2026年1月3日土曜日

●自分が「蚊に刺されない」と思っていたから、刺されなかったのだ■思霊※2026/01/03 18:37

 ヘビメタ騒音という条件が、ほかの人には想像できないほど、ひどい条件なのだ。ほかの人は、普通の騒音をこころの中に思い描いて、きちがい家族によるきちがい的な騒音について、誤解をしてしまう。自動的に、誤解をしてしまう。きちがい兄貴のきちがい的な特性がわからないので、どういう頻度で、どういう音のでかさで、どういうしつこさで、鳴らすか、まったくわかっていないのだ。実際に自分が鳴らされて……毎日鳴らされて……ずっとずっとずっと、生活したことがないので、毎日ずっとずっとずっとずっと……鳴らされたときの影響のでかさがわからない。そして、ぼくとは別の個体なので、エイリのことはエイリのことだから、自分のことではないというのがある。自分のことではないので、まったくこまらないのである。どれだけ、きちがい兄貴が、きちがい感覚で鳴らしていたって、実際に自分がこまっていないので、こまらないのである。別の個体に起こっていることだから、「影響」を軽く見てしまうのである。

前投稿のAさんは、Bさんの「竹やぶのなかでの作業」という条件を、軽く見ているのである。そもそも、「言えば言ったことが現実化する」とか「思えば思ったことが現実化する」とかという言い方を採用すると、相手」の条件は無視してしまうことになるのである。「明るいことを考えれば明るいことが起こるし、暗いことを考えると暗いことが起こる」という言い方の場合も、相手の条件は無視してしまうことになる。だから、別の条件によって暗いことが(相手の身の上に発生した場合は)相手の条件を無視することになってしまうのである。しかし、別の条件が相手の状態をつくりだしているわけだから、ほんとうは無視することなんて、できないのである。しかし、無視してしまうのである。かわりに、相手が暗いことを考えたから、その暗いことが起こっているのだと、決めつけてしまう。対処方法は、明るいことを考えることなのである。しかし、これでは、もとの原因にまるで対処しないことになってしまうのである。

前投稿のBさんが、どれだけ「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と明るいことを考えて、竹やぶの中で作業しても、蚊に刺されるような条件が成り立っていれば、高確率で、蚊に刺されるのである。前投稿のAさんが、思霊主義者だとする。その場合、Aさんには、「蚊に刺される条件」が成り立っていないのである。だから、自分なら「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と明るいことを考えて、蚊に刺されないようにすることが可能だと考えてしまうのである。しかし、これは、現実的話ではない。Aさんのこの考えを、蚊が理解してくれるわけではないからだ。蚊は、蚊の本能に従って、行動してしまう。だから、Aさんが、どれだけ「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と思っても、実際に、Bさんとおなじ条件で作業をすれば、かなりの高確率で、蚊に刺されるということになるのである。「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と思うことは、防御にならないのである。蚊に影響をまったく与えないのである。もし、声に出して「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と何回も何回も言った場合は、二酸化炭素や水蒸気によって、蚊がもっと寄ってくるかもしれないのである。「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と言うときに、普通に呼吸する場合よりも、多くの息を出していれば、蚊が寄ってくる確率はあがる。まあ、たいした差はないと思うけど、どちらかというと、蚊をおびきよせる行為なのである。蚊は、Aさんの思いにはまったく反応せずに、Aさんの吐く息や体温に反応してしまうからだ。思いなんて関係がない、物理的な反応なのだ。

この場合も、Aさんは、Bさんに成り立っている条件が成り立っていないので、条件を無視して、思霊理論にそくしたことを、Bさんに言うことができるのである。それは、Aさんには、「竹やぶの中に入って作業をしなければならない」という条件が成り立っていないからだ。おなじ条件なら、思いに関係なく、AさんもBさんも蚊に刺される。Aさんの体温とBさんの体温という条件も、もちろん、おなじだとする。AさんもBさんも、汗が出る量はおなじだとする。ようするに、汗の量という条件もおなじだとするということだ。ともかく、ほかの条件をすべておなじにして、「蚊に刺されない」と思うことだけを、AさんとBさんでかえた場合、結果は、おなじことになると推測できる。ようするに、Aさんには「蚊に刺されない」と思って作業をしてもらい、Bさんには「蚊に刺されない」と思わないで作業した場合、AさんもBさんも蚊に刺されるということになる。実際には、竹やぶにいるときの位置などを完全にそろえることができないので、ばらつきが出ると思う。どうして「位置などを完全にそろえることができない」かというと、ふたりの人間が、同時におなじ場所に立つことができないからだ。けど、「蚊に刺されない」と思わなかっただけで、蚊にまったく刺されないということにはならないだろう。もちろん、冬の竹やぶで、AさんとBさんに、作業をしてもらった場合、AさんもBさんも蚊に刺されなかったということはあり得る。たとえば、AさんとBさんに、冬の竹やぶのなかで作業してもらい、Aさんには「蚊に刺されない」と作業中ずっと思ってもらい、Bさんには「蚊に刺されない」と思わないようにしもらったとする。そして、AさんもBさんも、蚊に刺されなかったとする。その場合、Aさんは、思霊思想をもっているので、「自分は蚊に刺されないと思っていたから、蚊に刺されなかったのだ」と思うだろう。しかし、Aさんは、冬」という条件を無視しているのだ。そして、自分が「蚊に刺されない」と思っていたから、刺されなかったのだと思うことになるだろう。

 


2026年1月2日金曜日

●理由がある人にとって、かなりの高確率で、不愉快な発言なのである■言霊※2026/01/02 21:57

 たとえば、AさんとBさんがいたとする。

Aさんは、竹やぶに入ったとき、蚊に刺されたという経験があるとする。Aさんは、竹やぶに入ったとき、蚊に刺されて、かゆくなったので、「竹やぶに入ると、かゆくなる」と思うようになったのだ。

この経験則は、正しいのである。

ただし、夏なのか冬なのかで、条件が異なる。

だいたい、竹やぶはおなじようなものだけど、「あの竹やぶ」と「この竹やぶ」はちがうかもしれない。Aさんが、竹やぶに入って、作業をしたあと、蚊に刺されたので「かゆい」と言ったとする。そうすると、それを見ていたBさんが「かゆいと言うからかゆくなる」「かゆいと言わなければかゆくならない」と得意がって言うのである。

Bさんは、竹やぶに入って作業をしなければならないという条件がないのだ。だから、竹やぶに入って作業をすると、蚊に刺されるという経験がない。Aさんのものの見方と、Bさんのものの見方をくらべた場合、どちらが正しいかというと、Aさんのものの見方のほうが正しいのだ。

ところが、たとえば、きちがい家族による騒音が発生してくるしい思いをする場合は、竹やぶに入って作業をする場合よりも、経験する人が少ないのだ。

きちがい家族のなので、普通の家族とは、騒音の出し方ちがうのである。普通の家族にわかることが、きちがい家族にはわからないのである。普通の家族と一緒に住んでいる人は、「きちがい家族が鳴らす騒音」について理解がない状態なのである。

きちがい家族が騒音を鳴らした場合、きちがい家族による騒音が、生活の条件をつくってしまうのだ。この条件は、わずかな例外を除けば、ほかの人が経験したことがない条件なのである。

だから、最初から無理解ぶりを発揮するのである。経験的にわかっていないから、「勉強することができなくなる」ということや「どうしても、眠れなくなる」ということがわからないのだ。

ほんとうに、ヘビメタ騒音で「勉強することができなくなっている」にもかかわらず、きちがい家族が鳴らす、非常識な騒音を経験したことがない人は、「自分なら、平気だ」と思って「ヘビメタ騒音が鳴っているから、勉強することができないなんていうのは、いいわけだ」と言ったりするのである。

たとえばの話だけど、Bさんだって、Aさんと同じ条件が成り立つとき、竹やぶに入れば、体を蚊に刺されてかゆくなるのである。感覚器や神経が正常なら、かゆいと感じるのである。蚊に刺されたあと、かゆいと感じるのである。

ところが、Bさんは、Aさんが「かゆい」と言ったところを見て、「かゆいと言うからかゆくなる」と言うのである。これは、かなりの高確率で、Aさんにとって不愉快なことなのである。

そりゃ、なにも知らないBさんが、勝手に、理由を考えだして、自分のことをせめるのだ。

しかも、Bさんは得意になって言ってるので、せめているつもりがない。「おまえが、かゆいと言うから、かゆくなる」という発言は、ちゃんと理由がある人にとって、かなりの高確率で、不愉快な発言なのである。

Bさんが普段「人がいやがることはやめましょう」と言っていたって、自分が、Aさんがいやがることをしているという自覚がないので、自覚がないまま「人がいやがること」をしてしまうのである。そして、Aさんが「かゆいというからかゆくなったわけではない」ということを言ったって、認めないのである。言霊信者だから、言霊の力でかゆくなったと思って、認めない。「単純なのが正しい」「アバウトでいいんだ」と言って、言霊の力でかゆくなったのではないといこうとを、認めないのである。

Bさんは、自分が蚊に刺されてかゆくなったときは、「蚊に刺されたからかゆくなった」と思う人間なのである。Bさんだって、蚊に刺されてかゆくなったときは、かゆくないのに、「かゆい」と言ったから、言霊の力によってかゆくなったのではないと思っているのである。

「かゆいと言うからかゆくなる」という考え方を、Bさんも、普段は否定しているのである。

ちゃんと、理由がある場合は、言霊に関係なく、その理由でかゆくなったと判断し、認識しているのである。Bさんですら、そうなのである。Bさんが蚊に刺された場合、Bさんは、言霊の力でかゆくなったのではなくて、蚊に刺されたからかゆくなったと認識しているのである。

*     *     *

Bさんが最初から、Aさんと一緒に、夏の竹やぶに入ったとしよう。その場合は、Bさんは、Aさんとおなじように、蚊に刺される。Bさんも、自分が体験したことだと、蚊に刺されたあと、かゆくなったということがわかるのである。しかし、自分が体験したことではなく、ひとごとだと、「かゆいと言ったからかゆくなったのだ」と解釈してしまうのである。

自分が一倍速で体験したことなのか、あるいは、自分はただ単に相手の話を聴いただけで、まったく体験したことがないことなのかというとが、重要なのである。 かゆいというからかゆくなるという場合、かゆいと言った「あと」かゆくなるのである。省略されているけど、言霊の力でかゆくなるのである。ところが、実際は、蚊に刺された「あと」かゆくなったので、かゆいと言っただけなのだ。

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言霊主義者は、他人の条件について、うまく考えることができないのである。他人の条件は、他人の条件を無視した、「Xすれば、Yになる」という文に沿った形で再解釈されてしまうのである。

「Xすれば、Yになる」という文は、言霊主義者の場合「 言えば、現実化する」という文になる。

「言えば、現実化する」という文は、言うという条件以外の条件を無視した文なのである。「言う」という条件だけは、現実化するという結果に、影響を与える条件なのである。

「言う」という条件さえ満たせば、かならず、「現実化する」のである。つまり、ほかの条件は、すべて無視しているのである。「言えば、現実化する」という文を言っている人にとっては、言うということ以外の、ほかの条件は、すべて、関係がないことなのである。

一〇〇%詐欺ということを言ってきたけど、一〇〇%詐欺が成り立つ文の場合、具体的な条件は無視されているのである。

だから、言霊主義者は、意図せず、他人の条件を無視してしまうことになる。それで、あたりまえなのだ。条件に関係なく「言えば、現実化する」のである。

言霊主義者が、言霊に視点をフォーカスしている場合は、言霊主義者は、「言えば、現実化する」ということを妄信ているのである。相手にとって、不愉快なことだということは、一切合切考えない。 

しかし、相手が実際に経験したことを無視しているのだから、たいていの相手は「不愉快に思う」のである。そりゃ、中には変態さんがいて、誤解されると楽しく感じてしまうかもしれないけど、こういう人は、例外中の例外だ。

先ほどの例を使えば、Aさんの「蚊に刺されたから、(蚊に刺されたあと)かゆくなった」という認識は、あっているのである。Bさんの「かゆいと言ったから(言ったあと)かゆくなった」という認識は間違っているのである。

ただし、Bさんが、言霊にフォーカスして、他人の体験について語っているときは、たいていの場合、認めない。

Bさんが、Aさんとおなじ竹やぶに入って、蚊に刺された場合は、ちゃんと「蚊に刺されたから、(蚊に刺されたあと)かゆくなった」という認識をもつのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。