ぼくの経験の範囲で言うけど……ほんとうに、みんな、「俺だってつらいことがあった」とか「わたしだって、つらいことを経験した」と言うけど、ちがうんだよね。その人たちは、みんな、普通に通学して、普通に通勤している。まあ、俺は、高校までは、行き切ったので、「普通に通勤している」人にだけフォーカスしよう。当時、俺が無職であることをせめた人というのは、通勤している人なんだよ。その人たちにどれだけ、「ヘビメタ騒音でつき売菌で着なくなった」ということを、言っても、その人たちは、まったく……まったく!!……認めなかった。どれだけヘビメタ騒音を浴びたにしろ、通勤ぐらいできるという考え方が、ぬけなかった。俺と話したあとも「たとえ、どれだけヘビメタ騒音の毎日が続いても、通勤ぐらいできる」という考えたを捨てなかった。その人たちが、「俺だってつらいことがあった」と言うのである。こんなの、ない。「こんなの、ない」と言う気持ちが、これまた、この人たちにはわからない。俺にしてみれば「こんなの、ない」と思うしかないことなんだよ。この人たちは、「俺だってつらいことがあった」という言葉で、つらいことの均質化・同質化・同程度化をしている。実際に、通勤できる体をもっているという時点で、この人たちが、ぼくが経験したこと、あるいは、ぼくが経験したのと同程度のことを、経験していないということを、如実に示している。ぜんぜん、ちがうのだ。この人たちが考える「つらいこ」と、ヘビメタ騒音のつらさが、ぜんぜんちがう。この人たちの想像力がないから、ヘビメタ騒音を「同程度のつらさだ」と決めつけてしまうのだ。同レベルことを毎日経験していたら……毎日数年間、毎日十数年間経験していたら……絶対にそんなことは言えない。もちろん、証明はできない。だから、「そんなのは、おまえが言ってる一〇〇%詐欺じゃないか」と思うかもしれない。しかし、ちがうのだ。ちがう。ぜんぜん、ちがう。この人たちが、普通に通勤できる体を(その時点で)もっているということが、同程度の経験をしていないということを、如実に示している……。如実に示している……と思うとしか、言いようがないのだけど、如実に示している。どのみち、証明はできないので、「そんなのは、おまえが言ってる一〇〇%詐欺じゃないか」と思ってくれても、けっこう。ぜんぜん、ちがう。同程度の経験がないから、「ヘビメタ騒音が鳴ってたって、通勤ぐらいできる」「ヘビメタ騒音が鳴っていたから、通勤ができないなんていうのは、あまえだ」と言えるだけ。
小六・途中から毎日、中学全部毎日、高校全部毎日……ぼくが、どれだけ、努力して、学校に通っていたのか、この人たちは、無視している。努力なんてものじゃない。もう、必死になって、くらいついていた。毎日、二時間、三時間しか眠れなくて、つらかった。ヘビメタ騒音で勉強ができない時間というのが、ただ単に勉強ができない時間ではないのである。死に至るほど、マイナスの時間なのだ。
「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」なんて言っているやつが、理解できることじゃない。ぜんぜんちがう。「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」なんて言っているやつが、経験してきた困難なんて、たいした困難じゃない。はっきりと、そう言える。どれだけちがうか……「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」なんて言っているやつ本人が、わかっていない。けど、それを言えば「わかってる。わかっている」と言う。「俺だって苦労した」と言う。けど、「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」という考え方を保持できるような苦労なんだよ。ぜんぜん、ちがう。ぜんぜん、ちがう。口が裂けても「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」なんて言えなくなる。経験として、わかっていないということじゃないか。「楽しい楽しい」とどれだけ言っても、楽しくならないということを、経験としてわかっていないだけじゃないか。そんな人が言う、苦労なんて、たいした苦労じゃない。
通勤して、「俺だって苦労した」と言っているやつもおなじ。「楽しい楽しいと言えば楽しくなる」なんて言っているやつとおなじ。こいつらは、みんな、おなじレベルのやつらだ。まったく、わかっていない。ぜんぜん、わかっていない。「そういうことじゃないんだ」ということを、どれだけ説明しても、理解してくれない。きちがい兄貴のような『壁』を感じる。まあ、この人たちが、きちがい兄貴のように、非常識な行動をするというわけではないけどね。この人たちは、俺の不都合(通勤できなくなったという不都合)に関係がない。この人たちがいたから、俺が(通勤でなくなった)というわけではない。けど、ヘビメタ騒音のことを理解しないという点では、きちがい兄貴とおなじなんだよ。この人たちは、いつも、いつも、ヘビメタ騒音がもたらす負の効果(影響)を過小評価するか、無視する。兄貴とかわらない。どういうことになるか、まったくわかっていない。毎日、つみかさなる場合の効果がぜんぜんわかっていない。経験していないから、わかっていないだけだ。ぜんぜんちがう。ともかく、ぜんぜんちがうということが、わかっていないやつらから、俺がバカにされる。ともかく、ぜんぜんちがうということが、わかっていないやつらが、俺のことを下に見るようになる。これも、ヘビメタ騒音の副作用だ。きちがい家族による、毎日続く、きちがい騒音の、副作用。これも、こいつらの構造が変わらないなら、不可避的なことだ。きちがい的な感覚で、きちがい的な音を、毎日ならされちゃったら、不可避的にそうなる。こいつら(理解してない’人)は、自動的に俺ことを見下すようになる。きちがいヘビメタ騒音で、普通にできていたことができなくなる。最大限の努力をしても、できなくなる。「できると言えばできる」とか、冗談でも、失礼だよ。「失礼な発言をした」ということが、わからないレベルのやつらなんだよ。