2026年2月18日水曜日

●『なにやってんだ』と思われるところがある■騒音※2026/02/18 17:38

サラリーマンで鬱状態になった場合、サラリーマンをやめれば、鬱状態ではなくなる人と、サラリーマンを辞めたあとも鬱状態が続く人がいる。

ぼくの場合は、サラリーマンをやるまえに、きちがいヘビメタ騒音生活で、鬱状態になった。

何年間も、十数年間もくるしい思いをしてきた。うち七年間は、学校に行っていた。ヘビメタ騒音が鳴っているのに、学校に行っていたのだ。これは、サラリーマンを辞めたあとも鬱状態が続く人とおなじだ。

しかし、サラリーマンの場合は、働いているという状態があり、サラリーマンを辞めたあとも、サラリーマンをやっていたという履歴が残る。

けど、俺の場合は、サラリーマンをやってなかったので、『なにやってんだ』と思われるところがある。

サラリーマンを辞めても、鬱状態が続く人は、『よっぽどひどいことがあったんだな』と思われるわけだけど、ぼくの場合は、そうじゃない。

学生時代に、家の中に鬱の原因があった。そして、通学していた。学生時代に終わっているのである。これは、ほかの人から見ると、理解しにくいことなのだ。

サラリーマンとして一〇年間、仕事をしたあとに、鬱になって、仕事を辞めたあとも、鬱状態が続くという話は分かりやすいのだけど、学生時代に騒音でやられて、働けなくなったというのは、理解されない話なのである。

*     *     *

こいつらが、みんな、ヘビメタ騒音の影響を軽く見るのだ。ぜんぜん、ちがう。こいつらが想定しているようなものではないのだ。

どんだけひどい空間か、わかっていない。

どれだけ、次の日に影響が残るか、わかっていない。

こいつらが思っていることとは、ぜんぜん、ちがうことが起こっているんだよ。こいつらの脳みそが悪いから、わからないだけだろ。想像力がないから、想像できないだけだろ。

そして、普通の人がみんなわからないことを、きちがい兄貴がやり続けたという事実……。ぽっかり、穴があいているんだよね。

きちがい兄貴と「わからないやつら」に、殺されるところだった。きちがい兄貴と「働いたほうがいいと言うやつら」に、殺されるところだった。ゆるせない。 

みんな……「俺だってつかれている」「俺だって、憂鬱なときはある」「俺だってつらい」「俺だって騒音ぐらいあった」 と言う。

けど、こいつらは、その時点で通勤できるのである。こいつらは、その時点で通勤できる体をもっている。ぜんぜん、ちがう。通勤できる体をもっているのに「俺だってつらい」と言う。ぜんぜん、わかっていない。

ひとつには、経験がないからわからない。そして、もうひとつには、想像力がないからわからない。たぶん、経験も想像力もないのであろう。経験も想像力もないやつからが、「俺だって経験した」とエラそうに言う。まったくわかっていないんだよね。

そして、こういうちがいができあがったのは、きちがい兄貴の行為のせいなのだ。ほんとうに、きちがい兄貴の行動が原因になっている。原因は、きちがい兄貴の毎日の行為なんだよ。

きちがい兄貴の毎日の行為が……十数年間、続く毎日の行為が、ちがいを生み出した。

つまり、俺と「通勤ができる普通の人」の「みぞ」をつくりだした。こいつらは、こいつらで、認めない。「ヘビメタ騒音でき鳴った」と言えば、こいつらは、「俺だって、朝はつらい」「俺だって、へどが出るほど憂鬱だ」「俺だって、猛烈につかれている」と言いやがる。けど、通勤している。

そして、通勤して働いているという「立場」でものを言う。そういう元気がある。ふざけるな。そんなんじゃない。ぜんぜん、ちがう。

どういうことになるか、ほんとうにまったくわかっていないやつらが、誤解をして、クソ・エラそうなことを言う。ほんとうに、頭にくる。頭にくる。

*     *     *

ちょっと、クールダウンして、書くことにする。基本的に、わかってくれないやつは、経験がなく、想像力もないやつだ。経験がある人は、経験があるのだから、想像力がなくても、わかる。想像力がある場合も、当然、わかる。

経験がなくても、想像力がある人は、わかる。だから、けっきょく、経験がなく、想像力もないタイプ、経験はないけど、想像力があるタイプ、経験があるタイプの三タイプにわかれる。

そして、経験がなく想像力もないタイプがマジョリティーだ。全体の九九%がこのタイプだ。はっきり言ってしまうと、全体の九九・九%なのではないかと思う。社会人限定で言えば、社会人全体の九九・九%がわからないタイプなのである。このタイプのやつからが「わかっているつもり」で、クソを言ってくる。

ほんとうに、クソだ。こいつらは、想像力がないからわかっていないのに、わかっているつもりでいる。経験があるつもりでいる。ようするに、

この経験というのは、同等の経験だ。

ほんとうは、同等の経験がないのに、経験があるので、経験があるということにしてしまうのだ。詳しく書くと、同等の経験がないのに、同等ではない経験があるので、同等の経験があるということにしてしまうということだ。

どういうことかいうと、たとえば、「憂鬱な気分」というのは、(ほとんどの人が)みんなが経験している気分なのである。

しかし、同等の憂鬱な気分ではないのである。憂鬱を経験したといっても、経験した憂鬱の度合いや持続時間がちがうのである。

けど、憂鬱な気分というところまで抽象度を高めれば、「自分だって憂鬱な気分を経験した」と言うことができる。

このときに、自分が経験した憂鬱の度合いと持続時間は、エイリが経験した憂鬱の度合いと持続時間がおなじだという「設定」が成り立ってしまうのだ。

ほんとうは、ちがうのだけど、「同じだという設定」が成り立ってしまう。だから、憤慨する。これ、俺が憤慨しているわけではなくて、相手が憤慨しているのだ。

こいつらは、みんな……ほんとうに、みんな……俺……が……「ヘビメタ騒音でできない」「ヘビメタ騒音でできなくなった」と言うと、ムッとするのだ。怒っているのだ。こんなの、ない。

こいつらが、勘違いをして、自分はエイリとおなじレベルの憂鬱を経験したと思っているのだ。勘違いだ。想像力がないから、エイリが経験した憂鬱(ヘビメタ騒音によって引き起こされた憂鬱)を低く見積もっているのだ。

あるいは、完全にバカだから、完全に無視している。

こいつらの想像力がないから、同等の憂鬱だと勘違いして、さらに、俺を軽蔑して、さらにさらに、俺に対して、怒りをぶつけてくるのだ。こんなやつらばかりだ。「なんだ、ヘビメタ騒音なんて!」「なんだ、そんなこと!」と怒っているのだ。こんなやつらばかりだ。

●「普通の状態」がないのである■騒音※2026/02/18 6:42

  まあ、ここは、自分の正直な気持ちを書いてしまう場所なので、書いてしまうけど、憂鬱だ。やっぱり、家族の騒音が続きすぎた。破壊的な騒音が、ぼくの人生のなかで、長く続きすぎた。じつは、いまも、憂鬱なのである。ほんとうに、自分の人生のなかで経験したことを考えると……考えると……考えると、ほんとうにヘビメタ騒音がすべての「経験」を汚染しているのである。ほかの人には、絶対にわからないことなんだよなぁ。ただの憂鬱だと思うだろう。「そんなのは関係がない」と普通に言うやつらだからな。ところが、ちがうんだよ。間位置のことだった。ずっと、鳴ってた。鳴りやまなかった。鳴りやまなかったということは、鳴りやまない日々がずっと続いたということだ。当然、二次災害、三次災害が発生する。だって、ほんとうに、鳴っていなければできたことが、できなくなる。どれだけ頑張ってもできなくなる。これがなにを意味しているかというと、トラブルの発生を意味しているのである。きちがいヘビメタが鳴っていると、きちがいヘビメタが鳴っていない時間、ほかの人との間に、トラブルが生じるのである。しかも、「ヘビメタ騒音は関係がない」ということになっているのである。「そんなのは、お兄さんに言えばいい」と言った人がいたけど、言っている……。さんざん言っている……。 「そんなのは、お兄さんに言えばいい」と言った人は、「お兄さんにちゃんと言えば、お兄さんはしずかにしてくれる(はずだ)」と本気で思っているんだよ。そうなると、「ちゃんと言わないエイリが悪い」ということになってしまう。こういうことが、重複して発生するのである。きちがい兄貴は、自分が思いっきりでかい音で鳴らしたいと、思いっきりでかい音で鳴らしているということを、否定して無視してしまう人なのだ。そうやって、自分の思いを現実化してしまうわけだ。そして、これが肝心なところなのだけど、本人は、やっているつもりがないのである。当然、やったつもりがない。どれだけなにを言っても、きちがい兄貴本人は、言われたときに、発狂して、はねのけておしまいなのである。発狂してはねのけた瞬間に、まったく関係がない人になっているのである。きちがい兄貴が張本人なんだよ。きちがい兄貴がやっていることで……意地を張ってやっていることで、こまっているんだよ。ところが、それを言っても、きちがいが、きちがいモードではねのけて、絶対に、こっちがいうことは聞かないで、自分の意地を通して自分がやりたいことをやってしまうのである。だから、やっているのだけど、本人は、まったくわかっていない状態なのである。やっていない」つもりなのでる。どれだけ、きちがい的な意地で、全部の時間を使って、ゆずらずにやってしまったとしても、一日一日、瞬間瞬間、『やってない』ということになってしまうのである。これが、どれだけこまるか、ほかの人はわかっていない。

とにかく、ヘビメタ騒音が鳴っていない……わかいころがほしい。ヘビメタ騒音が鳴っていないわかい時間がほしい。本当にずっとやられた。生きているあいだじゅう、ずっとくるしかった。きちがいヘビメタが鳴り始めてから、いままでずっとずっとずっと、くるしかった。一日も、きちがいヘビメタが鳴っていなかった場合の「普通の状態」がないのである。サラリーマンをして、仕事でつかれたから、セミリタイアを考えている人とはちょっと、ちがうのである。だいぶちがうのである。サラリーマンをし続けることがいやな人の問題というのは、サラリーマンをやめれば、いちおうは、解決する。ところが、ヘビメタ騒音が長い間鳴っていた僕の人生を考えると、ヘビメタ騒音が鳴り終わっても、問題が解決しないのである。サラリーマンをやめるように、ヘビメタ騒音に汚染された人生をやめるわけにはいかないのである。


 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。