2026年3月7日土曜日

●「Xをすれば、Yになることだってあるよ」■社会※2026/03/06 10:40

すでに、不幸な人がいるとする。とりあえず、ゼットさんだとする。

ゼットさんは、悪い家族にやられて不幸な状態で暮らしているとする。「Xをすれば、Yになる」という構造を持つ文というのは、一〇〇%詐欺になりやすいのである。

実際には、『Xをする』ということは、『言う』ということとおなじように、『すべてのXをする』ということを含んでしまう。

けど、言っている人は、別に、「条件に関係なく、すべての場合において、Xをすれば、Yになる」という意味で「Xをすれば、Yになる」と言っているわけではないのだ。

「Xをすれば、Yになることだってあるよ」という意味で、「Xをすれば、Yになる」と言ってしまっている。これは、そもそも、間違いなのだけど、気がつかない。

「条件に関係なく」という言葉を付けくわえなくても、「Xをすれば、Yになる」という文の意味は、「条件に関係なく、Xをすれば、Yになる」という文の意味と等価なのだ。

けど、「Xをすれば、Yになることだってあるよ」という文の意味は、「Xをすれば、Yになる」という文の意味と等価ではない。ぜんぜん、ちがうことを言っている。

けど、「ぜんぜんちがうことを言っている」という気持ちがないのである。あるいは、認識がないのである。

これは、じつは問題なんだよ。

「Xをすれば、Yになることだってあるよ」ということを言いたいのに「Xをすれば、Yになる」と言ってしまっている。

本人が言いたいことと、本人が選んだ文の意味がちがうのである。そして、本人が、そのことにまったく気がついていないのである。

自分が言っている文の正確な意味がわかっていないのだ。

あるいは、自分が言っていることの意味と自分が選んだ言い方の意味がちがうということに、気がついていないのだ。

しかし、本人は、「絶対に正しい」と思っている。「Xをすれば、Yになる」というのは、「真実だ」と本人は、本気で思っているのである。「Xをすれば、Yになる」というのは、「真理だ」と本人は、本気で思っているのである。

本人が「絶対に正しい」と思う文の意味を、本人が理解していないというのは、非常にこまったことなのである。最初の時点で、文の意味解釈に誤解がしょうじている。この問題を抱えたまま、最後まで、話が進んでしまう。

普通の人は、ゼットさんの生活がわからない。

普通の人は、ゼットさんの条件がわからない。

前向きな助言をするほうにしてみれば、ゼットさんの条件なんて、関係がないのである。

関係ないということ意味は、ふたつある。

ひとつは、ゼットさんの条件は、自分の条件ではないので、自分には関係がないという意味だ。もうひとつは、ゼットさんの条件がうみだすことは、ゼットさんには影響を与えないという意味だ。

ゼットさんの条件とおなじ条件を抱えて生きてきたわけではないので、ゼットさんが抱えている条件が「うみだすもの」がわかっていないのだ。その条件だと、どうしてもそうなるというような「必然性」がわからない。

わからなければ、無視してしまう。

そして、「そんなのは、言い訳だ」と言ってしまえば、必然性を無視してもいいということになってしまうのである。あるいは、「そんなのは、あまえだ」と言ってしまえば、 必然性を無視してもいいということになってしまうのである。

「すべては構文」というと問題があるのだけど、「Xをすれば、Yになる」という文は「すべてのXにおいて、Xをすれば、すべての場合において、Yになる」ということを言っているのである。たとえば、「言う」という集合のなかに、「小さな声で言う」とか「大きな声で言う」とか「ささやくように言う」とか「やる気がない感じて言う」という集合が含まれているのである。

もっとも、小さな声というのは、どのくらいの音量だと小さな声なのかという問題がある。それぞれ、言うほうの主観と、言われたほうの主観が異なる場合だってある。

だから、「小さな声」の定義というのが、ないようなものなのだ。三〇デシベル以下の声は、小さな声だとするというような定義を決めたとしても、その定義に汎用性がなければ、意味がないのである。

そして、普段、自分が言うとき、あるいは、他人が言うとき、デシベルをはかっているわけではないという問題がある。

しかし、ここでは、その問題は考えないことにする。ここで考えなければならないことは、小さな声で言うという集合が、言うという集合のなかに含まれるということだ。

「言えば、(言霊の力によって)言ったことが現実化する」という文の意味は、「小さな声で言えば、(言霊力によって) 言ったことが現実化する」という文の意味を含んでいるのである。

あるいは、おなじことなのだけど……「言えば、(言霊の力によって)言ったことが現実化する」という文の意味は、「小さな声で言っても、言えば、言ったことが現実化する」という文の意味を含んでいる。

だから、「小さな声で言ったから、現実化しなかった」というのは……それこそ……言い訳なのである。

2026年3月4日水曜日

●ヘビメタ騒音が、ガンガン鳴っている中で、掃除をしても■騒音※2026/03/01 8:34

ヘビメタ騒音の一日というのは、どれだけほかの人に説明してわからないと思う。

被害がすごいのだ。

鳴っているあいだの被害もすごいけど、鳴り終わったあとの被害もすごい。

けど、ほかの人には、経験がないから、鳴り終わったあとの被害というものを無視してしまう。しかも、鳴り終わったあとの被害というのは、不可避的なのだ。

これも、わからないだろう。ほかの人は、「不可避的だ」ということも、無視してしまう。

人間の体(からだ)を考えると、鳴り終わったあとも、すぐに楽になるわけではないのだ。

そりゃ、ちょっとした騒音なら、鳴り終わったあと、すぐに楽になる。影響を考えなくてもいい状態になる。

しかし、きちがい家族による「行きすぎた騒音」だと、鳴り終わったあと、すぐに楽になるわけではないのだ。

そして、次の日の騒音が鳴り始めてしまうので、けっきょく、一日中、影響を受けているということになる。

そして、きちがい兄貴のきちがい思考(思いっきり鳴らしたいという欲望と、思いっきり鳴らしてもいいという思考)によって、それ(きちがい兄貴が思いっきり鳴らすこと)が、続いたら、ヘビメタ騒音が毎日鳴っている状態というのも続いてしまう。

一日目と一〇日目は、ちがう。一日目と一〇〇日目もちがう。一日目と一〇〇〇日目もちがう。

ぜんぜん、ちがうのに、実際に一〇〇〇日間、きちがい家族が鳴らす騒音にさらされ続けたことがない人は「そんなのは関係がない」と考えてしまう。「鳴り終わったら関係がない」と考えてしまう。


*     *     *

ところで、「掃除をすれば、しあわせになる」ということについて、話をした。きちがいヘビメタ騒音に何千日もさらされると、とてつもなく、掃除をしにくい状態になってしまうのだ。

家にいるときは、きちがいヘビメタが鳴っているという状態だ。

普通の人が眠る時間帯というのは、鳴っていないけど、普通の人が起きている時間帯は、きちがい兄貴が家にいれば、ヘビメタが鳴っている状態になる。きちがい兄貴が風呂に入っている時間除くとする。

ともかく、ヘビメタ騒音が、ガンガン鳴っている中で、掃除をしても、「掃除をしたあと、しあわせな気分になるか」というと、ならないのだ。ならない。

そりゃ、ものすごい音圧で、ガンガン、自分がこの世で一番きらいな音が、至近距離で鳴っているのだから、落ち着かない気持ちになる。きちがい兄貴の態度に腹が立っているので、きちがい兄貴が鳴らしている騒音が、ガンガン聞こえる状態だと、ものすごく腹が立つ。

音が切れ目なく、続くので、怒りも切れ目なく続く。じつは、掃除だけではなくて、風呂ですら、たいへんなことになる。ヘビメタ騒音生活というのは、そういう生活なのである。

ヘビメタが鳴っているから、くるしいのである。ヘビメタが鳴っているから、主観的に不幸なのである。「掃除をすれば、しあわせになる」というのは、二つの意味があって、掃除をしたあと、実際にさっぱりして、しあわせな感じがするという意味で、しあわせになるということと、掃除をすると運があがるからしあわせになるという意味がある。

これも、掃除をすると、さっぱりして(主観的に)しあわせな感じがするということ、掃除をすると運があがってしあわせな生活ができるということが、ごっちゃになっているのだ。

言っている人のなかで、ごっちゃになっている。

だから、区別をしないで、語るということになる。掃除をすると(自分は)しあわせを感じる(ことがある)ということが、掃除をすると、運があがって(恒常的に)しあわせな暮らしができるということの、根拠になっている場合がある。

実際に、自分は、掃除をしたあとしあわせを感じるので、(他人も含めて人間というものは)掃除をすると運があがって幸せな生活ができると考えてしまうのだ。

けど、言っていることがちがうんだよね。

問題なのは、ヘビメタ騒音で掃除ができなくなったのに、掃除をしないから不幸なのだと考えてしまうことだ。

だから、掃除をすればしあわせになるのである。エイリが、ヘビメタ騒音の連続によって、掃除ができなくなったとする。その場合、掃除ができなくなった理由は、ヘビメタ騒音なのだ。ヘビメタ騒音が(リターン可能期間内に)鳴り終わらないと、掃除ができない状態が続いてしまう。

ヘビメタ騒音で不幸になり、ヘビメタ騒音で掃除をすることもできなくなったのだ。ところが、掃除をしていないエイリを、「掃除をすれば幸せになる」と考える人が見た場合、「掃除をしていないから、エイリは不幸なのだ」と考えてしまう。理由がちがうのだ。

ヘビメタ騒音が鳴っているから、不幸になり、掃除ができない状態になったのだ。不幸になった理由は、ヘビメタ騒音だ。掃除ができなくなった理由もヘビメタ騒音だ。

ところが、妄想的な人たちが、一番の理由である「ヘビメタ騒音」を無視してしまう。そして、ヘビメタ騒音の結果、しょうじた「掃除ができない状態」を「不幸になった理由」にしてしまうのだ。

完全に、原因を勘違いしている。

この人たちが、勘違いをして、妄想的なことを言って、ぼくに、へんな助言をして、ぼくを、くるしめるのである。

しかし、この人たちが、「理由はヘビメタ騒音だ」ということを認めることが少ないのである。

どうしてかというと、この人たちの頭のなかには、精神世界的な理論が成り立っているからだ。

これは、妄想なんだけど、本人は、「ちゃんとした理由だ」と感じるのである。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。