不安になるねぇーー。
このさき、どうするかな。
ヘビメタ騒音との関連で言って、自分の人生がむなしい。これは、どうにもならない。ほかの人の話というのは、まったく参考にならない。
ほかの人の人生には、ヘビメタ騒音相当の騒音生活がなかったのだ。だから、体力も睡眠力もまったくちがうので、まったく参考にならない。まあ、ほんとうは、セミリタイア、リタイア、Fire関係の動画を、視まくっているのだけど、全部が全部、参考にならない。
まあ、いいけどね。視まくっていると書いたけど、聴きまくっているというほうが正確だな。
なにをどうしていいかわからない。このさき、どうする?
ほんとうに、悔いばかりの人生だ。
我が人生に悔いあり。
* * *
このあいだ、マクドナルドで、久々のシェイクを飲みながら考えたけど、わかいころも、めちゃくちゃだったのだ。
わかいころ、そのマクドナルドに入って、だいたいおなじところに座って、まあ、食べたり飲んだりしていたのだけど、わかいころも、ヘビメタ騒音でくるしかった。
だから、浮かび上がる思い出が、いい思い出ではないのである。浮かび上がるシーンが、いいシーンじゃないのだ。当時も、まよっていた。当時も、くるしかった。
小学二年生ぐらいなら、最寄りの駅から一駅はなれた『大きな駅』周辺には、いい思い出があった。まあ、小学五年生までだね。子どものころは、それなりに楽しい記憶もある。
けど、小学六年生の時に、ヘビメタ騒音がはじまったので、それ以降は、あんまりいい思い出がない。
ヘビメタ騒音一年目あたりは、まだ、いい記憶はある。半分はヘビメタ騒音で汚れていたけど、半分は、親友と一緒に行動をして、楽しかった。
ヘビメタ騒音三年目あたりまでは、きつかったけど……ヘビメタ騒音に汚染されていたけど……まだ、楽しいと感じられる余力があった。親友と一緒にいたときは、ほんとうに、楽しかった。
けど、もちろん、親友にいた時ですら、家に帰ったら、きちがいそうおんがなっているということがわかっているので、憂鬱だった。半分は憂鬱だった。
八割ぐらいは、憂鬱だった。
けど、理解がある親友といて、ヘビメタ騒音に汚染されながらも、まだ、楽しい気持ちが二割ぐらいは残っていた。
「恋愛」とか「デート」ということを考える場合でも、ヘビメタ騒音に汚染されている状態で、デートに行って、ヘビメタ騒音が鳴っている場所に帰ってくるということになるのである。
これが、どれだけ気が重たいことか。
どれだけ気持ちが汚染されるか。「恋愛とヘビメタ騒音なんて関係がないだろ」と言ったやつを殴ってやるりたくなる時がある。
勉強だって、恋愛だって、ヘビメタ騒音でズタボロだよ。
ヘビメタ騒音・四年目あたりから、どこに行くときも、一〇〇%汚染されている状態で、行くということになっていた。
一〇〇%ヘビメタ騒音で汚染されているのである。こっちにとっては、深刻な問題なのに、きちがい兄貴が、まったく気にしないで鳴らしていたのだ。こっちにとっては、深刻な問題なのに、どれだけきちがい兄貴「やめるように」言っても、きちがい兄貴が、まったく気にしないで鳴らしていた。
一三時間鳴らせるなら、一三時間鳴らすことが決まっているから、まったく気にしないという状態だった。
これが、きちがい兄貴がやったことだ。
これが、きちがい兄貴の態度だ。
ぜんぜん、ほかの人が考えている「お兄さんの態度」とはちがうのである。これも、どれだけ言っても、ほかの人が、認めないんだよな。経験の範囲で言えば、みんな、半分腹を立てたような状態になる。 自分のなかにある常識とは、ちがうことを言われて、半分、腹が立つのである。
明日は、歯医者だから、眠らなければならないのだけど、眠らなければならないような状態になると、きちがいヘビメタにたたられていた時とおなじ状態になって、まったく眠れなくなってしまうのである。
これだって、数千日の記憶がなければ、こういうことにはならかなったのだ。
これだって、数千日の張りつめた努力がなければ、こういうことにはならなかったのだ。
みんな、俺がさぼって、夜更かしをして、朝、起きられなくなって、遅刻したと思っているのだ。ぜんぜんちがうんだよ。
こういうところでも、きちがい兄貴がいないところで、ぼくが、ほかの人から侮辱されることになる。
こういうところでも、きちがい兄貴がいないところで、ぼくが、ほかの人から誤解されることになる。