腹、しくしくの範囲が広がって、胸のほうまで、胸やけ?がするような感じになっている。まあ、病院に行くべきなんだろうけど、親父のネズミと親父のダニとヘビメタ騒音でダメだ。まるで、やる気がしない。風呂も、入らなければならないと思っていたけど、どうも、入れそうにない。ヘビメタ騒音のことは、他人には理解されない。けど問題なのは、他人が理解してくれたとしてもきちがい兄貴に、長年毎日やられたことが消えないということだ。
きちがい兄貴の騒音が鳴っていた時間だけではなくて、それ以外の時間も、めちゃくちゃにつらい時間になってしまうのである。これが、「鳴り終わったら関係がない」と言っているやつらにはわからない。ぼくの経験の範囲で言うと、こいつらだって、自分が正しいことを言っていると思っているわけで、俺がなにを言っても、意見をかえなかった。他人なんてそんなものだ。けど、社会で常識的に正しいと思われているような意見というのは、きちがいヘビメタ騒音の影響を無視するものなのである。これも、きつかった。あの騒音生活の、なにがわかるというのだ。きちがい兄貴の態度の、なにがわかるというのだ。ほんとうに、兄貴はきちがいで、まったくなにもしたつもりがないのだ。これが、どういう感情をこちら側に引き起こすか、兄貴はまったく考えていない。わかっていない。そして、兄貴ではない他人も、まったくわかっていない。わかるわけがない。言われたときだけ、興奮してはねのけるということをして、なにもやっていないつもりなのだ。どれだけなにを言われても、兄貴の騒音でこっちがこまっているということを、本人の耳が悪くなるような爆音で鳴らしている兄貴が、認めない。兄貴の認めない状態は、普通の人が認めない状態とちがうのである。普通の人であれば、でかい音で鳴らしているということがわかる。兄貴は、この根本的なところを、無視している。だから、まったく悪気がない。迷惑をかけているつもりがまったくない。だから、こまる。これ、親父もおなじなのである。そして、親父でも兄貴でもない他人が、親父や兄貴の態度について誤解するのである。「(お兄さんだって)ちゃんと言えばわかってくれる」と言っているやつが考えていることと、実際の「兄貴の脳みそ」がちがいすぎるのである。「(お兄さんだって)ちゃんと言えばわかってくれる」と言っているひと、あるいは、言った人は、兄貴の構造がわかっていないのである。誤解をしている。この誤解も、地味にこたえるんだよ。全体を通して、地味にこたえる。どうしてかというと、きちがい兄貴が、きちがい感覚で、実際に鳴らすからだ。そして、どれだけ影響を受けないようにしても、影響を受けるからだ。普通の他人は「(お兄さんだって)ちゃんと言えばわかってくれる」と言った人のように、誤解をしているのである。誤解をしている部分がちがうけど、誤解をしているのである。もちろん、ぼくの経験の範囲で言えば、誤解をしている人が、誤解を認めることはなかった。けど、普通の人の誤解と「兄貴の誤解」はちがうのである。しくみがちがう。兄貴が異常すぎて、ほかの人にはわからない反応をしているのである。ほかの人には、わかるはずがない。