2026年9月24日木曜日

●出来事と感情のあいだに結び付きやすいペアがある■言霊※2026/09/24 19:45

なんとか、起きた。けっきょく、気分なんだよなぁ。けど、気分は、いろいろな条件によって決まる。条件のなかには、強烈な条件と弱い条件がある。影響度がちがう。無理なものは無理なんだよ。たとえば、強烈な腹痛におそわれているとき、「楽しい気分になるか」というと、ならない。強烈な腹痛におそわれているとき、「うれしい気分になるか」というと、ならない。どうしても、「いたい」ということに、神経が集中する。いたいから「いたい」と思う。いたいときには、いたいわけだから、「楽しい」とか「うれしい」という気分には、結び付きにくい。もちろん、ドラマやアニメで、主人公が死ぬまえ、いたがっているけど、「うれしい」とか「たのしい」とかという感情に包まれているような描写がある。死ぬまえに、くるしいはずなんだけど、笑顔だった。死ぬまえに、くるしいはずなのだけど、感謝の意を表して死んでいった。そういうシーンはあるかもしれない。あるかもしれないけど、日常生活のなかでは、そういうのは、まれで、強烈にどこかがいたい場合は、「いたい」という感覚的な「気持ち」に支配されて、なかなか、「楽しい」とか「うれしい」という気持ちにならない。あるいは、なかなか、「楽しい」とか「うれしい」という気持ちにならない。ようするに、条件が生み出した刺激と、結び付きやすい感情と結び付きにくい感情があるのである。しかし、「楽しいと言えば、楽しくなる」というように、一般化してしまうと、この部分をそのまま、無視することになるのである。しかも、一〇〇%構文の文で言っているということは、注しなければならないのだけど、たいていの人たちは、一〇〇%構文の文で言っているということを、無視してしまう。なので、条件に関係なく、言ったことが成立するようなことを、他人に言うようになる。「楽しいと言えば、楽しくなる」と言っている人たちが、普段どのように暮らしているかというと、ほんとうは、条件が生み出した刺激の影響を受けて暮らしているのである。本人が、それに気がついていないだけだ。たとえば、言霊理論が、理論的に間違っているということを指摘されると、怒りの感情がわくのである。言霊理論が、理論的に間違っていると言った相手に対して、憎悪の感情が芽生えるのである。ほんとうは、言霊主義者は、言霊理論が間違っていると言われた直後、腹を立てている……ときに……「楽しい楽しい」と言っても、楽しくならない可能性がある。「楽しい楽しい」と言っても、楽しくならない確率は、非常に高い。出来事によって感情が発生したあと、逆のことを言っても、自分の感情なのに、その通りにならない場合がある。そういう場合は、非常に多い。むしろ、こっちのほうに、法則性があるような感じがする。あくまでも、感じがするだけだ。ぼくの経験の範囲で言えば、一〇〇%の言霊主義者が、言霊理論を批判されたあとに、おこりだした。でっ、たぶんだけど、おこっているとき、「楽しい楽しい」と言っても楽しくならないはずだ。実際には、言霊主義者はぬけぬけなので、自分が本当に腹を立てているとき「楽しい楽しい」とは、なかなか言わない。ち言えばいいだろ。言えば言った通りになるんだろ」……と言いたくなるけど、エイリがこのように言ったとしても、たいていの言霊主義者は、激しくおこっているときに「楽しい楽しい」とは言わないのだ。言わないので、『言った通りにならなかった』ということを経験しないのである。ごく普通に、自分が本当におこっているときは、「楽しい楽しい」とか「うれいうれい」とかというようなことは、言わない。たとえ、言ったって「そのようにはならない」ということを、言霊主義者が知っているからだ。けど、他人には「どんなにつらくても、楽しい楽しいと言えば楽しくなる」と言ってしまう。他人には「どんな状態でも、、楽しい楽しいと言えば楽しくなる」と言ってしまう。ただ単に、自覚がないだけ。こいつらに、一〇〇%構文の文を与えると、非常にまずいことになるので、ライフハックがはやることは、よくないことだ。

実際の出来事によって、ある種の感情が発生している場合は、その感情とは逆の感情を表す言葉を、言ったって、なかなか、言った通りの感情にはならないのである。中立的な状態で、「楽しい楽しい」と言ったら、楽しくなった(ような気がした)ので、言霊の力があり、言霊の法則が成り立っているということを考える人は、いろいろなところで、あやまちをおかしているのである。それに関しては、もう、さんざん書いたので、ここでは、省略する。

ある種の出来事が発生しやすくなる、ある種の条件があるのである。ある種の出来事と、結び付きやすい感情があるのである。だから、実際に、ある種の出来事がしょうじたら、普通は、そのペアの感情がしょうじるのである。あくまでも、「普通は……そうなる」ということだ。組み合わせは、絶対だから、その組み合わせ通りの感情しか、発生しないと言っているわけではない。出来事と感情のあいだに結び付きやすいペアがある。でっ、ある種の出来事というのは、ほんとうに、ある程度条件によって決まってしまうようなところがある。これも、確率的に、そういうことが起きやすいということだ。そして、そういうことが起きやすい仕組みがあるのである。この仕組みは、社会的なしくみであったり、個人の心理的なしくみであったり、人間同士(対人関係上)の心理的なしくみであったりする。

●ヘビメタ騒音が作り出した現実からは、解放されないのである■騒音※2026/09/24 0:21

腹がいたくなった。いたみにおそわれているときは、ちょっとまえの、いたくない状態に戻ることを渇望した。いたくない状態は、ものすごくいい状態に思えた。

けど、いたくない状態に戻ってみたら、やはり、ずっと問題が続く。

いたみは小さくなったけど、体のだるさは、残っている。吐き気もちょっとある。

なにを食べていいのかわからない。まあ、いたくないときでも、くるしいんだよな。だから、くるしみがない、楽な世界に行きたいと思うわけ。

いたいのは、いやなんだよ。

くるしいのもいやなんだよ。

でっ、横になりながら考えていたことは、やはり、ヘビメタ騒音期間中の出来事や、ヘビメタ騒音期間以降のできごとであるわけ。

「腹がいたくないとき、どういう状態だったか?」ということだ。

くるしかったんだよ。

猛烈に、くるしかったんだよ。

けっきょく、猛烈なくるしさが続いてしまう。

基本、サラリーマンをやめれば、それで、強烈なくるしさから解放されてしまう人ではない。俺は……。体力的にサラリーマンができない人がいるとする。

この人は、楽なバイトや楽な自営業ならできるとする。サラリーマン時代、猛烈にくるしかったとする。

けど、サラリーマンをやめれば、くるしさから、解放されるのである。

けど、ぼくはちがう。

かりに、楽な自営業で生活できるとしても、きちがい兄貴のヘビメタ騒音が作り出した現実からは、解放されないのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。