気楽に書くけど、ここらで、モードを変換しないとダメみたいだなぁ。
やぶれかぶれモードにしないと、だめだ。
ほんとうに、ヘビメタ騒音と、きちがい親父のネズミで、つんだ。どこに行っても、くるしいままだ。きちがいヘビメタ騒音が続くなかで、試験に行った時の気分がそのまま、続いている。
もう、何十年も前のことだけど、切羽詰まった気分は、わすれない。というか、すべてのことをやるとき、きちがいヘビメタ騒音が鳴っている(日)だったんだよな。なにをやるのも、どこに行くのも、まえの日のヘビメタ騒音の影響を受けていた。
その日のヘビメタ騒音の影響を受けていた。
ヘビメタ騒音の日々は「もう死ぬしかない」というような日々だ。「関係ない」とか「影響ない」というやつがいるけど、こいつらは、ほんとうに、わかっていない。経験していないからわかっていないだけど、ほんとうおなじレベルのことを、家族にやられたら、どういうことになるか、わかる。
鳴っていない時間も、『ものすごい影響』を受ける。鳴っていない時間……たとえば、学校にいる時間……。たとえば、道を歩いている時間……。全部、きちがいヘビメタに汚染されているよ。どれだけ、つらいか、ほかの人はわからない。経験がないからわからない。
けど、ごく少数の例外を除いて、みんな、「俺だって苦労した」「わたしだって苦労した」と言う。けど、その人たちは、きちがい家族が鳴らす、きちがい騒音に、くるしめられてきたわけではない。きちがいだから、やり方がちがう。
ほんとうに、普通の人が鳴らさない音で、ずっと鳴らしていた。しかも、ここに書いている通り、頭がおかしい反応しか、かえってこないのである。一秒も鳴らしていないつもりで、きちがい兄貴は、生きている。
どれだけひどいことをしても、きちがいモードでひどいことをまったくしていないと思って暮らしているわけだ。じゃあ、ゆずってくれるのかというと、一秒だって、ゆずらない。きちがい親父とおなじなんだよな。けど「ゆずってやらなかった」という気持ちもないのだ。認識がない。
そして、ちがいだから、やり方が、ひどいんだよ。全部の時間、ほんとうに、一秒もゆずらずに、がめてしまう。がめがめなんだよ。
ところが、兄貴本人は、一秒もやっていないつもりなんだよ。一秒だって、ほんとうに、弟のために譲るのは、死んだっていやなんだよ。そういう、こころがまえで、ずっとずっとずっと、執着して、執着して、しつこく、しつこく鳴らしていた。「一日」がこわれないわけがない。
影響がない?
関係がない?
ふざけるな。
こいつらも、ほんとうに、妄想が前提にあることを言って、ゆずらないんだよな。妄想的な前提が妄想的な前提だということを、ものすごい意地で認めない。こまるにきまっているだろ。影響を受けるにきまっているだろ。
いま、日曜日の午後三時三分だけど、鳴っている感じしかない。ものすごい音で鳴っている感じしかしない。そして、午前九時四五分ぐらいから、鳴っているので、その日の騒音がつもっている。
けど、そのあとも…… 午後三時三分以降もずっと鳴っている。音を落としてくれない。試験が近ければ、どれだけ、緊張した状態になるか、わからない。緊張した状態で、ガチャガチャ鳴っていて、破滅なんだよ。行くところがなかった。親戚のうちにも行けなかった。
こらえているあいだ、ずっと切羽詰まった気分で暮らしているわけ。
影響を受けないわけがないだろ。
耳をふさいだって、爆音で、響くんだよ。耳を、かたくかたく、ふさいだって、きちがいの音が頭のなかに入ってくる。ガンガンガンガン、入ってくる。生きた心地がしない。ずっと続いて、つらかった。