2026年6月5日金曜日

●「間違いのクッション」■言霊※2026/06/01 16:42

「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」という文は、「すべての言ったことが、言霊の力によって、かならず、現実化する」という文と意味的に等価なんだよ。

だから、失敗することはないわけ。

言ったのに、現実化しないということはないわけだ。

しかし、もちろん、言霊の力なんて、ないので、言ったところで、現実化しないのだ。現実化したように見えるのは、誤解をしたときだけだ。誤解なのである。

だから、言霊主義者が、だれかに「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化するので、なになにと言えばいい」とアドバイスをした時点で、そのだれかが、失敗することが決まっているんだよ。

言霊主義者をAさんだとする。言霊主義者にアドバイスをされた人をBさんだとする。Bさんが成功したように見えるのは、誤解が成り立っているときだけなのだ。

「言ったから、現実化した」とBさんが思ったとしても、それは、「言ったから、言霊の力で、現実化したもの」ではないのだ。勘違いをしている。だから、勘違いが成り立つときだけ、Bさんも、 「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」という考え方を受け入れることがある。

Bさんも受け入れた場合には、Bさんは言霊主義者になってしまう。

なので、 「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」という考え方は拡散することになる。これは、よくないことだ。

そして、BさんがAさんに「言ったけど、うまくいかなかった」ということを言ったとする。「うまくいかなかった」というのは、ようするに、「言ったことが現実化しなかった」ということだ。

その場合は、「言い方がへたくそだ」というサブルーチンに入るのである。これも、決まっているんだよ。

Bさんが、言ったのに、言ったことが(言霊の力によって)現実化しなかったのだから、言霊理論は間違っているということになる。なので、Aさんは「言霊理論は間違っている」ということを認めなければならない。

ところが、Bさんの言い方がへたくそだから、現実化しないということを言って、Bさんのことを悪く言うのである。Aさんが、「人のことを悪く言わない」とか「人のいやがることをしない」とか「すべては自己責任だ」とかと言ったとしても、ちゃんと、できなかった人のことを、悪く言って、できなかった人のせいにしているのだ。

よく「人のことを悪く言わない」とか「人のいやがることをしない」とか「すべては自己責任だ」なんて、言えるものだなぁ。

Bさんができなかったのは……Aさんの理論が間違っていたからなのである。これだって、言霊主義者は、たぶん認めないだろう。

最初から、言霊の力では現実しないので、Bさんが失敗することは、決まっている。Bさんが誤解をしない限り、もともとの理論が間違っているので、理論通りにはいかないということになる。それは、理論が間違っているから、Bさんがどれだけ言っても、現実化しなかったのだ。

Bさんのい言い方が悪いからではない。どれだけ言い方が悪くても、言ってしまったら、言霊の力によって、現実化してしまうのである。

「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」という文は、「すべての言ったことが、言霊の力によって、かならず、現実化する」という文と意味的に等価なので、どんな悪い言い方で言っても、言ったことが、言霊の力によって、かならず、現実化するということになる。

言い方が悪いから現実化しないなんてことはない。

言い方が悪いと、現実化しないと思っている場合は、「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」とは、言えないことになる。

しかし、「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」という文は、「すべての言ったことが、言霊の力によって、かならず、現実化する」という文と意味的に等価だということに気がつかないので、『言い方が悪いと現実化しないこともある』と考えてしまう。

「すべての言ったことが、言霊の力によって、かならず、現実化する」という文と「言ったことが、現実化することがある」という文は、意味的に等価ではないのだけど、等価だと思っているので、自分の間違いに気がつかない。

「言ったことが、現実化することがある」という文は、「言ったことが、言霊の力によって、現実化することがある」ということを意味しているのではない。

「言ったことが、言霊以外の力によって、現実化することがある」ということを意味しているのだ。

「言ったことが、現実化することがある」という文が「言ったことが、言霊の力によって、現実化することがある」という文とおなじだと思っているので、言い方が悪いから、現実化しないこともあると思ってしまうのだ。

しかし、言霊のことを話して、その文脈で、「言えば、言ったことが、現実化する」と言っているのだから、言霊主義者の頭のなかでは、「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」という文の意味と「言えば、言ったことが、現実化する」という文の意味は、おなじだというとになっている。

言霊主義者頭のなかでは、おなじだということになっている。

実際、「言えば、言ったことが、言霊の力によって、現実化する」と思っていて、それを省略して、「言えば、言ったことが、現実化する」と言っているのだ。

*     *     *

「一秒以内に(なになにという)夢がかなう」と言ったら、「一秒以内に(なになにいという)夢がかなわなければならないのだ。

言霊理論が正しいなら、かなうはずなのである。

「すべての言ったことが、言霊の力によって、かならず、現実化する」ので、かなうはずなのである。言い方が悪いから、かなわないということはないのである。

*     *     *

言霊以外の理由で、言ったことが現実化することはある。

たとえば、「明日は(自分が住んでいるこの地域に)雨が降る」と言ったとしよう。そして、雨が降ったとしよう。この場合は、言霊以外の力によって、雨が降ったのである。表現の問題だけど、雨が降るということが現実化「した」ということになる。

なら、雨が降るということが現実化したのは、だれかが「明日は(自分が住んでいるこの地域に)雨が降る」言ったからなのかというと、そうではない。

さまざまな物質の、物理的な運動によって雨が降ったのだ。これを、「言霊の力で雨が降ったんだ」と勘違いしてしまうのが、言霊主義者だ。そもそも、勘違いなのである。

そして、たとえば、「自分の……言霊の力によって、雨が降った」と考えるのならば、言霊の力の「でどころ」は自分だということになる。

ようするに、「明日は(自分が住んでいるこの地域に)雨が降る」という言葉に、言霊を宿らせたのは、自分だということになる。

自分が……この自分が……言葉に言霊を宿らせることができる存在なのである。

「言い方が悪いと、うまくいかない」というような考え方は、もともと、こういう考え方が基礎にあるから出てくる考え方だ。

ようするに、言葉に言霊が最初から宿っているわけではないと……言霊主義者は考えているのだ。

しかし、言霊主義者は、ここでも、矛盾を感じないまま、「言霊に言霊が最初から宿っている」という考えも持っているのだ。

両方とも持っている。

だから、このことが「言い方が悪いと現実化しない」というような「クッション」を生み出すことになる。これは、「間違いのクッション」だ。 

矛盾を感じないですむような理解のしかたが、最初から、ある。

そして、それは、矛盾している。ほんとうは、ちがうことを言っているのに、おなじことを言っていると思っているのだ。そして、その間違いに、気がつかない。

2026年6月4日木曜日

●俺が、すぐに停電はなおると言ったから、すぐに停電がなおった■言霊※2026/05/31 21:19

じつは、おどろくべきことに、言霊主義者は、こわれた冷蔵庫を「言霊で」なおすことさえ、できないのだ。

じつは、おどろくべきことに、言霊主義者は、電源プラグを電源コンセントにささなければ、冷蔵庫の庫内をひやすことさえできないのだ。

もちろん、冷蔵庫を設置してくれた人は、電源プラグを電源コンセントにさすだろう。だから、言霊主義者の家でも、冷蔵庫の庫内は、冷えるわけだ。

言霊主義者は、あたりまえだと思っているけど、電気で、冷蔵庫内を冷やしているのだ。

たとえば、電源プラグを電源コンセントから、ぬいたとする。その場合は、もちろん、冷蔵庫庫内は、次第に室温とおなじになる。

だから、冷蔵庫庫内だけ冷えている状態は、維持できない。

しかし、言霊でなおすことができるはずなのだ。言霊理論が正しいなら、確実になおすことができる。

「冷蔵庫庫内が、摂氏五度になる」と言えば、言っただけで、例外なく、 「冷蔵庫庫内が、摂氏五度になる」のだ。

だから、ほんとうなら、冷蔵庫なんて必要がないし、かりに、冷蔵庫を使っている場合でも、電源プラグを電源コンセントにつながなくても、言霊の力で、冷蔵庫庫内の温度を、自分が言った通りの温度にすることができる。

例外はない。

言い方が悪いから、「冷蔵庫庫内が、摂氏五度になる」と言ったのに、「冷蔵庫庫内が、摂氏五度にならなかった」なんてことはないのだ。

もっと、驚くべきことは、言霊主義者が、このことに気がつかないことだ。自分のうちの「冷蔵庫」が、こわれたら、言霊主義者でも、『言霊で』なおそうとはしないのだ。

もともと、冷蔵庫なんか使わなくても、言霊で、自由に温度を調整することができる。

さらに、「これこれは、くさらない」と言えば、くさらない状態を維持できる。

まあ、腐敗のプロセスと消化のプロセスはおなじなので、くさらないと言われたものを食べると、消化ができないということになってしまう。

だから、たとえば、「このエリアは、摂氏五度になる」と言えば、「このエリアは、摂氏五度になる」ので、それで、おしまいだ。

冷蔵庫なんて買う必要がない。電力会社と契約して、電力を買う?必要はない。電気の力なんて使わずに、言霊の力を使って、ものを冷やすことができる。

室温だって自由自在だ。「エアコンの電気代が高い」などと言う必要はない。

ところが、人には「言霊は絶対だ」と豪語する言霊主義者も、普通に、電力会社と契約をして、普通に、エアコンを使っているのである。

なんで、言霊で室温を調整しようとしないのか。

言霊では、室温を調整することができないので、言霊で、室温を調整しようとも思わないのだ。言ったところで、冷えないので、言わない。

言っても冷えないということを、言霊主義者が知っている。

言ったところで、あたたかくならないので、言わない。

言っても、あたたかくならないということを、言霊主義者が知っている。

自分の現実的な問題に関しては、現実的な対処をするのである。エアコンを設置してもらったり、エアコンのスイッチを入れたりして、温度の調整をしようとする。

もし、もし、停電で電気が切れた場合は、言霊の力で、どうにかすることかできるかというと……人には「言霊は絶対だ」と豪語する言霊主義者といえども……どうにかすることができないので、停電から復旧して電気が入るのをまつしかない。

停電しているときに「すぐに停電はなおる」と……ある言霊主義者(Aさん)が言ったとする。そして、すぐに停電がなおったとする。つまり、停電から復旧したとする。

なら、その言霊主義者(Aさん)が「言ったから」言霊の力によって、停電から復旧できたのかというとそうではないのだ。

勝手に、言霊主義者が『俺が、すぐに停電はなおると言ったから、すぐに停電がなおったのだ』と思っただけだ。

こういう勘違いをしているのが、言霊主義者なのだ。

そして、何度も言うけど、言霊主義者だって、電気の力で、部屋を冷やしたり、部屋をあたためたりしているということを、知っている。知っているのだ。

人には「言霊は絶対だ」と豪語する言霊主義者ですら……言霊の力で、部屋を冷やしたり、部屋をあたためたりしていると考えているわけではないのだ。

問題なのは、言霊主義者自身が「言霊の力で部屋を冷やしたり、部屋をあたためたりしているわけではない」ということを知っているのに、「言えば言ったことが(言霊の力で)現実化する」と言ってしまうことなのだ。

矛盾をまったく感じないということが問題なのだ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。