2026年8月22日土曜日

●自分がやっていることと、相手が言っていることの関係がわからない■騒音※2026/08/22 10:20

俺はこのさき、どうすればいいんだろう。やっぱり、なんか、希望が必要だよな。設定が必要だ。けど、何度も言うけど、信じられる設定でなければ、意味がない。自分が信じられない設定を、どれだけ並べたって、意味がない。自分が信じられない設定を、どれだけつみかさねたって、意味がない。

まあ、ぼくにとって、この世がどういう世だったかというと、くるしい世だったということができる。関係はないけど、今日、たぶん、歯を抜く。ぼくにとっては、重要なことだ。大きなことだ。

学生時代のことなんて考えたってしかたがない。しかたがない。けど、考えてしまう。長期きちがいヘビメタ騒音にたたられた学生時代のことが、頭を離れない。どこに行くしても、そうなのだ。歯医者に行くにしろそうだし、スーパーに行くにしてもそうだし、奮発して秋葉原に行く場合もそうだ。

もう、一回、秋葉原に行ったって、むなしいだけだ。けど、秋葉原散策動画は視てしまう。ちなみに、ぼくが、秋葉原を楽しい気持ちで歩いたことは、一度もない。きちがいヘビメタにやられたあと、秋葉原に行ったわけで、もう、きちがいヘビメタ騒音に汚染されていた。日中のすべての行動が、ヘビメタ騒音に汚染されているのである。そして、これは、どれだけ、ぼくが、ほかの人に言ったって、ほかの人は、まったく理解しない。ヘビメタ騒音にたたられた毎日は、ぼくの毎日で、他人の毎日じゃない。他人にとっては、経験していないことだから、ぜんぜん、実感がない。どういう気分なのかと言うこともわからないだろう。ヘビメタ騒音にたたられている日中がどういうものなのか、わからないだろう。ヘビメタ騒音にたたられている夜がどういうものだかわからないだろう。ヘビメタ騒音にたたられている夕方がどういうものだかわからないだろう。ヘビメタ騒音にたたられた体で、人にあっているとき、どういう気持ちになるか、ほかの人にはわからないだろう。前日も、前々日も、一か月前も、一年前も、ヘビメタ騒音にたたられた体で、人にあっているとき、ぼくがどういう状態なのか、ほかの人にはぜんぜんわからないだろう。わからなくて当然だ。ヘビメタ騒音に当日(前日)たたられたので、夜一二時を過ぎても、眠れないとき、ぼくがどういう気持ちで、横たわっていたか、ほかの人にはわからないだろう。けど、ぼくには、わかる。当然だ。リアル世界で、実際にヘビメタ騒音が、毎日何時間も鳴っていた。今日は、八月二二日で、夏休み期間中だ。夏休み期間中は、一日に一三時間以上、きちがいヘビメタが鳴っていた。だから、夏休みの宿題もできなかった。夏休みの最後の日、ぼくの部屋でやるよりは、一階の居間でやったほうが、相対的に静かなので……一階の居間で、宿題をしていたときがある。一階の居間だって、ものすごい音で鳴っていた。これ、ほんとうに、宿題にむかいあっても、できない状態なのである。そして、できない状態の記憶をしてしまう。きわめて有害な時間なのである。そのとき、きちがい兄貴が、一階の冷蔵庫に、飲み物をとりにきた。そのときに、宿題をやっている俺に対して、きちがい兄貴が「宿題なんて、最初のうちにやっておくもんなんだよ」と言ったのだ。それに対して、俺が、「おまえが鳴らしているから、下でやっているんだぞ。おまえが静かにすれば、宿題なんていつだってできるんだよ」と(叫んで)言ったけど、きちがい兄貴は、そのまま、二階にあがって、きちがいエレキギターを(最大限)音で鳴らして、きちがいステレオを最大限の音で鳴らしたのだ。きちがいのレベルが親父とおなじ。なにを言われても、「わからない」のである。この「わからなさ」というのが、きちがいレベルのわからなさなのである。どれだけなにを言われても、自分がやっていることと、相手が言っていることの関係がわからない。意識が理解をする前に、無意識がはねのけている。だから、どれだけ言ったって、無駄なのである。きちがい親父が竹を植えたとき、「やめて」と言っていたおかあさんに、「どうだ、いいだろ」と言ったということを書いたけど、きちがい兄貴が、たまたま、通りがかって言ったことも、そういうレベルのことなのだ。これ、頭がおかしいから、まるでわからないんだよな。夏休みのあいだ……実際には、夏休み以前から……ヘビメタ騒音を鳴らしているきちがい兄貴のところに行って、「ヘビメタを鳴らすな」「ヘビメタで勉強ができない」「ヘビメタで宿題ができないから、しずかにしろ」ということを、一日に、何十回も言ったのである。けど、きちがいだから、言われたときだけ、おこってはねのけて、おしまいなんだよ。ぜんぜん、届いていない。ぜんぜんわかっていない。きちがい兄貴ときちがい親父はまったくおなじ。こういうところでは、まったくおなじなのだ。

● 「脳は主語を認識しない」■社会※2026/08/22 7:51

 「脳は主語を認識しない」というような言い方がある。けど、これは、ほんとうだろうか? ぼくには、脳は、たいていの場合、主語を認識しているように思えるのだけど……。

たとえば、AさんとBさんがいたとする。Aさんがコーチで、Bさんが生徒だったとする。Aさんが「急げ」と言ったとする。その場合、Aさんは、「急げ」と言う言葉を自分にむかって言ったと、勘違いするのだろうか。それは、たいへんまれなケースで、脳の障害だと言っていい。たいていの場合は、Aさんは、Bさんにむかって(自分が)急げと言ったということを、認識してテル。つまり、主体(主格)や客体(対象格)を認識しているのである。なので、Aさんが、自分(Aさん)にむかって「急げ」と言ったと勘違いしてしまうということは、ほとんどの場合、ない。

「主語を認識しない」という言い方は、日本語だから、自然に思えるかもれない。もちろん、英語でも、命令文では、主語?を省略?する。しかし、日本語ほどは、主語を省略しない。主語を省略した言い方をすると、(自分に言った)と脳が勘違いしてしまうというのは、おかしい。対象者であるBさんにむかって、Aさんが「急げ」と言ったとき、Aさんは、Bさんにむかって、「急げ」と言ったことを認識しているわけで、勘違いして自分(Aさん)に言ったと思っているわけではない。

たとえば、うしろから、クラクションを鳴らされたとする。その場合、自分にむかって鳴らされたのか、ほかの人にむかって鳴らされたのか確認するために、うしろを見たとする。たしかに、自分が対象者であるかどうかわからないことがあるので、確認するという行為が必要になる場合がある。あるいは、ただ単に、大きな音に反応して、うしろを向く場合もある。なんらかの危険が迫っているかもしれないからね。

たとえば、「どけろ」という言葉が、うしろのほうから聞こえてきたとする。その場合、自分にむかって言ったのか、ほかの人にむかって言ったのか確認するために、うしろを見たとする。たしかに、自分が対象者であるかどうかわからないことがあるので、確認するという行為が必要になる場合がある。しかし、この場合も、「どけろ」と言った本人が、自分にむかって「どけろ」と言ったのかどうかわからないということは、普通ではありえないケースだ。完全におかしい人ならありえるけど、普通の人の場合、ありえない。自分にむかって「どけろ」と言ったのか……他人にむかってどけろと言ったのか「脳が認識できない」ということは、ほとんどない。

ちゃんと、脳は文脈を理解して、その言葉を発している。「脳は、主語を認識できない」ということは、たいていの場合、ない。

*     *     *

「急げ」と言ったとき、「急げ」という言葉を、自分に言ったのか、ほかの人に言ったのか、わからないとする。この場合は、対象を認識していないわけであって、「主語」を認識していないわけではない。通常は、自分が「急げ」と言ったときは、自分が「急げ」と言ったことを、認識している。「わたしは、急げと言った」という文を考えた場合、急げと言ったのは、自分だということになる。ちゃんと、わたしが「急げ」と言ったということを認識している。だれか他人に「急げ」と言ったのに、脳が勝手に?「自分にむかって」自分が急げと言ったと勘違いしてしまうことは(たいていの場合)ない。

他人に言ったことを、脳が自分に言ったことだと勘違いしてしまうことなんて、普通はない。ちゃんと、脳は、自分が他人にその言葉を言ったということを、認識している。他人に言う前も、他人に言うつもりで、他人に言おうとしている。勘違いしてしまう脳が、他人に言うつもりの言葉を、自分に言おうとしているということは、普通の場合、ない。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。