人付き合いはあったけど、本当に多くの人が、ヘビメタ騒音のことを軽く見て、ろくでもないことを言ってきた。ろくでもないことを言うやつと一緒にいて、楽しいかというと、楽しくない。
そりゃ、「楽しい楽しい」と言ったって、楽しくないよ。ろくでもないことを言ってくるやつと一緒にいて、楽しいわけがない。
家族に、ヘビメタ騒音でやられるということは、ほかの人といるとき、緊張するということになるのである。そりゃ、「せめられる立場」になるからだ。
きちがいヘビメタ騒音が続いて、体がだるい。きちがいヘビメタ騒音が続いて、睡眠不足で、体がしんどい。きちがいヘビメタ騒音が続いて、腹が立つ。
内心、いつも腹が立つ。きちがい兄貴の態度でやられて、腹が立たないなんてことはないんだ。
実際、きちがい兄貴が、やめてくれなかった。こっちがどれだけ言っても、まったくやめてくれなかった。
やめてくれなかったのに、「ゆずってやった」と思っている。これだけで、腹が立つ。これがどれだけ腹が立つことか、わからないのがおかしい。
ろくでもないことを言うやつは、こういうことも、無視しやがる。
ヘビメタ騒音にやられるということは、針の筵(むしろ)のうえに座っているようなものなんだよ。立場がないのである。立つ瀬がないのである。
ヘビメタ騒音で、体が弱くなっているのである。こんなのない。一日に、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も、爆音で、自分が一番きらいな音を、聞かされて、いいわけがない。
影響を受けないわけがない。
ところが、「影響を受けない」「影響なんてない」と考えるやつらが、いっぱい言った。
こいつらが、『言葉の毒針』で、こっちを刺してくる。
しかも、こいつらは、みんなみんな、自分が正しいことをしているつもりだ。こいつらは、みんなみんな、自分が正しいことを言っているつもりだ。その点では、無理なことを言う言霊主義者とかわりがないのである。
「影響を受けない」という前提、「鳴ってたって、影響を受けずに暮らすことができる」という前提は、間違っている。
きちがい兄貴の態度で、きちがい兄貴が鳴らしていたような音で、きちがい兄貴が鳴らしていた時間、鳴らされたら、影響を受ける。至近距離で鳴らされたので、微細な振動も伝わってくる。無視はできない。
影響を受けないようにして、暮らそうとしても、どうしても、どうしても、影響を受ける。きちがい兄貴が、よそでは鳴らせないようなでかい音で、長時間、鳴らすことにこだわりつくして、鳴らした。
きちがい兄貴の行為が悪い行為なのである。悪い行為の影響を受けたほうに、「そんなのは関係がない」「影響なんてない」と言って、クソを言ってくる。
『言葉の毒針』で刺してくる。
こんなやつらと一緒にいて、おもしろいわけがないだろ。