言霊主義者は、他人の問題を『軽く考える』のである。どうしてかというと、どんな問題も『言えば解決すると思っている』からだ。
『言えば解決するような問題』なのである。
相手にとって、言えば解決するような問題じゃないとしても、言霊主義者のなかでは『言えば解決する問題』なのである。『言えば、解決する問題だ』と決めつけてしまう。
決めつけられたほうは、たまったもんじゃない。
どうしてかというと、『言っても解決しない問題』だからだ。
相手の問題を軽く考えすぎるという問題があるのだ。
「過去は関係がない」と言っている人たちも、相手の問題を軽く考えている。「どんな問題だろうが、過去は関係がないのだから、現在に影響はない」「影響はないのだから、気にしなければいいのだ」ということになってしまう。
こいつらの頭のなかでは、どんな問題も、現在に影響を与えない問題になってしまう。過去否定論者も、相手の問題を軽く考えている。
こういうやつらと、きちがい兄貴の相性が悪いのである。
あるいは、こういうやつらと、きちがい兄貴の相性がよすぎるのである。
こいつら……言霊主義者や過去否定論者は、俺のこまった状態を、過小評価して、妄想的なことを言ってくる。
しかも、自信たっぷりだから、「あなたの考え方には、問題がある」ということを言えば、かなりの高確率で、おこってしまう。
不愉快な思いをするのはこっちだ……。
きちがい兄貴も、じつは、自分のヘビメタ騒音が弟に与える影響を過小評価しているのである。
あるいは、完全に無視しているのである。
無視しているから、なんの悪気もなく、きちがいヘビメタを、(普通の基準で言えば)ものすごくでかい音で鳴らすることができる。
どれだけでかい音で、どれだけ長い時間鳴らしてたって、弟が傷つくということはないのだから、やっていいことだということになってしまうのである。やったって問題がないということになってしまう。
きちがい兄貴のなかで……「気にするようなことではない」ということになってしまうのである。自分にとって都合よく……「どれだけでかい音で、どれだけ長い時間鳴らしても、まったく問題がない」ということになってしまう。
兄貴のなかで……「どれだけでかい音で、どれだけ長い時間鳴らしても、弟に負の影響を与えるということはない」ということになってしまう。
実際には、こういう感じ方が成り立つ前に、自分が鳴らしている音がでかい音だということを、意識的には認めないということが成り立っているので、半分正解で半分不正解だということになるのだけど、ともかく、きちがい兄貴としては、なにも悪いことをしているつもりがないのである。
なにも悪いことをしているつもりがない……という態度で……あるいは、なにも悪いことをしているつもりがない……という感覚で、悪いことをしてしまう。
きちがい兄貴に、どれだけ「これこれこういう理由でこまる」と言っても、理由なんてガン無視で、ともかく、鳴らすことは決まっているので鳴らすという態度で……世間的に言えば……めちゃくちゃにでかい音で鳴らしまくるのである。
どれだけ、兄貴とぶつかったって、きちがい兄貴が、悪いことをしているということを、精神レベルで、まったく認めないのである。……ちなみに、兄貴とぶつかるということは、ぼくが兄貴に「しずかにしてくれ」ということを言って、でかい音で鳴らしたい兄貴とぶつかるということである。
自分の出している音で、弟がこまっているということを認めない。
そして、じつは、自分が出している音が、世間的には、めちゃくちゃにでかい音だということを、認めない。
きちがい兄貴だって、ほかの音を、きちがいヘビメタレベルの音で鳴らされたら、一分間で発狂してしまうような音なのに、本人は、それに、気がつかないのである。
兄貴の聴力は、ヘビメタを鳴らすまえは正常だったので、この反応はおかしい。
おかしいけど、そうなのだ。「なんだろうが、自分が満足できる、でかい音で鳴らしたい」という気持ちがあると、「でかい音じゃない」「普通の音だ」ということになってしまうのである。
きちがい兄貴のなかで、「都合よく」そうなってしまう。
そうしたら、絶対にきかないのだ。
でっ、これとおなじことが、親父の脳みそにも成り立っている。
きちがい兄貴ときちがい親父が、おなじ種類の頭をもっているということが、じつは重要なのだけど、よその人は、理解しない。
まず、こういう脳みそをもっている人が、身近にいないので、こういう脳みそをもっている人の感覚がわからないのである。
だから、親父と兄貴のことに関しては、よその人は、ほぼ一〇〇%の確率で、間違った判断をしてしまうのである。
これも、気分が重たくなることなんだよな。