2026年10月1日木曜日

●こういうやつらは、ヘビメタ騒音の影響を過小評価しすぎなんだよ■騒音※2026/10/01 3:51

むなしーーー。むなしいーーーいーーー。むなしーーー。憂鬱だーー。憂鬱だーー。あと、一時間三〇分ぐらいで、明るくなる。外が明るくなる。外が明るくなれば、ほんのちょっとだけ……ぼくも明るくなる感じがする。あくまでも、感じがするだけだ。なんか、九月二七日ぐらいの感覚にもどってしまった。むなしい。動画を視ても、むなしーー。だれの動画を視ても、むなしーー。むなしい。自分の人生における、つらい場面が浮かんでくる。ほんとうに、ヘビメタ騒音がはじまってから、いいことがない。つらいだけの生活になった。ほかの人から、誤解をされまくった。誤解に次ぐ、誤解。誤解をしたやつまで、「人の言うことなんて気にする必要がない」と言う。はぁーー。「おまえが、根本的なところで、誤解をしているんだよ」……と言いたくなる。だいたい、こういうやつらは、ヘビメタ騒音の影響を過小評価しすぎなんだよ。

もう、10月1日か。もう、10月。はやいなぁーー。俺が、10月1日、どれだけ不愉快な思いをしてきたか。ヘビメタ騒音期間中、俺が、どれだけ れだけ不愉快な思いをしてきたか。毎日連続しているということが、どういうことなのか、根本的に理解していないやつが、クソふざけたことばかり、言う。クソふざけたことばかり言いやがって。ヘビメタ騒音の影響を受けるに、決まっているだろ。きらいな音が、一日に、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、爆音で鳴っていたら、影響を受けるにきまっている。どれだけ影響を受けないようにしようと思っても、影響を受ける。影響を受けないようにしよう……と思って、この部屋の勉強机のまえに座っているときの気持ちがわかるか。発狂寸前、自殺寸前の憂鬱。くるしいよ。くるしいに決まっているだろ。こっちがヘッドホンをしても、耳栓をしても、耳で手をふさいでも、ガンガンガンガン、頭に、土足で入り込んでくるきちがい騒音で、くるしい。無視できない。影響を受けるにきまっている。そんな状態で、机の前に座っていて、勉強なんてできるわけがない。そして、この時間も、勉強しようとしていたという、マイナスの効果が発生するのである。そして、きちがい的な騒音というのは、体に対する『毒』なんだよ。鳴り終わったって、効果が続く。何千日もそんなことが続いていいわけがないだろ。何千日もそんなことが続いて、体に影響が出ないわけがないだろ。何千日もそんなことが続いて、精神に影響が出ないわけがないだろ。みんな……みんな……、少数の例外のをぞいて……影響を無視して、クソを言ってくる。くそなんだよ。「そんなのできるわけがないだろ」ということを言ってくる。しかも、相手は、「いい助言をしてやった」と思っているのだ。こういう屈辱的な状態が、きちがい兄貴の騒音で、発生してしまう。できあがってしまう。「きちがい兄貴の騒音」によって、できあがってしまう。ほかのことじゃないんだ。「きちがい兄貴の騒音で」できあがってしまう。これ、避けようがないんだよ。影響を受けるし、他者は他者で、きちがい的な信念をもっている。まあ、たいていの他者という範囲内のことだけど……基本的な人格として、相手のくるしみがわからないという能力をもっている。基本的な人格として、相手の条件を軽く見るという能力をもっている。そうなっている。そういう存在だ。たいていの他者は、そういう存在だ。

2026年9月30日水曜日

●この負担に関して、ちゃんと、「見積もり」を出している■社会※2026/09/30 16:29

ようするに、親切にするという場合の、親切というのは、親切にしてやるほうの個人にとって、そんなには負担がないことなのである。そして、この負担に関して、ちゃんと、「見積もり」を出しているのである。頭のなかで、見積もりをしている。だから、「人に親切にするとしあわせになる」と言う場合の、「親切」というのも、見積もりの範囲内の親切になる。見積もりの範囲外の親切をしてしまうと、不幸になる確率があがる。どうしてかというと、継続的に「それ」をすることになると、負担がかかるからだ。「人に親切にするとしあわせになる」と言う場合の、「親切」というものは、ちゃんと、その場限りで、負担にならないものに限られているのである。そして、「自分は親切な人だ」とか「自分はいいことをした」とか思えるような親切なのだ。こういう親切は、大きな問題をかえるような親切ではない。ようするに、人間が問題を抱えている場合、その問題が大きければ大きいほど「人に親切にするとしあわせになる」と言う人たちからは、親切にされないということになる。大きな問題を解決するような「親切」をされる確率は小さい。悪い条件によって、大きな問題を抱えている個人は、大きな問題を解決するような「親切」をされることはなく、「自己責任だ」という言葉を投げかけられるようになるのである。

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もうひとつだけ言っておこう。高齢者の女性が、荷物を持って歩いているとする。この人の荷物を持ってあげることは、親切な行為だと分類される。しかし、高齢者の女性と言っても、人それぞれだ。別に「荷物をほかの人にもってもらいたい」と思っている人ばかりだとは限らない。けど、「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人は、筋骨隆々な人の「荷物を持ってあげよう」とは思わないのである。だから、親切にしてあげようと思っている側に、最初から、選別意識がある。こまっているように見える」必要があるのだ。

ぼくが気にすることは、実はもう一つある。かりに、ぼくが、高齢者の荷物を持ってあげることを、高齢者に提案したとする。そうしたら、高齢者が、承諾したとする。その結果、ぼくが、荷物を持ってあげて、その場面は、それで終了したとする。そのあと、別の場面で、その高齢者が荷物を持って歩いていたとする。そうしたら、ぼくではない人が、高齢者の荷物を持ってあげることを、高齢者に提案したとする。その高齢者は、ぼくのときは、安全だったので、その記憶をもとに、その人(ぼくではない人)にも頼んだとする。そうしたら、その人(ぼくではない人)が荷物を持ち去ったとする。その場合、ぼくには、悪気がないけど、最初のケースで安全だったから、次のケースでも安全だろうという見積もりを(高齢者)に与えたことになる。これは、投資系詐欺とおなじ構造になってしまう。投資系詐欺の場合、最初は、ちゃんとおカネが支払われるのである。おカネというのは、正規の配当という意味だ。けど、詐欺の場合は、これは、最初に安心感を与えるために、(もともと、カネを出した人)のカネをかえしているだけにすぎない。あるいは、別の人のカネを、その人に「正規配当」と偽って、配っているだけだ。だから、利益にはなっていないのである。こういう場合、一回目が大乗だったから、二回目も大丈夫だとは、限らない。

実際に、高齢者の荷物を持ち逃げしてしまう人がいるのだから、高齢者は、荷物を持ち逃げされたくない場合は、「ことわる」必要が出てくる。で、まあ、これを、親切にするつもりで、荷物を持ってあげましょうかと提案した人が、どうとらえるかの問題もある。

荷物を持ってあげるということですら、いろいろな場合が考えられる。いま説明したケースだと、どっちも、「知らない人」の荷物を持ってあげるケースなのである。「自分のおばあちゃん」の荷物を持ってあげる場合は、またちがう意味合いが出てくる。

 「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人は、いつも、うまくいくことだけを考えて、そう言っている。人に親切にしてあげようと思ったから、提案したということが、トラブルにつながることは、考えていない。ともかく、「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人は、想定している範囲が狭いのである。「人に親切にすると、しあわせになる」と言っている人たちの、「親切行為」というものが、案外、狭い範囲の「親切行為」に限られているということは、認識しておかなければならない。

言い方としては、 「人に親切にすると、しあわせになる」という文は、「XをすればYになる」という一〇〇%構文の文になる。ところが、「親切にする」というのが、問題なのだ。X(人に親切にするということ)の範囲は、理論的には無限だ。ところが、実際の場面では、無意識的に「親切行為」が選ばれている。親切にする側の、「親切行為」は、実際には、狭い範囲の親切行為なのだけど、「XをすればYになる」という一〇〇%構文の文になるので、親切行為の範囲が無限大になる。こういうところにも、理論?と現実のズレがある。

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人に親切にするということの範囲は、無限だと書いたけど、疑問を持つ人もいるだろう。たとえば、人に不親切にするということを考えると、人に親切にするということの範囲は無限ではないのではないかと思うかもしれない。 人に親切にするということの範囲」も無限だし、「人に不親切にするということの範囲」も無限なのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。