言霊主義者の考え方というのは、時間を切りだして、そのときだけのことを考えるという考え方なのである。
ようするに、相手の状態について考えずに、相手にものを言っている。
もちろん、自分のことに関しては、自分が一倍速で体験しているので、この考え方が、大きな間違いを生み出すことはない。
言霊主義者だって、「自分の口座に一億円、振り込まれる」と言ったって、振り込まれないことを知っている。自分のことに関しては、無理なことを言わないのである。
ところが、他人のことになると、無理なことを言いだす。
しかも、無理なことを言っているという自覚がないのである。
ようするに、他人のことだと、無理なことを言いやすい人たちなのである。言霊主義者というのは……。
そして、言霊主義者は、相手の日常を無視している。相手の日常のなかでたまるものを、無視するのだ。「そのときだけ」のことを考えて、言霊的なアドバイスをする。
けど、それは、相手の実情を無視したものになるのだ。
きちがいヘビメタが毎日続くから、つかれている。
けど、「元気だ元気だ」と言えば、つかれている状態ではなくて、元気な状態になるということを言う。元気な状態にならないのであれば、言い方が悪いから、元気な状態にならないということを言いだす確率が非常に高い。
これは、言霊に関して説明されているときに、かなりワンパターンの説明を受けているから、そういうことになる。これ相当にマニュアル化された考え方なのだ。
「もし、言っても言った通りにならなかった」ということを言われたら、「言い方が悪いのだ」と返せばいい……というようなことが、技術として伝わっている。
もちろん、以前、述べたように、「言えば言ったことが(言霊の力によって)現実化される」のであれば、そして、「言霊が言葉に宿っている」のであれば、言えば言ったことが現実化されるわけだから、言い方が悪くても、言ってしまったら現実化されるはずなのだ。
言い方が悪いと現実化されないと考えている場合は、「よい言い方で言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化される」と言えばいいのだ。
ところが、そのようには言わないのである。
最初は、かならず、一〇〇%構文の文で言うことになっている。
一〇〇%構文の文で言っているということの、意味を、たいていの言霊主義者は無視してしまうので、矛盾を感じないだけだ。
そして、矛盾を感じないということが、だれかに「言っても言った通りにならなかった」と言われた場合の、余地を形作っている。
なんの余地かというと、「言い返す余地」なのだ。
これ、本人が、まったく、矛盾を感じないので、本人は、矛盾していないと考えているのだけど、ほんとうは、矛盾している。
いいかげん、「矛盾に気がついてくれないかな」とぼくは思う。