2026年2月16日月曜日

● 言うことは、『お札』のようなものなのである■言霊※2026/02/15 5:21

上書きの問題というのがある。実際には、上書きできないという問題だ。

たとえば、「自分はガンになるぞ」と思った人がいたとする。Aさんだとする。

Aさんが「自分はガンになるぞ」と言ったとする。そのあと、思い直して「自分はガンにならない」と言ったら、ガンにならないのである。

言霊理論が正しいなら、上書きは可能で、ガンにならないのである。

そのあと、Aさんが、強烈な発がん物質が入っている注射をして、ガンになったとする。その場合、実際にガンになった理由は、かつて、Aさんが「自分はガンになるぞ」と言ったことではないということになる。本当の理由は、注射なのである。(注射液以外のものが関与している可能性はある。)

まあ、これ、抵抗がある人がいるかもしれないので、Aさんが、「ガンにならない」と言ったあと、発がん物質が入っている食べ物を、毎日、ガンガン食べまくったとする。

その場合、発がん物質が入っている食べ物を、毎日、ガンガン食べたので、Aさんがガンになったのだけど、Aさんは「自分が、ガンになると言ったからガンになった」と思ってしまうのである。(食べ物以外のものが関与している可能性はある。)

言霊理論が正しいのなら、ガンになったって「ガンが一秒以内になおる」と言えば、一秒以内になおるはずなのである。言霊主義者なら、失望する必要はないのである。あせる必要もない。

「自分は、これ以降、病気にならない」と言えば、これ以降、病気になることがないのだから、なにも心配する必要はないのだ。

Aさんが、言霊理論を信じているようで、じつは信じていないということが、わかる。

言霊理論を信じているなら、いくらでも、上書きが可能なのだから、上書きをすればいいのだ。言い直せば、それですぐに、問題が解決する。言霊理論が正しいなら、問題が解決しないわけがない。言えば言ったとおりになるのだから、言っただけで問題を解決できるのである。

どうして、ガンになってしまったAさんが、不安になるのか?

「ガンがすぐになおる」と言ったって、なおらないかもしれないと思っているから、不安になるのである。Aさんが、「自分はガンになるぞ」と言ったから、自分がガンになったと思ったのは、実際に、ガンになったあとの話なのである。

言霊の力でガンになったのではなくて、体に取り入れた、発がん物質の力でガンになったのである。

しかし、実際に、ガンになったら、ガンになったという現実がその人をおそうことになる。

ようするに、Aさんがガンにならないと言って、ガンにならなかった場合の現実は、Aさんがガンになったことによって、消えてしまうのだ。これが問題なのだ。これが問題なの。

Aさんは「自分はガンにならない」と言ったから、ガンにならないはずなのである。ガンにならないと言ったのに、ガンになった……。

Aさんがこれを正確に理解しているのであれば、「言霊理論は間違っている」ということに気がつくはずなのである。

「言霊理論は間違っているので、自分がガンになると言ったからガンになったという考えたも間違っている」と気がつくはずなのである。

ところが、Aさんは、「自分がガンになるぞ」と言ったということについては気にするけど、「自分はガンにならない」と言ったということは、無視してしまうのだ。

こういう態度が、どうしてしょうじるのかという問題がある。こういう態度は、基本的には、……じつは、言霊理論とは関係がないのである。

だって、「ガンになるぞ」とも言ったけど「ガンにならない」とも言ったのだから、言霊理論とは関係がない話になるのである。

しかし、言ってしまったから、実際にガンになったのではないかという疑念が消えないとする。その場合、Aさんは、不安になる。

Aさんは自分が「ガンにならない」と言ったことを無視して、「自分はガンになるぞ」と言ったというほうを重視してしまう。言霊理論が正しいなら、「ガンにならない」と言えば、癌にならないはずだ。Aさんが言霊主義者なら、Aさんが「ガンにならない」と言った時点で、不安は解消されなければならないのである。

ところが、解消されない場合が多い。


*     *     *

「言ったのではないか」ということが問題になるのは、「なったあと」なのである。ガンになったあと、「自分がガンになると言ったから、ガンになったのではないか」ということが、気になるのである。

そして、別の場合は、言ったときに、気になるのである。

不幸な出来事が、この世の中で実際にあるので、不幸な出来事に関する「抽象的な恐怖」が生じるのである。抽象的な恐怖というのは、具体的な個別の出来事から、つくられるのである。頭のなかにつくられるのである。

ようするに、おぎゃーっと生まれてから、この世で、実際に、「理不尽な出来事」を経験してしまうので、「理不尽な出来事」が「いつ、生じるかわからない」といったタイプの恐怖がうまれるのである。

恐怖と書いたけど、抽象度がもうちょっと高くなって、理由が明らかではないものに関する恐怖は、不安となってあらわれる。ようするに、実際にしょうじてしまう「理不尽な出来事」が、抽象的な不安をつくりだすのである。

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ところで、上書きができないということは、『防衛』に失敗したということなのである。たとえば、「なんとか病にならない」と言えば、なんとか病にならないわけだから、ほんとうは、防衛に成功するはずなのである。

幼児的万能感により、気分的に補完されているのだけど、気分的に補完されているだけなので、気分がかわってしまったら、ダメなのである。

小さなことであっても「理不尽な出来事」が実際に発生したことが、気分がかわるきっかけになるのであろう。小さなことでも、「防衛に失敗した」ということが、明らかになってしまうのである。

*     *     *

言うことは、『お札』のようなものなのである。あるいは、『お守り』のようなものなのである。あるいは、強迫神経症者における、強迫行為なのである。

たとえば、言霊理論が正しいなら……「病気にならない」と言うことによって、「病気にならない」ようになるのである。そうなるはずなのである。

ところが、病気になってしまった場合、「言うこと」によって、病気を「おいはらう」ということができなかったということになってしまうのである。ようするに、防衛に失敗したのである。

2026年2月15日日曜日

●言ったから、なんとか症になったのではない■言霊※2026/02/14 16:10

 たとえば、ガンになった人は「ガンになる」と、言ったから、ガンになったのか。

ちがうね。

言霊主義者が言っていることが正しいなら「ガンになる」と言って、ガンになったということになる。ところが、多くのガン患者が「ガンになる」と言わなかったにもかかわらず、ガンになったのである。

もう、この時点で、言霊理論が間違っているということがわかる。

ガンではないときに「俺は、ガンになるぞ」と突然思って、「俺は、ガンになる」と言ったから、ガンになったのか?

ちがうね。ほかの原因で、ガンになっている。言ったからガンになったのではなくて、ほかの原因でガンになっている。

ガンだけではない。ほかの病気にもあてはまる。

「なんとか症」というような場合でも、あてはまる。 なんとか症ではないときに、「なんとしても、わたしは、なんとか症になる」と言って、なんとか症になったのか?

ちがうねーー。

言ったから、なんとか症になったのではないのである。

だいたい、言ったから、なんとか症になるという理論が正しいなら、なんとか症になった人は、みんな、過去のある時点において「わたしはなんとか症になる」と言ったということになる。

そして、ほかの原因ではなくて「言った」ということが、原因でなんとか症になっていなければならないということになる。

なんとか症になると言わなかった人が、なんとか症になっている時点で、言霊理論は間違っているということがわかる。

間違ったことを言って、ほかの人を不幸にするのは、よくない行いだ。言われたほうは、「気になる」場合がある。

その場合、言われなければ、発生しなかった「不安」がしょうじる。これが悪いことでなくて、なんだ?

*     *     *

たとえば、ガンになりたい人が、「自分はガンになる」と言ったあと、発がん性があるとされる食べ物をいっぱい食べて、ガンになったとする。言霊主義者は、発がん性があるとされる食べ物をいっぱい食べたということは、無視して「自分はガンになる」と言ったから、ガンになったのだと考えてしまう。

これは、恐怖をさそう考え方なのである。これは、感じ方でもある。

ようするに、そういうふうに言うと、なんだかわからない神秘的な力によって、そうなってしまうという危惧あるのだ。これが、猛烈に強くあらわれると、ある種の神経症になる。

言ってしまったということが、気になるということや、言わないように気をつけているけど、言ってしまうかもしれないという不安が(頭のなかを駆け巡って)消えないということになる。

これは、人間の脳のしくみだ。

理不尽なことが起こる……ということについて、なんらかの「原始的な」理由をつけないと、安心できないのだ。「脳のしくみ」が……これまた……「言ってしまうのではないか」というような不安を引き起こすのである。

*     *     * 

逆に、たとえば、「このくらいジュースを飲んだって、糖尿病にならない」と思って、ジュースを飲んでいたのだけど、ある日、会社の健康診断で糖尿病の疑いがあるということが指摘され、実際に検査をしたら糖尿病だったことが明らかになったということについて考えてみよう。

「このくらいジュースを飲んだって、糖尿病にならない」と思っていたのに、糖尿病になったのである。これは、言霊ではなくて、思霊なのだ。思霊理論に従えば「思ったことが現実化される」ので「糖尿病になる」と思った人が、糖尿病になるのである。

どうして、「このくらいジュースを飲んだって、糖尿病にならない」と思った人が、糖尿病なるのか? この場合、ジュースを飲みすぎたから、糖尿病になったのである。

「自分は糖尿病になる」と思わなかったのに、糖尿病になった。

思霊理論も、間違っている。

思ったことが現実化するなら、「糖尿病になった人」は、みんな、過去のある時点で「自分は糖尿病になる」と思ったことがあるということになる。

ところが、多くの糖尿病の人は、「このくらいなら大丈夫だ」「自分は糖尿病にならない」と思っていたのに、糖尿病になったのである。

糖尿病になろうと思っても、糖尿病になるような具体的な物理的な理由がないと、糖尿病になれないのである。

ガンの場合もおなじだ。

どれだけ「ガンになるぞ」と頑張って言ってみても、ガンになるような具体的な物理的な理由がないと、ガンになれないのだ。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。