あのネズミ、うちのなかにいるわぁーー。たぶん。出ていってくれないかなぁ。あと、あそこのガラス戸はやばい。あそこのガラス戸をどうにかしないとやばい。パティでやるかな。けど、めんどうくさい。けど、あそこから入ってくるとなると、自由に入れる状態が続ているというとになるので、やばい。
たぶん、この部屋にはいないような気がする。けど、わからない。
ネズミの出現で、ぼくの体調が一気に悪化する。まだ、眠れない。腹がおかしい。喉がおかしい。『もう、全部いやだ』という考えが、頭から、はなれない。全部が、つまらなく思える。ともかく、体調が悪い。じゃあ、横になっていればいいのかというと、横になっていても、つらい。いま、ご飯を食べた。これも、ほんのちょっとだ。すべてが、つらい。
兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの人生が台無しだ。兄貴のヘビメタと、親父のネズミで、ぼくの生命エネルギーが奪われた。
* * *
この部屋にはいないかもしれないけど、このうちには、いる感じがする。このうちにいないとしても、すぐに、ネズミが入ってくる状態であることには、かわりがない。どこかに、ぼくが知らない穴がある。ヘビメタとかネズミとか、長期的に影響をあたえることばかりやる。やりやがる。本人はまったくわかってないんだよな。ネズミのことだって、親父はまったく、わかってないんだぞ。ヘビメタのことだって、兄貴は、まったくわかってないんだぞ。こんなハンディ、俺にしかない。ほかの人には、このハンディがない。こんな特殊なハンディがある人なんて、ぼく以外にいない。でっ、ほかの人が、ぼくのこのハンディを無視して、不適切なことを言う。よその人だって、おなじことをやられれば、通勤通学できなくなるし、学業成績が(やられていないときより)ずっとさがるし、体力も気力もなくなるし、睡眠回路を破壊されるし、人間関係も破壊されるのに、ぜんぜんわかっていない。ほかの人には、ないことだから、ぜんぜんわかっていない。「そんなのなんだ」という態度だ。「そんなの、関係ない」「そんなのは、影響がない」「できると言えばできる」「努力すれば成功する」「すべては受け止め方の問題だから、受け止め方をかえればいいんだ」……。
こいつらはこいつらで頑固なんだよな。
ともかく、普通に勉強することができなくなるし、普通に恋愛することができなくなる。
どれだけ、きちがい的なでかい音で、苦手な音が鳴っていたか、わかっていない。ヘビメタではなくて、自分がこの世で一番きらいな音で考えてみれば、わかることなのに、ほかの人は「なんだそんなの」という態度になる。
ほかの人が考えているヘビメタ騒音の損害が……ぼくの身の上に生じた損害が一(いち)だとするとする。 実際の損害は、一兆だ。そして、その損害の大きさが、ほかの人には、必然的にわからないのである。どうしてかというと、ほんとうに、一倍速でやられたわけではないからだ。自分が本当に経験したことではないからだ。ただ単に、聞いた話なのである。だったら、「俺だってつらい」という反応になる。けど、そのつらさは、俺がヘビメタ騒音を浴びないで育った場合のつらさとおなじレベルのつらさだと思う。だいたい、自分がこの世で一番きらいな音を四六時中……大音響で聞かされた場合の症状が出ていないんだよ。症状が出ていない。症状が出ていないから、えらそうなことを言える。「自分だったら平気だ」「俺はヘビメタは好きだしな」というのりで、えらそうなことを言う。そりゃ、普通の従業員としては働くというのは、めちゃくちゃにつらいことだ。けど、そういうつらさとは、そもそもがちがうのだ。レベルがちがう。じゃあ、きちがいヘビメタ騒音とおなじレベルの騒音を一一歳から二五歳まで浴びて、不利な立場のまま、普通の従業員として働くということを洗濯して見ろ。そんなのは、無理だということがわかる。体が、もう、ちがうんだよ。この世で一番きらいな音にさらされ続けて、勉強時間と、睡眠時間をうばわれ、精神と睡眠回路を破壊されて、普通に働くなんてことができるわけがないだろ。想像力がないから、わからない。あるいは、経験がないから、わからない。