『なになにをしたいから、こういうふうに言い訳しているのだ』と考える人たちがいるのである。この人たちは、一括思考をしている。
そうなると、じつは、『下衆の勘ぐり』になってしまう場合があるのである。
しかし、この人たちは『実際そうだ』と思って、認めないのである。
決めつけがある。
たとえば、ぼくは、ほんとうに、ヘビメタ騒音のなかで勉強をすることができなかった。マイナスの時間なのである。これやられているだけで、ものすごいマイナスなのである。
下衆の勘ぐりをする人たちが、どういうふうに思おうと、ヘビメタ騒音「で」勉強することができなかったのだ。
ところが、下衆の勘ぐりをする人たちは、『エイリは、勉強をしたくないから、ヘビメタ騒音で勉強することができないと言っている』と思ってしまうのである。
言っておくけど、ヘビメタ騒音がなければ、勉強することができたのである。ヘビメタ騒音がなければ、普通に勉強していたのである。
ヘビメタ騒音がものすごい勢いで鳴っているから、どうしても、勉強することができなかったのだ。これが、事実だ。ヘビメタ騒音がなければ、普通に勉強することができたのだ。俺は、小学生の時はともかくとして、中学生からは、勉強したかったんだよ。ヘビメタなしで、勉強したかったんだよ!!
嘘いつわりなく、勉強したかったんだよ。勉強をしたくないから、「ヘビメタ騒音がうるさくて勉強ができない」と言っていたわけではないのだよ。それを、「エイリは、勉強をしたくないから、騒音で勉強ができないと言い訳をしている」と解釈するわけだよ。こつらが、そういうふうに解釈したら、こいつらのなかでは、そうなんだよ。
だから、きちがい兄貴が、きちがい的な基準で、ほかの人がやらないような時間の長さ、ほかの人が鳴らさないような大きさで、ヘビメタを鳴らすと、ぼくが、ほかのやつから、「エイリは、勉強をしたくないから、騒音で勉強ができないと言い訳をしている」と思われるようになるのだ。これが、決まっている。
* * *
たとえば、水俣病患者が、企業を相手に訴訟を起こしたとき、下衆の勘ぐりをする人は、「おカネが欲しいから、仮病を使っている」と水俣病患者をののしったのだ。
こんなの、ののしり。
下衆の勘ぐりをする人は、「おカネが欲しいから、訴訟をしている人たちは、水俣病でこうなったと詐称している」と思ったのだ。実際に、その企業が、水銀を流したから、水俣病になっている。
だから、その企業のせいで……つまり、その企業の行動によって……水俣病になった人たちがいる。たとえば、AさんとBさんとCさんがいたとする。Aさんは、ほんとうに、企業が流した水銀のせいで水俣病になったとする。
そして、企業に訴訟したとする。Bさんは、ほんとうは、水俣病ではないけど、おカネが欲しいから、企業に訴訟したとする。
その場合、Aさんが、企業の行いのせいで、ほんとうに、水俣病になったということは、否定できない。
ところが、一括思考をしてしまうCさんは、「企業に訴訟している人はみんな、おカネがほいから、病気のふりをしているだけだ」と決めつけてしまうのだ。
Cさんの目から見ると、Aさんも、そういう人に見えるのである。
だから、不当にAさんをののしったことになるのだけど、Cさんは、自分の考えを捨てないので、自分は、悪いことをしているわけではないと思っているのだ。
実際に、Cさんは「Aさんも、仮病を使って、企業を訴えている人だと決めつけている」ので、別に悪いと思わないのだ。
Bさんが悪い人だとしても、だから、Aさんも悪い人だということにはならない。Bさんが仮病を使っていても、それは、Aさんも仮病を使っているということを意味しない。しかし、Cさんは一括思考をしてしまうので、Aさんも、Bさんとおなじだと考えてしまうのである。
AさんもBさんも、企業を訴えている。Cさんは、企業を訴えている人は、みんな、仮病を使っているだけなんだというような一括思考をしてしまうのである。
「水俣病である」という条件を満たし、「訴えている」と言う条件を満たすと、その条件を満たしている人たちは、みんな、仮病なのに、企業を訴えているとCさんは思ってしまう。
たとえば、無職に対して偏見をもっている人たちがいる。これは、無職属性に対する偏見だ。Cさんのような偏見は、もうちょっと複雑なのである。
しかし、Cさんも、勝手にレッテル針をしているに過ぎない。
そして、その根拠が、たとえば、Bさんみたいな人がいるということなのだ。
一括思考をしてしまうので、Cさんのなかで「Bさんとおなじような行為をしている人」は、みんな「Bさんのような人」なのである。
これは、行為に対する偏見なのである。だから、「無職」に対する偏見とはちょっとちがってくる。
でっ、行為に対する偏見なのだけど、一括思考で、その集団に属する(その属性をもっている)と思われる人を、全員、おなじ目的で、その行為をしている人だと決めつけてしまうのだ。
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『なになにをしたいから、こういうふうに言い訳しているのだ』と書いたけど、「なになに」ということが、「欲望」をあらわしているのである。そして、その欲望というのが、「いまわしいこと」を表現しているのだ。
たとえば、詐称とか、疾病利得とか、不当に利益を得ることをしたいから、でっちあげの理由をつけて、言っているだけなんだと、「下衆の勘ぐり」をする人たちは、思い込んでしまう。決めつけてしまう。
「なになにをしている人」は、不当な理由をつけて、自分のいまわしい欲望を現実化しようとしている、いまわしい人たちだという、決めつけがあるのである。勝手に、範疇を決めて、こういうことを言う人たちは、一括で、こういう人たちなのだと、決めつけしまう。そして、その決めつけは、決まって、悪い決めつけなのである。
こういうやっかいな人たちが、ほんとうにいる。いっぱいいる。
じつはこうすることで、この人たちは、ほかの人をディスっている。悪口を言っている。勝手に悪く決めつけて、悪口を言っている。自分のいまわしい、欲望のために、人に悪口を言っている。正当なふりをして、自分が他人を貶めたいという欲望を、現実化しているだけだ。この人たちがやっていることは、そういうことだ。こいつら自身が、いまわしい存在だ。