2026年6月30日火曜日

●『言葉で、正しいと思っていること』と、『実際の自分の反応』がちがう■社会※2026/06/29 23:37

『自分にとって不都合な結果』に書いたことも、『ぬけぬけ感覚』のひとつだ。

本人が、気がつかないのだから、ぬけている感じはしないだろう。

だから、「ぬけぬけだ」と言われると、おこる確率が非常に高い。

「ぬけぬけだ」と言ってきた相手に対する嫌悪感もしょうじるだろう。人間として、当然の感覚だ。

その場合、言霊でどうにかしようとしないのだ。

「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」と普段、豪語していても、「楽しい楽しい」と言ったりしない。まあ、言っても、ものすごく高い確率で楽しくならないだろう。推測でしかないけどね。

「言霊理論」に従えば、「ぬけぬけだと言われて、うれしい」と言えば、うれしくなるのだ。はたして、うれしくなるのかどうか、わからない。

自分がぬけぬけだと言われて腹が立った場合は、「うれしい」と言って、うれしくなるようなことをしない確率が高い。

たいていの場合、言霊主義者を含めて、普通の人は、腹が立つことを言われたあと「うれしい」と言って、うれしくなるようなことをしない。

そういう行為だと想定されている行為をしても、たいていの場合、うれしくならない。

そして、たとえば、人には「すべては受け止め方の問題だから、受け止め方をかえればいい」と言っている人も、「受け止め方をかえればいいのだ」と思わない。

「ぬけぬけだと言われて腹が立ったというのは、受け止め方の問題だから、ぬけぬけだと言われて、うれしいと思えばいい」とは思わない……確率が非常に高い。

そして、「ぬけぬけだと言われて、うれしいと思えばいい」と思ったあと、ほんとうに、うれしいと思えるかどうかだ。「受け止め方をかえればいい」と人にはい言うけど、自分の受け止め方は、なかなか、かえられない確率が高い。

うれしいと受け止め方をかえられる人は、めったにいないと思う。

あるいは、「ぬけぬけだと言われて、うれしい」と受け止め方をかえようとしない。そういう感情がわくのがあたりまえだと思うことに関しては、「受け止め方を」かえようとはしないのである。

たとえ、相手のことを憎く思っても、受け止め方をかえようとしないのである。

そして、たとえば、自分に対して「ぬけぬけだぞ」と言ってきた相手に対する嫌悪感がしょうじたとする。

その場合……『自分のなかに、人に対する嫌悪感がしょうじることは、よくないことだ』と考えて、人に対する嫌悪感を、受け止め方をかえることによって、消滅させようともしないのである。

しかし、「すべては受け止め方の問題だ」「これは、正しい」と思ったままなのである。

「人はかわらないから、自分をかえればいい」と思ったままなのである。

『タンスのカドに足をぶつけたとき、頭をぶつけずによかったと思って、出来事の解釈を書き換えるように、悪口を言われたと思わないで、いいことを教わったと書き換えればいいのだ』とは思わないのだ。

「ぬけぬけだ」と言われて、嫌悪感がしょうじたら、嫌悪感に従った行動をするのである。「ぬけぬけだ」と言われて、嫌悪感がしょうじたら、嫌悪感に従った反応をかえすのである。

『ああっ。自分が気がつかないことを教えてくれたのでありがたい』とは思わない確率が非常に高い。

『言葉で、正しいと思っていること』と、『実際の自分の反応』がちがうのである。

しかも、『言葉で正しいと思っていること』は、いつまでも自分のなかでは、正しいことなのである。現実の場面で、その言葉通りではない反応を自分がしているのに、それに気がつかない。

2026年6月28日日曜日

●自分にとって不都合な結果■言霊※2026/06/28 23:09

自分の身に起こったことですら、自分にとって不都合なことは、無視してしまうし、無視したことに気がつかないのだから、他人の身の上に起こったことなんて、わかるわけがない。

『わかった』と思っても、理解の度合いが低いのである。

だから、きちがい家族にやられると、言霊主義者になめられたことを言われるようになる。

言霊主義者の理解度が低いのである。

ヘビメタ騒音がどれだけの影響を与えるのか、言霊主義者はまったく理解していない。

「うるさっかたんだろ」「そんくらいわかっている」と言って、「言えば言ったことが現実化するから、元気だ元気だと言えば元気になる」とか「言えば言ったことが現実化するから、できると言えばできる」とかということを言う。

いやーーー。まったくわかっていない。どれだけの影響が出るかまったくわかっていない。

自分にとって不都合な結果は、無視する。そして、無視したということを認識しない。

こういう態度だ。

出来事に対して、誠実とは言えない。

たとえ、自分にとって不都合な結果でも、結果として受け入れて、「言ったことが現実化しなかった」ということは、考えなきゃいけない。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。