2026年6月14日日曜日

●努力論者において「努力」というのは全能感をまとったコンセプトなのである■社会※2026/06/14 13:54

精神世界の人というのは、やられたほうの落ち度を見つけ出して、やられたほうをせめるのである。

やられたほうに落ち度がなくても、落ち度があると決めつけて、妄想的なことを言うのである。

しかも、「絶対に正しい」と思っているので、間違ったことを言っているつもりがない。間違ったことをしているつもりがないのだ。

ぼくの経験の範囲で言うと、ここに書いたようなことを指摘してしまうと、たいていの精神世界の人がへそをまげてしまう。おこってしまう。かなりの高確率で、精神世界の人はおこる。

「絶対に正しい」と決めつけていることが批判されると、怒りの感情がわくようだ。

ところで、やられたほうの落ち度をつくってしまうというのは、相当にひどいことなのだけど、ほんとうに、やったって、別に気にしない。

ジャイアンになぐられたのび太のところで話したけど、精神世界の人は、洗脳されている。かなりの高確率でやられたほうをせめるというのは、なにも、たまたま発生していることではないのである。

相当に、洗脳されている。

このでたらめな態度……やられたほうの落ち度をつくってやられたほうに、妄想的な説教をするという態度は、つくられたものだ。

精神世界の人は、自分の波動があがったと思っているかもしれないけど、そういう言い方をするのであれば、むしろ、自分の波動がさがっているのである。

精神世界の人は、自分が真理に近づいたと思っているかもしれないけど、そういう言い方をするのであれば、むしろ心理から遠ざかっている。

条件が悪い人や立場が悪い人をせめるように、洗脳されている。

そして、これは、なにも精神世界に限ったことではないのである。一般的には、精神世界とは対極にある……ような感じがする……努力論も、じつは、条件が悪い人や立場が悪い人をせめるように設計された理論なのである。

そして、努力論における努力が、言霊理論における言霊のような役割をはたしているので、努力論の背後には、カルト的な前提がある。「努力」というのが、「言霊の力」とおなじように、すべての問題を解決することができるものとして、想定されているのである。

これは、おかしな想定だ。

しかし、「自分は努力して成功した」とか「努力をすれば成功する」とかと考えている人は、成功のゴールを自分で動かして、成功したつもりになっているので、別に、問題を感じない。

カルト的だとは思わないのだ。

しかし、努力が、すべての問題を解決してしまうような全能的な力であるように、想定されているということは、おかしなことだ。どうしてかというと、努力は全能的な力ではないからだ。

努力論者は、努力を、全能的な力として前提しているときがある。

たとえば、他人に言うときだ。他人のことであれば、他人の条件は無視できるので……他人に対して無理なことを言う場合がある。

この場合も、「無理なことを言っているつもり」はないのである。

言霊主義者が「言えば言ったことが現実化する」と自信をもって言っているときのように、努力論者も、「努力すれば成功する」と自信をもって言ってしまうのである。

相手の条件では無理なことに関しては、相手の条件は無視してしまうので「努力すれば成功する」と言ったとしても、特に間違ったことは言っていないつもりなのである。

ところが、努力で解決できる問題もあるけど、努力では解決できない問題もある。

すべての問題が努力で解決できるわけではないのに、「努力で解決できる」と、特に意識することなく、考えているということには問題がある。

努力論者において「努力」というのは全能感をまとったコンセプトなのである。

*     *     *

ここでも、自分が一倍速で経験したことと、他人が一倍速で経験したことは、ちがうのである。

もちろん、実際にちがうのだけど、自分が経験したことに関しては、一倍速の認知とメタ認知が成り立っているので、「無理なこと」と「無理ではないこと」を、意識することなく、区別することができるのである。

だから、「無理なことは、努力をしてもできない」ということは、どんなに頑固な努力論者でも、ほんとうは、知っているのである。

努力論者であっても、どれだけ努力しても、物理法則をかえることはできないということを知っている。

そして、自分の手に届かない、社会制度に関しては、努力で解決することができないと思っているのである。

もちろん、努力で解決できると思っている社会制度に関しては、努力をすれば解決できると思って、かえるように努力することはできる。

しかし、普通に企業で働いている人は、割と頑固な言霊主義者でも、政治家になって、制度をかえようとはしないのである。「自分にはできない」と感じているから、最初から、制度をかえるということを、志向しないのだ。

言霊主義者のところで、小市民的な感覚と万能感が、両立しているということを書いた。

たとえば、「政治についてがたがた言ってもしかたがないので、一票を投じて意思表示をすればいいのだ」というような小市民的な感覚と「言えば、言ったことが現実化する」という万能感が同居しているのである。

しかし、事柄に対するメタ認知が成り立っているので、最初から無理なものは無理だと思っているのである。ようするに、「どれだけ言ったって、政治なんてかわらないから、投票をするだけでいいのだ」ということになっているのだ。

しかし、たいていの言霊主義者は、「自分は、言い方がうまいから、物理法則もかえることができる」とどこかで思っているのである。言霊主義者は「なんだって、言えば、言ったことが現実化する」と思っているときもあるのである。

この乖離に、矛盾を感じないのである。時間的に、言霊に対する解釈が、入れ替わっている。

これとおなじことが、努力論者にも成り立っている。「努力すれば成功する」というのは、努力することが、無限の成功を保証しているという意味があるのである。無限なのである。

「努力をすれば成功する」という集合を考えた場合、「努力をすれば、制度をかえることに成功する」ということは、「努力をすれば成功する」という集合の部分集合になる。

だから、「努力をすれば、一〇〇%の確率で(かならず)制度をかえることに成功する」ということになる。制度をかえることに成功しなかったら、努力不足なのである。

あるいは、努力の方向が間違っていたということになる。

しかし、努力をすれば、一〇〇%の確率で(かならず)制度をかえることに成功するのだから、じゅうぶんでない努力でも、ただ、努力をするだけで、一〇〇%の確率で(かならず)制度をかえることに成功するのである。

もし、ほんのちょっとでも努力をしたのに、一〇〇%の確率で(かならず)制度をかえることに成功しなかったのであれば、「努力をすれば、制度をかえることに成功する」という文の意味が間違っていたということになるのである。努力の方向がちがう場合でもおなじだ。

これも、実際に、成功しなかったのであれば、「努力の方向が間違っているからだ」と考えるから、おかしなことになる。

これは、後出しで言っているだけだ。

後出しで正当化してしまう人は「努力をすれば、制度をかえることに成功する」という文の意味が、わかっていないということになる。

「努力をすれば、制度をかえることに成功する」ということを言ったのに、あとで、「努力の方向が間違っていたから、努力をしても成功しなかった」ということを言う人は、「努力をすれば、制度をかえることに成功する」という文の意味がわかっていないのである。

自分で言っていることの意味がわかっていない。

最初に万能感があることを言うのである。全能感と言ってもいい。すべての問題が、努力で解決できるわけではないのに、努力すれば解決すると決定してしまう。

自分のことに関しては、現実的な思考ができるけど、他人のことになると、現実的な思考ができなくなってしまうのである。

そして、他人のことに関しては現実的な思考をしていない場合でも、努力論者はそれに、気がつかないのである。

2026年6月13日土曜日

●おなじしくみが成り立っている■騒音※2026/06/13 22:55

ほんとうに、ほかの人がわからないくらいに、邪魔されてきた。

常に、「そこ」でヘビメタが鳴っていた。

そこだよ。そこ。押し入れの……うしろあたり。

けど、俺の部屋で鳴っているようにうるさいのである。

壁が透明だったら、ほんとうに「そこ」で鳴っている。

きちがい兄貴はまったく気にしていなかったけど、毎日、ずっと続く、騒音が、俺のすべてをうばった。まえまえから、きちがい親父ときちがい兄貴のあいだにあった、ハンダゴテ事件について説明してきたけど、きちがい兄貴の態度というのは、きちがい親父の態度とおなじだ。

絶対に、自分が発狂的な意地でやっていることで、相手がこまっているということを……認めないのである。

これが……いちおうは、認識するけど、自分にとって不都合なので、はねのけるというような状態ではなくて、認識しないまま、はねのけている状態なのである。

これが、やっかいなんだよ。

そんなの、ほんとうに、きちがいでなければ、絶対わかることなんだよ。きちがいだから、きちがい的な意地で押し通して、きちがい的な意地で押し通したということを、きちがい的な意地で認めない。

これ、すっぽぬけている。

どれだけバカな人だって、言われればわかることが、わからない。

これ、全力でわからなくて、全力で、押し付けているのである。

きちがい親父なら、使えないハンダゴテを全力で押し付けているのである。

きちがい兄貴なら、きちがい的な騒音を、全力で押し付けているのである。

きちがい親父は、きちがい兄貴に押し付けたハンダゴテのことで、兄貴がどれだけこまっても、かまわないのである。

これも、一度は、「こまったんだな」ということを認めて、一切合切かまわないのではなくて、そもそも、「こまった」ということが、どれだけ言われてもわからない状態なのである。

きちがい親父が、普通の親父だったら、絶対にわかることを説明されたのに、きちがい親父にとってそれを受け入れるのがいやなことだったので、きちがい的な方法で、認めないことにしたのである。

兄貴が、学校で恥をかいたというエピソードを話して、学校でも、技術科の教師から、「そのはんだごては使えない」と言われたということを、必死になって、説明しているのに、きちがい親父は「なんだ!そんなの!!!」「使える!!使える!!使える!!」と絶叫して認めないのである。

こういう意地なんだよ。

そして、兄貴が、「このはんだごては使えない」ということを説明したときも、 「使える!!使える!!使える!!」と絶叫して使えないということを認めなかったのである。けっきょく、一回目も二回目も、おなじ反応なのである。

もう、学校で戦線にバカにされ、ほかの生徒からも「こんなことがわからないのか」とバカにされて、返ってきたんだよ。これ、きちがい親父にかかわるとよくあることなんだよ。よその人は、「だいのおとな」がわからないはずがないと思っている。

だから、兄貴の説明が悪かったから、お父さんがわからなかったんだ」ということになってしまうのである。

そして、「兄貴がバカだから、このハンダゴテが使えないということをひとめ見てわからなかったのだ」ということになってしまうのである。

けど、あれに関しては、ほんとうに、わかるように説明していたのである。きちがい親父が、いつものきちがいモードではねのけただけなのである。

これ、きちがい兄貴は、悔しくて、悔しくて、きちがい親父と絶交したんだよね。こういうことは、よくあることなんだよ。けど、きちがい親父が一切合切気にしないのである。気にするわけがない。

そのくらいにズレている。きちがい親父は、きちがい的な意地でハンダゴテを押し付けて、事件を起こした犯人なのだけど、まったくかかわっている気持ちがないのだ。自分が傷ついたとしか思っていない。

この……「自分のカネで新しいハンダゴテを買ってやらなければならない状態を押し付けられた」ということが……パニックなのである。これが、ものすごいことなんだよ。全力ではねのける。

きちがい親父にとっては、自分の心臓をえぐられてとられたというような感じなのだ。そういう身体感覚で、発狂して、歯向かってくる。

発狂して、基本的なことを否定する。

この「基本的なこと」というのは、この場合は、ハンダゴテが使えないということだ。

これ、命にかかわることのように、重要なことなのである。認めたら、死んでしまうというような感じで、パニックになっているのである。

でっ、パニックになって押し通したことは、「やったってやってないこと」なのである。こういうところで、普通の人がわからないことをやっているのである

。きちがい兄貴は、毎日、ヘビメタ騒音で、普通の人がわからないことをやっていたのである。普通の人がわかるわけがない。

だいたい、きちがい兄貴が、きちがい親父のように、わかっていないのである。兄貴が、でかい音で鳴らしているということを認めないで、きちがい的な意地で鳴らした。基本的なことというのは、兄貴の場合、音のでかさなのである。

耳が正常なら絶対にわかることが、わからない。盲点になってわからない。きちがい的な意地でわからない。きちがい的な意地で認めないし、きちがい的な意地で認めなかったということを、きちがい的な意地で認めない。

だから、いつもやっているのに、いつもやっていないと思っている状態なのである。あるはい、「やってない」と思うような関心もない状態なのである。

それで、一秒間だってゆずらないぞという意地で、やりきる。やりきることに命がかかっているのである。きちがい親父と、きちがい兄貴はおなじなのである。おなじしくみが成り立っている。

*     *     *

普通の生活に関して、愛情飢餓感みたいなものがある。まさしく、飢餓感。これ、普通の生活をしていた人にはまったくわからない感覚だと思う。ぜんぜん、ちがう。ほかの人が考えているような騒音生活ではないのだ。ぜんぜん、ちがう。

ほんとうに、きちがいヘビメタ騒音なしで、普通に暮らしたかった。きちがいヘビメタ騒音なしで、普通にデートをしたかった。恋愛をしたかった。

それは、できた。きちがいヘビメタ騒音がなければ、できことなんだよ。ヘビメタ騒音が鳴っていたから、どうしても、できなことになった。

それから、ほかのやつらは、「騒音が鳴っていても、勉強ぐらいできる」という前提でものを言うことがあるけど、できない。できないんだよ。

マイナスになってしまう。

おぼえたことも忘れてしまう。普段、何も教えてもらわなくても、自分考えてできる数学の文章問題でも、ヘビメタ騒音のなかで勉強してしまうと(勉強しようとしてしまうと)考えがおぼつかなくなってしまうのである。

まるで、『できなくなる練習をしているような』感じになってしまう。

ヘビメタ騒音のなかで見てしまったものは、考えがおぼつかなくなる。わからなくなる。自分が普通に、ヘビメタ騒音がなければ、一度目はできた問題でも、できなくなってしまうのである。

考えがおぼつかなくなる。こんがらがってわからなくなる。自信がなくなる。緊張して、頭がこんがらがる。きちがい兄貴や、きちがい親父とは、ちがう意味で、パニックになってしまう。

これ、ヘビメタ騒音が鳴っているときは、ずっとパニックになっているような状態なのである。

考えられない。

頭がこんがらがる。

すごい切迫感がある。

騒音の切迫感がある。

頭がこんがらがってできないという切迫感がある。

これ、やっただけ、おかしくなってしまうのである。できたことが……できなくなってしまうのである。 

*     *     *

 おなじところを、ぐるぐるとまわっている。何十年も前、おなじ感じで、さみしかった。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。