何度も書いてしまうけど、言霊主義者のCさんは、「政治について、言ったって、なにもかわらない」と思っているのである。
「自分がなにを言ったって、政治なんてかわらない」と思っているのだ。
だから、「自分にできるのは、一票を投じることだけだ」と言い、「自分がやれることはやっているのだから、文句を言われる筋合いはない」と言うのだ。
「自分が政治についてやれることは、投票をすることだけだ」と思っているのである。
「言えば、言ったことが現実化する」のではないのか?
政治について、「自分」がこうなると言えば、言ったから、言霊の力によって、こうなるのではないのか?
もちろん、「自分」の意識が言霊に向いているときは、「言えば、言ったことが現実化する」と思っているのである。
ところが、現実世界で、現実的なことを考えると、言霊なんて、無視されてしまうのである。
「これこれこういう政策が実行される」と言えば、「これこれこういう政策が実行される」のである。
精神世界の人は、「社会のせいにしないで、自分のできることだけやればいい」などと言っている人が多い。
「自分ができないことは、最初から考えないで、自分ができることだけ考えればいい」と、言霊主義者なのに、言っている人がいる。
言霊主義者なのだから、言えば、かえられるよ。
できると言えばできるのだろ。
これ、おかしいんだよ。モードが切り替わってしまう。
言霊について語るときは、「言霊は絶対だ」と豪語するのである。「絶対に、言ったことが現実化する」と言って、ひかない。
ところが、普段は、「政治についてどれだけ自分が意見を言ったって、政治がかわるわけではない」などと言っているのだ。「自分がどうすることもできないことには、関心を向けないほうがいい」などと言っているのだ。
いやーー。できると言えば、できるんでしょ。言えば言ったことが、現実化するんでしょ。
問題なのは、本人が、モードの切り替えをしているつもりがないということなのである。
ようするに、言霊主義者が「自分が政治についてなにかを言っても、政治なんてかわるわけがない」と思っていても、まったく、疑問をいだかないのである。
どうかしているぞーー。
「言えば言ったことが(言霊の力によって)現実化する」という考えと「自分が政治についてなにかを言っても、政治なんてかわるわけがない」という考えが、どうやって、両立すんだよ?
* * *
「社会について不満を言うべきではない」という考え方も、わりと、はやっているのだ。これは、「不満を言うのはよくない」という考え方の系譜だ。
ようするに、「ネガティブなことを言うべきではない」という考え方なのだ。
これも、支配者にとっては、都合がいい考え方だ。
被支配者が、みんな「社会について不満を言うべきではない」と考えてくれると、支配者はやりやすくなる。
「自分ができることだけに集中して、自分ができないことは、無視したほうがいい」という考え方も、支配者にとっては、都合がいい考え方なのだ。
問題なのは、言霊的な考え方と、こういう「不満を言うべきではない」という考え方が両立してしまうことだ。
「不満を言うと、不満が(現実してしまうので)不満を言うべきではない」と言う考え方もある。
しかし、不満は、すでに、現実化しているのである。
現実生活の中で、不満を感じることが「すでに」あったのである。
だから、その時点で「不満を感じている」のである。
言ったあとに、現実化するのではなくて、言うまえに、現実化したことなのである。
こういうところでも、言霊主義者は、出来事の順番をまちがってしまう。出来事の順番をよく考えていない。
ともかく、自分の世界に埋没して、政治について不満を言うべきではないという考え方がある。
問題なのは、言霊主義者が、「政治について不満を言うべきではない」と言うことなのである。いい加減、矛盾に気がついてよ。
かりに、不満を感じたとする。言霊理論が正しいなら……そのときに、「これこれこれは、これこれこういうふうになる」と言えば、それで、これこれこういうふうになるのである。
言霊理論が正しいと思っているなら「不満を言うべきではない」とは、言うべきではない。
いくらだって、言うことで、上書きできるからだ。言うことで、即座に現実をかえることができる。「一秒以内に、これが、こうなる」と言えば、それで、現実をかえることができるんだよ。
言霊理論が正しいなら……。
けど、正しくないから、かえられない。
かえられないのに「言霊理論は正しい」と言っているのが、言霊主義者だ。
言霊主義者だって、現実の生活のなかでは、「自分にはできないことがある」と認識しているのである。
ところが、言霊理論に注意が向いているときは「できると言えばできる」と言ってしまう。「言霊理論は正しい」と言ってしまう。「言えば、言ったことが現実化する」と言ってしまう。