしまう。そいつらのなかに、成り立ってしまう。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。