そういえば……「こだわっているからダメなんだ」と言うやつもいるね。認知症で働けない人がいるとする。
認知症で働けない人は、認知症であるということに「こだわっている」から、働けないわけではない。
ところが、「こだわっているからダメなんだ」と言うやつは、「こだわっているからダメなんだ」と言う。「こだわり」が働けないことの理由だと思っているのだ。
だから、「こだわりをすてれば働けるようになる」と思っているのだ。
原因について、間違った考え方をもっているのである。
もし、 「こだわりをすてれば働けるようになる」のであれば、自分が認知症であるという自覚がない人は、認知症でも働けるということになる。
「こだわっているからダメなんだ」と言う人は、「こだわり」が原因だと勝手に解釈して、決めつけているだけなのである。
認知症ということで、書いたけど、なんとか病の場合だっておなじだ。なんとか障害の場合だって同じだ。ある人がなんとか病で働けない場合は、なんとか病で働けないんだよ。
「なんとか病であることにこだわっているから」働けないわけではない。それを、「なんとか病であることにこだわっているから働けないんだ」と「その人のこだわりのせい」にしてしまうのである。
できないからできないのに、「こだわっているから」できないのだと、かっに決めつける。なんとか病の症状で、働けなくなったんでしょ。別に、なんとか病であるということにこだわっているから、働けないわけではない。
「腰にいたみを感じているので、腰に負担がかかるような仕事はできない」……とAさんが言ったとする。Bさんが、「こだわり原因主義者」だったとする。
そうすると、Aさんが「腰の痛みにこだわっているからダメなんだ」ということになってしまうのである。
あるいは、「Aさんが腰にこだわっている」からダメなんだということになってしまう。
Bさんの頭のなかでは、そうなってしまうのである。こだわりをすてれば、働けるようになるのである。だから、「こだわりを、すてればいい」とアドバイスをしてしまう。
Bさんだって、自分のことなら、「腰がいたいから、腰に負担がかかる仕事はさけよう」と思うのだ。自分が一倍速で経験していることに関しては、「原因」について間違った考え方をもちにくいのである。
それは、自分が感じていることだからだ。
ところが、他人のことになると、他人が感じていることは、無視してしまうので、別の原因を考えだしてしまうのである。
そして、別の原因というのが、相当の高確率で「相手の感情」を踏みにじるものなのである。別の原因で、決めつけられたほうは、かなりの高確率で、不愉快な思いをすることになる。
しかし、「こだわり原因主義者」は、他人の立場に立ってものを考えることが不得意なので、別に、まずいことをしたとは思わないのだ。
「こだわり原因主義者」のBさんが、普段「人に親切にしよう」「人がいやがることはやらないようにしよう」と思っていたとしても、実際にやることは、こういうことなのだ。
かなりの高確率で、「こだわりが原因ではない」と言われた「こだわり原因主義者」は、おこるだろう。「なんだとぉ」という気持ちになる確率が高い。
「せっかく、助言してやったのになんだぁ!!」という気持ちになる確率が高い。どうしてかというと、「こだわっているのが原因だ」と考えているからだ。
自分の考え方を否定されると、腹が立つということなのだろう。
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ちなみに、言霊主義者なら「なおる」と言えば、なおるので、「なおる」と言って、頑張って働いてください。
「永遠に働ける」と言えば、永遠に働けるので、頑張って働いてください。
「腰はいたくならない」と言えば、腰はいたくならないので、腰のことなんて気にしないで、頑張って働いてください。
もし、腰がいたくなったとしても、「なおる」と言えば、なるので、「なおる」と言って、頑張って働いてください。
認知症も「なおる」と言っただけで、なおるので、認知症になっても「なおる」と言って、頑張って働いてください。
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「腰痛は、あまえ」
「認知症は、あまえ」
「その歳で、働いていないということが、どういうことだか、わっかっっってっっっのかぁぁぁぁ!!!」
「なにが、腰痛だ!!」
「なにが、認知症だ!!」
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「なにが、ヘビメタ騒音だ!!!」
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「助言してやったのに、なんだぁ!!!!」「こんなこと、言われるとは、思わなかった!!!」
「思わなかったのかよ? エイリから、こういうことを言われると思わなかったのに、どうして、エイリから、こういうことを言われたんだ? 思ったことが、現実化するんだろ。思わなかったことが、現実化したんだぞ。思ったことが現実化して、思わなかったことも現実化するなら、思ったことが現実化すると言う意味がないだろ!!!」