2026年7月4日土曜日

●おなじレベルの蓄積疲労がある人は、そんなことは言わない(2)■社会※2026/07/03 1:32

たとえば、精神世界では、「感謝感謝、すべてに感謝」というようなことが言われる。

感謝をすれば、運があがっていいことがある感謝をすれば、運があがって幸福になる?と言うようなことが言われる。

一五年間の過労でつかれている名前だけ店長が「すべてに感謝」をしても、名前だけ店長の生活は楽にはならないのである。暗くてつらい生活が続くだけなのである。

むしろ、いままで働いてきた名前だけ店長に感謝するべきだ。感謝して、名前だけ店長の言い分を聞いて、名前だけ店長が適切な時間だけ働きたいと言っているのだから、適切な時間だけ働けるようにするべきだ。

ところが、名前だけ店長がつらいのは、感謝がたりないからだということになってしまう。

だから、名前だけ店長が、感謝をすれば……つらい生活がおわり……幸福になると言うのである。こんなの、ない。

たとえば、 名前だけ店長の部屋がきたなかったとする。

そりゃ、風呂に入る時間もおしいぐらいの忙しさで、毎日暮らしている。

土曜日持ちに曜日も、一日に二時間、三時間しか眠れないような状態だ。

そうしたら、部屋の掃除ができなくなるのは、あたりまえだ。

ところが、「きれいさが不足している」と言うのである。

なので、名前だけ店長にも「掃除をすれば、運があがって、しあわせに暮らせる」と言ってしまう。

名前だけ店長が、どれだけ忙しい日々をすごしているのかということを、聞いたあとでも、こうなのである。

名前だけ店長は、店の掃除を毎日欠かさずしていた。掃除をすることが不足しているから、不幸なのではないのだ。残業以外の労働と、残業部分の労働がくるしいから不幸なのだ。

睡眠時間が短いから、体調が悪く、顔色が悪く、憂鬱な顔をして暮らしている。

しかも、営業時間は無理やり笑顔をつくっているのである。

それなのに、そういうことでつかれているということを、無視して、「掃除をしていない」と「不足」を指摘して、「不足」をおぎなえば、しあわせになれるというのだ。こんなの、ない。

「靴をきれいにすれば、運があがって、幸福になる」ということについても言っておく。眠ったあと、二時間もしたら、次の出勤の用意をしなければならないという状態で毎日暮らしているのに、そりゃないよ。

そりゃ、靴ぐらいよごれて当然だ。靴を買いにいく余裕なんてないし、靴を磨く余裕なんてない。

けど、「靴をきれいに磨けばしあわせになれる」と言うのだ。

名前だけ店長が、朝のカツカツの時間を利用して、靴を磨くようにすると、それだけ、名前だけ店長の負担が増えるのである。よけいに、顔色が悪くなるのである。

しかし、「顔色が悪い人のところは、しあわせはやってこない」と言ったりする。「きれいではない靴を履いている人ところには、不幸がやってくる」と言ったりする。

すべてが、なんらかの「不足」に注目した発言なのである。

ところが、睡眠不足には、触れないのだ。残業でこまっているということにも触れないのだ。

名前だけ店長が、ちょっとでも「こういう状態でくるしい」ということを言えば、こいつらは「そんなのは、あまえだ」とか「そんなのは関係がない」とかと言う。

もし、「寝不足で、靴を磨く余裕なんてありません」と名前だけ店長が言えば、「そんなのは、言い訳だ」と(この人たちは)言うのである。

「睡眠不足にこだわるからダメなんだ」「睡眠不足を気にするからダメなんだ」と……この人たちは『ダメ出し』をするのである。

この人たちは、名前だけ店長がこまっている、ほんとうの理由を無視して、いろいろな不足を指摘して、不足を補えば、しあわせになるということを言う。

けど、名前だけ店長は、労働時間が長すぎるから、不幸だと感じる生活をしているだけなのだ。本当の理由は、長すぎる労働時間だ。

これを無視して、『こころがけの問題』にしてしまうのである。こんなの、ない。

しかも、「あれが不足している」「これが不足している」と言っているほうは、ほんとうに、いい助言をしてやっているつもりなのだ。こんなの、ない。

「あれをやれば運があがって、しあわせになる」「これをやれば運があがって問題が解決する」と言っているほうは、ほんとうに親切にしてやっているつもりなのだ。こんなの、ない。

*     *     *

感謝をすることは、いいことだけど、感謝をすることで「すべての問題」が解決するわけではないのだ。状態や構造がある。めちゃくちゃにひどい家族に、やられ続けているときは、その状態から抜け出さないと、どれだけほかの人に感謝をしても、いい状態にならない。

問題なのは、感謝をすることではない。問題なのは「感謝をすれば、すべての問題が解決する」というようなことを言うことだ。わざと、すべての問題という表現を使ったけど、文脈によれば、相手の問題は、感謝をすることで解決するということになってしまうのである。

どうしてかというと、「運があがる」ことによって問題が解決するからだ。とくに、すべての問題と言われたり、書かれたりしていなくても、けっきょくは、「相手の問題が、感謝をすることによって、解決する」という意味になる。

きちがい的な家族が、毎日、よその人がやらないようなひどい行為をするという場合は、ただでも、ほかの人から、誤解を受けやすい状態になるのである。きちがい家族にやられている人にとっては、「感謝をすれば、運があがって、しあわせになる」というような言葉ですら、凶器になる。

きちがい兄貴の騒音なら、騒音で、騒音問題が解決しないと、しあわせではないのである。

そして、「すべての場合において」「感謝をすることは、有効だ」という意識がある人の発言は、やはり、特殊な家族にやられている人の気持ちを傷つけるのである。

これも、ずっと言っていることなのだけど、感謝をすれば、問題が解決するとする。感謝をすると、運があがって、問題が解決するでもいい。そうなると、問題を抱えている人は、逆に言えば、感謝をしないからダメなのだということになってしまうのだ。

そういう見なし方をしているということになるに。 悪意なく「感謝をすると、運があがって、問題が解決する」と言っている人は、不幸な人や問題を抱えている人が「感謝をしない人だ」と見なしているということになる。

その感謝をしない人が、感謝をするようにすれば、感謝をしない人が抱えている問題は、解決するということを言っているのである。そういうことに、自動的になって、しまうのである。こういうことに、こだわる人は、少ない。

 「感謝をすると、運があがって、問題が解決する」と言っている人は、問題を抱えている人は、感謝をしない人だと「明言している」わけではない。ただ単に、軽い気持ちで、自分の考えを表現しているだけだ。

実際に、感謝をしたときに、自分だけではなくて、相手もいい気持ちになるのだから、感謝することは重要だと思うだろう。

たしかに、重要だ。

しかし、そういう効果を打ち消すような、毒家族がいるのである。

いっぱい、いっぱいになって暮らすしかない人たちがいるののである。

毒家族に、毎日毎日、(ほかの人がやられないようなことをされて)……いっぱい、いっぱい、精いっぱいの努力をしても、くるしいだけの状態になってしまう人がいる。

そういう人にとって、「感謝をすると、運があがって、問題が解決する」という(一見よさそうな)お気楽な言葉は、『毒』なのである。

感謝をすると、運があがって、きちがい家族がもたらす問題も、解決しそうな雰囲気するのだけど、雰囲気だけで、実際には、きちがい家族と離れて暮らさないと、問題が解決しないのである。きちがい家族がかわってくれるということは、ほとんどの場合ない。

どれだけ、きちがい家族にやられている側の人が、いろいろな人に感謝しても、きちがい家族がかわってくれるということは、ほとんどの場合ない。

「感謝をすると、運があがって、問題が解決する」という(一見よさそうな)お気楽な言葉は……きちがい家族にやられている側の人を……どこまでも、どこまでも、おいつめる『呪いの言葉』になる。 

2026年7月3日金曜日

●おなじレベルの蓄積疲労がある人は、そんなことは言わない(1)■社会※2026/07/03 1:32

 精神世界の人が言うことは、まじめな人を、おいつめることばかりなのである。

ヘビメタ騒音だと、経験した人が限られるので、名前だけ店長に登場してもらおう。

言霊主義者が、こまっている名前だけ店長に「できると言えばできる」と言って、サービス残業を押し付けようとするということについては、話した。

「できると言えばできる」と言ったのはブラック社長だ。ブラック社長は、言霊主義者なのだ。

ブラック社長は「言えば言ったことが(言霊の力によって)現実化する」と思っている。

これもすでに指摘したけど、ブラック社長は、ブラック社長の懐を肥え太らしたいと思って、名前だけ店長にサービス残業をさせようとしているわけ。

もし、ブラック社長が、「言えば、言ったことが現実化するから、自分の口座に毎日一億円、振り込まれる」と言えば、「自分の口座に毎日一億円、振り込まれる」ということに、気がついていれば、そうしたわけである。

ところが、自分の口座に毎日一億円、振り込まれると言って、自分の口座に一億円が振り込まれることを待っていても、無駄だということに、言霊主義者であるブラック社長は気がついているのである。

だから、そんなことは、試みようともしないのである。

かわりに、会社をつくって、従業員を雇い、従業員の給料を極限まで小さくすれば、会社がもうかり、自分の懐が満たされると思って、そうしているだけなのだ。

だから、現実的に考えた場合は、現実的ではない方法は採用されないのである。

どれだけ頑固な言霊主義者でも、現実的なことに関しては、現実的な方法を採用するのである。

「いつか夢がかなう」系だと、その時点である程度、現実的でないことなのである。

だから、言霊的な方法が採用されるのである。

「いつかかなう」わけだから、「かなわない」ということに、直面しなくてもよいのである。

だからこそ、時間制限がある言い方を、言霊主義者は、めったにしないのである。

しかし、「明日は、雨になる」というように、事実上の時間制限があることを言うこともある。

その場合は、実際に、次の日、雨にならなかったら、雨にならなかったということを、無視して、「言霊理論は間違っている」という結果を考えないようにするのである。

自分にとって都合がいいことだけを見て、「言霊は正しい」と言い切るのである。

「言霊は正しい」と言い切ったあとも、じつは、現実的なことに関しては、言霊なんてまったく考えないのである。

言霊でどうこうしようとは思わない。

ブラック社長だって「言えば、言ったことが現実化するから、自分の口座に毎日一億円、振り込まれると言ったって、実際に振り込まれるわけじゃないからそんなことは、無意味だ」と考えて、「自分の口座に毎日一億円振り込まれる」なんて、言わないのだ。

ちゃんと、現実的なしくみのなかで、カネを儲けるということを考えて、現実的な手段を模索して、現実的な手段を実行するのである。

これは、ブラック社長だけではなくて、たいていの言霊主義者が、実行していることなのである。

「いつかかなえばいい」というような夢ではなくて、もっと現実的なことだと、現実的に考えて、現実的な方法を模索して、現実的な手段を実行するのである。

頑固な言霊主義者でもそうするのである。

言霊主義者のなかには、働いている人たちもいる。その言霊主義者たちは、現実的に考えて、「働こう」と思うのである。

この世界では、従業員として働く契約をして、従業員としては働けば、自分が生きていくだけのカネをかせぐことができる……とする。

それは、現実的な方法なのである。

「言ったって、言っただけではどうにもならない」と思っているから、「働こう」と思うのである。

そして、働いているときは、言霊的な思考にならないのである。

現実的な問題に、対処しなければならないからだ。

現実的な問題は、時間的な制限があるものが多い。「いつかかなう」などとは言っていられない。

「いつかかなうだろう」と言っていられな問題に関しては、「言ったので、いつかかなうだろう」というような悠長な問題解決方法は、意味がないのである。

そして、多くの言霊主義者は、言霊主義者といえども、「意味がない」というとを知っているのである。

しかし、「意味がない」と思っていながらも、「言霊は正しい」と思ったままなのである。

矛盾を感じないように、なっている。

これは、そういう思考スタイルが採用されているので、矛盾を感じない。

自分が「言ったって意味がない」と思って暮らしているということは、無視されているのだけど、無視されているということにも、気がつかないのだ。

場面がちがえは、考えることもちがってしまうわけ。

そして、本人は、「使いわけている」とも、思わないのだよ。

*     *     * 

名前だけ店長が一五年間、毎日毎日、究極のサービス残業生活をしているということは、言霊主義者によって、無視されてしまうのである。

「元気だ元気だ」と言えば元気になるからだ。

毎日毎日、過度な労働が続けば、つかれる。

けど、その疲労蓄積も、関係がないのである。

名前だけ店長以外には、名前だけ店長の疲労なんて、関係がないのである。

だから、「つかれたというから、つかれるんだ」「つかれないと言えばつかれない」「元気だ元気だと言えば元気になる」と、元気になれない(現実的な)理由を無視して(名前だけ店長に)言うのである。

一五年の蓄積疲労を無視して……「自分だってつれることはある」と(その人たちは)言う。

そりゃ、その人たちだって、つかれることはあるのだろうけど、程度がちがう。

一五年の蓄積疲労をため込んだことがある人が、「自分だって、つかれることはある」と言うだろうか。

一五年の蓄積疲労をため込んだ経験がない人が、一五年の蓄積疲労を軽く見て、あるいは無視して、けっきょく、名前だけ店長が、今までとおなじレベルで残業をしなければならなくなるようなことを、言ってしまう。

おなじレベルの蓄積疲労がある人は、そんなことは言わないと思う。

おなじレベルの蓄積疲労がある人は……一日でも早く(名前だけ店長のサービス残業を)やめさせようと思って、名前だけ店長の言い分に賛成する。

ところが、おなじレベルの蓄積疲労がない言霊主義者たちは……名前だけ店長の言い分を無視して、「つかれるというから、つかれるのだ」「元気だ元気だと言えば元気になる」と言う。

いいことを言ったつもりなのだ。いい助言をしてやったつもりなのだ。

こんなやつが、たとえ「人に親切にしましょう」なんて、本気で言っていたとしても、意味がない。

実際にやっていることは、まじめな人に、いままで通りにやることを強いることばかりだ。

その人たちは……「もう、無理だ」と言っている相手に、今まで通りにやらせようとする発言をする。

こんなやつが、わかっているはずがない。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。