2026年7月8日水曜日

●自分なら憂鬱にならないと思っているのだ■騒音※2026/07/08 1:52

 きちがいヘビメタ騒音にやられている時間というのは、うるさい時間でもあるけど、くやしい時間でもあるのである。そりゃ、勉強をしたいのに、勉強ができないのだから、くやしい気持ちになる。くやしい気持ちになる決まっている。ところが、きちがい兄貴と一緒に住んでいないから、きちがい兄貴の騒音をまのがれている一般人が、「そんなのは関係がない」と言うのだ。いやーー。関係あるよ。うるさい時間で、くやしい時間で、腹が立つ時間で、憂鬱になる時間だ。とにもかくにも、生きているだけで、腹が立つし、憂鬱になる時間なのである。強制的に、そうなるのである。工事で騒音が出ているわけではなくて、きちがい兄貴が、思いっきり鳴らしたいから、騒音が出ているのである。これ、ほんとうに、きちがい兄貴が我慢するべきなのである。ところが、普通の人が、きちがい兄貴が我慢するべきだと言うことを無視して、俺が気にしなければいいということを言う。俺が影響を受けなければいいのだということを言う。……こんなの、ない。

きちがい兄貴の態度でやられて、腹が立たないわけがないのだ。ところが、きちがい兄貴の態度を無視して、自分なら、どれだけ騒音が鳴ってたって、勉強ぐらいできると思っているやつが、「どれだけ騒音が鳴ってたって、勉強ぐらいできる」と言う。これ、かりの話なのである。こいつは、きちがい家族の、きちがい騒音に、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間もさらされているわけではない。休みの日なんて、きちがい家族が、きちがい的な意地で、こっちのことはまったく気しないで、一日に13時間以上も鳴らしているのだ。鳴らしてはいけない音のでかさで鳴らしている。これを無視して、「気にするほうが悪い」と言うのが、約6割の人だ。そして、「そんなのはおかしいから、エイリが嘘を言っている」と思うやつが約4割だ。こいつらが、みんな、誤解をしている。妄想的な考えで、俺のことを、悪く言う。俺のことを劣った人間のように言う。こいつらは、みんな、別に悪いことをしているわけではないと思っている。たとえば、約四割の人のなかでは……なかでは……エイリが嘘を言っているということは、確定事項なので、エイリが悪いということになってしまうのである。エイリが嘘を言っているにもかかわらず、エイリが嘘を言っているつもりがないとするならば、エイリはなんとなんとか症だということになってしまうのである。ほんとうに、失礼な決めつけなのだけど、こいつらがバカだから、そういう決めつけをしても、バカな決めつけをしたと思わない。こいつらに、「ヘビメタ騒音の話は本当だ」と言うことを言っても、信じないのである。一度、「そんなのは、へんだ」「エイリが嘘を言っている」と思ったら、そのままなのである。「エイリが嘘を言っている」という土台を信じて、ぼくの言っていることを信じない。ぼくの言っていることを、これまた、エイリが嘘を言っているという土台の上で解釈して、頭がおかしい解釈を付け加える。だから、結果的には、この四割の人は、俺の悪口を言っていることになるのだけど、悪口言っているつもりがないのである。

でっ、こういうことは、「そんなのは関係がない」と言う人たちにも、成り立っている。こういうことは「過去は関係がない」と言う人たちにも、成り立っている。「自分なら、そんな音を気にしないで勉強ができる」と言う人たちにも、成り立っている。 自分が本当にさらされたわけではないから、「できる」と思っているだけだ。

それから、「楽しいといえば楽しくなる」と言う人たちは、きちがい兄貴の態度で、きちがい家族が、よそではありえないような音でずっと鳴らしていても、自分なら憂鬱にならないと思っているのだ。「勉強ができる」というのとおなじだ。自分なら、どれだけでかい音で、自分が、この世で一番きらいな音が、ずっと鳴っていても、憂鬱にならないと思っているのだ。憂鬱になったら、「楽しい」と言えばいいのである。楽しいといえば、楽しくなるので、憂鬱な状態から抜け出せるのである。「抜け出せないのは、エイリが悪い」ということになってしまうのである。

2026年7月7日火曜日

●「程度のちがい」は、よく、無視されることだ■社会※2026/07/07 10:19

きちがいヘビメタ騒音で、夜眠るべき時間に眠れなくなってしまったのだ。

そして、これは、何度も言ってしまうことだけど……きちがいヘビメタ騒音がなければ、ほんとうに、そういう状態にはならなかったのである。

これを、普通の人は無視してしまう。

自分がやられてみればわかるのに、やられたことがないから、わからない。

俺や名前だけ店長のように、一日に二時間ぐらいしか眠れない人がいる。そして、それが、毎日ずっと続けば、つかれる。このつかれは、普通の人のつかれではない。

これは、ようするに、一日に「普通の時間」眠っている人たちの、つかれではないのだ。「普通の時間」と書いたけど、まあ、七時間から八時間ということにしておこう。

七時間と二時間のちがいはでかい。

そして、一日目と一〇〇〇日目のちがいもでかい。

そして、一〇〇一日目と、二〇〇〇日目のちがいは、一日目と一〇〇〇日目のちがいよりももっとでかい。そして、二〇〇一日目と、三〇〇〇日目のちがいは、一〇〇一日目と、二〇〇〇日目のちがいよりも、ずっとずっとずっと、でかい。

そして、三〇〇一日目と四〇〇〇日目のちがいは、二〇〇一日目と、三〇〇〇日目のちがいよりも、もっともっともっともっと、ずっとずっとずっと、でかい。疲労が蓄積してしまうのだ。

ところが、蓄積した疲労を経験したことがない人が、「俺だってつかれている」と言って、疲労を同レベル化してしまう。

そうなると、言霊主義者を含む疲労が蓄積していない人たちが、「元気だ元気だと言えば元気になる」と助言するようになる。

実際には、「蓄積された疲労」のちがいがある。

「つかれている」と言ったって、つかれ方がちがうのだ。

ところが、つかれ方のちがいを無視して、「俺は、実際に元気だ元気だと言ったら元気になった。言霊理論は正しい」と言って、相手のつかれを認めない発言をする。

しかし、状態がちがうのだから……ようするに、蓄積の度合いがちがうのだから……そのような助言は意味をなさないのである。

しかし、「言えば言ったことが現実化する」という洗脳を受けていると、「言えば言ったことが現実化するのだから、相手だって、元気だ元気だと言えば、元気になるはずだ」という意見をもつことになる。

「相手だって、元気だ元気だと言えば元気になる」と思っているわけだ。

そして、「元気だ元気だと言えば元気になる」という考え方を否定されると、否定された人は「頭にくる」確率が非常に高くなる。

「元気だ元気だと言っても、元気にならない」と言ってくる相手には、言霊主義者は怒りを感じる可能性がある。

そして、言霊主義者にとって「元気だ元気だと言えば、元気になることは、もう、決まっていることなので……「元気だ元気だと言っても元気にならないと言っている相手は、あまえている」ということになってしまう。

あるいは、『やり方がへたくそなのに文句を言う、ダメなやつだ』ということになってしまうのである。

そして……たとえば、「元気だ元気だと言えば元気になる」という意見をもっている人のほうが、「元気だ元気だと言っても元気にならない」という意見を持っている人よりも、立場が上だと非常に厄介なことになるのである。

立場が上で「元気だ元気だと言えば元気になる」と思っている人は、相手の「蓄積疲労」を見ていない。どのくらいの疲労が蓄積しているのかと言うことについて、まったく考えない。

この人たちは「疲労」と言えば「疲労」であって、ひとつの抽象的な疲労しか見ていないのである。「元気だ元気だと言えば元気になる」と思っている人だって、「つかれる」ということは、経験している。自分のみで知っているのだ。

しかし、この人たちは、単純だから、自分と関係なければ、一種類の「抽象的な疲労」しか頭に浮かばない。実際に、この人たちが、いろいろな出来事によって、つかれている場合は、出来事によって生じたつかれの「差」を知っているのである。

けど、「ぬけぬけ」なので、そういうことは、深く考えないのである。

自分が、ほんとうにつかれているときは、「元気だ元気だと言っても、元気にならない」ということを、ごく普通に無視してしまう。この人たちが、ほんとうに徹夜をしてつかれているときは、「休みが欲しい」「眠りたい」と思うのである。

ところが、そのときはそのときで、言霊のことなんて考えないのである。

そもそも、ほんとうにつかれはてているときは「元気だ元気だと言えば元気になる」ということは、考えない。もし、かりに考えて……「元気だ元気だ」と言っても、元気にならないと言うことを経験した場合も「元気にならなかった」という現実的な結果を、無視してしまうのである。

「明日は、雨になる」と言って、次の日、晴れていた場合は、「言った通りにならなかった」ということを、軽く見て、忘れてしまう。

あるいは、無視してしまう。そうやって、自分にとって都合が良い結果だけ、覚えているのである。自分にとって都合が悪い結果は、意味をなさないものになっているのである。

軽く無視してしまう。そして、軽く無視したということも、無視してしまう。

ようするに、「ぬけぬけ」になる。この人たちは、「ぬけぬけ」な状態で暮らしている。

そうすると、自分が中立的な状態で、「元気だ元気だと言ったら、元気になった」という記憶しか残らないので、「言霊理論は正しい」と思ってしまうのだけど、同時に、相手の疲労のレベルということについて考えることがまったくできないので、中立的な状態で感じた疲労をもとにして、「抽象的な疲労」を考えて、相手の疲労も、自分が考えている「抽象的な疲労」とおなじレベルの疲労だと考えてしまうのである。

中立的と書いたけど、ある程度、元気な時に「元気だ元気だ」と言っているのである。症状がひどい病気になって、寝込んでいるときに「元気だ元気だ」と言ったら、すぐに元気になったという体験はないのだ。

深刻な症状が出て、元気ではないときは、「元気だ元気だ」と言っても、元気にならないのである。けど、こういうことも、事前に無視されている。

 「元気だ元気だと言ったら、元気になった」という経験は、元気なときに経験したことなのである。あるいは、健康で中立的な状態で、経験したことなのだ。

どこもいたいところがなく、特にくるしいということもなく、健康な状態で、暇なときに「元気だ元気だ」と言ってみたら、「もっと元気になったような気がした」ということを意味しているだけだ。

しかも、ものすごく、元気になったわけではなくて、「なんとなく、言うまえより、元気になったような気がする」というレベルのことなのだ。

瀕死の重傷で横たわっているときに「元気だ元気だ」と言って、すぐに、ぱっと、元気になったわけではない。

言霊主義者ではなくても、普通の人は、自分のこと以外のことは、「想像して推し量る」ということをしているわけだ。

その場合、「ひとごと」なら、言霊主義者とおなじレベルの思考をしてしまうのである。

エンパスのような人だけが、人のことを、自分のことのように感じるとができるのである。

たいていの人は、「ひとごと」なら、自分のことではないので、いろいろなことを無視してしまうのである。

「程度のちがい」は、よく、無視されることだ。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。