2026年6月25日木曜日

●「こだわりをすてれば働けるようになる」■社会※2026/05/19 17:08

そういえば……「こだわっているからダメなんだ」と言うやつもいるね。認知症で働けない人がいるとする。

認知症で働けない人は、認知症であるということに「こだわっている」から、働けないわけではない。

ところが、「こだわっているからダメなんだ」と言うやつは、「こだわっているからダメなんだ」と言う。「こだわり」が働けないことの理由だと思っているのだ。

だから、「こだわりをすてれば働けるようになる」と思っているのだ。

原因について、間違った考え方をもっているのである。

もし、 「こだわりをすてれば働けるようになる」のであれば、自分が認知症であるという自覚がない人は、認知症でも働けるということになる。

「こだわっているからダメなんだ」と言う人は、「こだわり」が原因だと勝手に解釈して、決めつけているだけなのである。

認知症ということで、書いたけど、なんとか病の場合だっておなじだ。なんとか障害の場合だって同じだ。ある人がなんとか病で働けない場合は、なんとか病で働けないんだよ。

「なんとか病であることにこだわっているから」働けないわけではない。それを、「なんとか病であることにこだわっているから働けないんだ」と「その人のこだわりのせい」にしてしまうのである。

 できないからできないのに、「こだわっているから」できないのだと、かっに決めつける。なんとか病の症状で、働けなくなったんでしょ。別に、なんとか病であるということにこだわっているから、働けないわけではない。

「腰にいたみを感じているので、腰に負担がかかるような仕事はできない」……とAさんが言ったとする。Bさんが、「こだわり原因主義者」だったとする。

そうすると、Aさんが「腰の痛みにこだわっているからダメなんだ」ということになってしまうのである。

あるいは、「Aさんが腰にこだわっている」からダメなんだということになってしまう。

 Bさんの頭のなかでは、そうなってしまうのである。こだわりをすてれば、働けるようになるのである。だから、「こだわりを、すてればいい」とアドバイスをしてしまう。

Bさんだって、自分のことなら、「腰がいたいから、腰に負担がかかる仕事はさけよう」と思うのだ。自分が一倍速で経験していることに関しては、「原因」について間違った考え方をもちにくいのである。

それは、自分が感じていることだからだ。

ところが、他人のことになると、他人が感じていることは、無視してしまうので、別の原因を考えだしてしまうのである。

そして、別の原因というのが、相当の高確率で「相手の感情」を踏みにじるものなのである。別の原因で、決めつけられたほうは、かなりの高確率で、不愉快な思いをすることになる。

しかし、「こだわり原因主義者」は、他人の立場に立ってものを考えることが不得意なので、別に、まずいことをしたとは思わないのだ。

「こだわり原因主義者」のBさんが、普段「人に親切にしよう」「人がいやがることはやらないようにしよう」と思っていたとしても、実際にやることは、こういうことなのだ。

かなりの高確率で、「こだわりが原因ではない」と言われた「こだわり原因主義者」は、おこるだろう。「なんだとぉ」という気持ちになる確率が高い。

「せっかく、助言してやったのになんだぁ!!」という気持ちになる確率が高い。どうしてかというと、「こだわっているのが原因だ」と考えているからだ。

自分の考え方を否定されると、腹が立つということなのだろう。 

*     *     *

ちなみに、言霊主義者なら「なおる」と言えば、なおるので、「なおる」と言って、頑張って働いてください。

「永遠に働ける」と言えば、永遠に働けるので、頑張って働いてください。

「腰はいたくならない」と言えば、腰はいたくならないので、腰のことなんて気にしないで、頑張って働いてください。

もし、腰がいたくなったとしても、「なおる」と言えば、なるので、「なおる」と言って、頑張って働いてください。

認知症も「なおる」と言っただけで、なおるので、認知症になっても「なおる」と言って、頑張って働いてください。

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「腰痛は、あまえ」

「認知症は、あまえ」

「その歳で、働いていないということが、どういうことだか、わっかっっってっっっのかぁぁぁぁ!!!」 

「なにが、腰痛だ!!」

「なにが、認知症だ!!」

*     *     * 

「なにが、ヘビメタ騒音だ!!!」 

*     *     *

「助言してやったのに、なんだぁ!!!!」「こんなこと、言われるとは、思わなかった!!!」

「思わなかったのかよ? エイリから、こういうことを言われると思わなかったのに、どうして、エイリから、こういうことを言われたんだ? 思ったことが、現実化するんだろ。思わなかったことが、現実化したんだぞ。思ったことが現実化して、思わなかったことも現実化するなら、思ったことが現実化すると言う意味がないだろ!!!」 

2026年6月24日水曜日

●恣意的なこと■社会※2026/06/23 18:20

「Xをすると、いいことが起こる」という言葉につい考えてみよう。

実際には、「Xをすると、いいことが起こる場合」がある。実際には「Xをすると、悪いことが起こる場合」がある。

そして、実際には「Xをすると、いいことも起こらず、悪いことも起こらない」場合がある。とりあえず、 「いいことも起こらず、悪いことも起こらない」ということを「非良・非悪」と呼ぶことにする。

Xをすると、いいことが起こるという場合、じつは、Xをしたあといいことが起こるということだ。

実際には、Xという行為は、その後に起こる「いいこと」や「悪いこと」に影響を与えない。与えないのだ。

しかし、行為者が「Xをしたから、いいことが起こった」とか「Xをしたから、悪いことが起こった」と感じてしまう。

ようするに、そのような間違った認識が発生してしまう。

Xを事前にすることは、あとに起こることに、まったく影響を与えないのだから、間違った認識だ。

しかし、この認識が、間違っているということについて、「本人」が認識できないとする。

ようするに、その人が「いいことが起こった」と思った場合は、「いいことが起こった」ということになる。その人が「悪いことが起こった」と思った場合には「悪いことが起こった」ということになる。

無視されがちなのだけど、これは、重要なことだ。

「いいことが起こった」「悪いことが起こった」「いいことも悪いことも起こらなかった」というのは、恣意的な判断なのである。

そして、本人以外、だれも決めることができないのだ。

神様視点で「いいこと」や「悪いこと」を決めることもできない。

だれもが、神様ではないからだ。

たとえば、「掃除をするといいことが起こる」と一般化・法則化した人がいたとする。この場合、100%構文の文なので、「すべての掃除をするということにおいて、掃除をすると、100%の確率でかならずいいことが起こる」という意味になる。

そういう意味にしかならないのだ。

ところが、実際に表現されていることは、自分の場合は「掃除をしたら、いいことが起こった」ということなのである。

言っている人の意味をくみ取れば、「掃除をするといいことが起こる場合がある」ということを言っているのだ。

実際には、掃除をすると、掃除をしたあと、時間的に接近している状態で、いいことが起こる場合もあるし、悪いことが起こる場合もあるし、いいことも悪いことも起こらない場合があるということを意味している。

もちろん、時間的に接近している状態ということの時間的な解釈をひろげるなら、いいことが起こったあとに、悪いことが起こる場合があり、悪いことが起こったあとにいいことが起こる場合もある。

この時間の取り方も、じつは恣意的なものなのだ。

だから、その人が「なにかいいことが起こった」と感じることができることが起こった場合と、その人が「なにか悪いことが起こった」と感じることができることが起こった場合、その人が、「なにかいいことが起こった」とか「なにか悪いことが起こった」と思っただけなのだ。

ようするに、なにかの出来事が起こったとして、それを、いいことだと判断したのは、その人だということだ。

これが、けっこうやっかいなことなのである。

掃除をしたあと、外に出たら、交通事故にあったとする。その人が「掃除をするといいことが起こる」ということを信じている場合、はたして、「掃除をすると悪いことが起こる」と考えることができるかどうかということもじつは、問題なのだ。

ほんとうは、掃除をしたということと、事故にあったということは、関係がないことだ。

しかし、結びつけて考える人は、一般化して法則化してしまう。

これは、間違った法則化なのだけど、本人は、間違った法則化だとは思わない。

だって、本人にとっては、そうなのだから。

かりに、掃除をしたあと、夫からプレゼントをもらったとする。この場合「掃除をするといいことが起こる」と法則化してしまう人がいる。

それなら、おなじように、掃除をしたあと、交通事故にあったら、「掃除をすると悪いことが起こる」と法則化してしまうかというと、そういうこともあるけど、事前に「掃除をするといいことが起こる」と法則化して考えたことがある人は、たぶん、なかなか「掃除をすると悪いことが起こる」と考えないと思う。

一度「よい方向」で一般化・法則化した人は、悪い方向で一般化・法則化しにくいのではないかと思う。

もっとも、なになにをしたあと、悪いことが起こったので、「なになにをすると、悪いことが起こる」と一般化・法則化してしまう人もいるにはいる。いるにはいるのだけど、少ないと思う。

一度、よい方向で一般化・法則化した人は、掃除をしたということが、事故にあったということと関係がないこととして処理される傾向が強いのではないかと思うのである。

掃除をしたあと、事故にあった場合、「掃除をしたから、事故にあった」と思うかどうかなのだ。

「掃除をしたあと、事故にあった」だけなのだけど、それを法則化して考えるかどうかというのは、その人が、無意識的に……しかし……恣意的に決めていることなのだ。

その人の判断でしかない。

人によっては「なになにをすると悪いことが起こる」と法則化して考える場合もあるのだ。個人の体験がものを言う。

しかし、この場合も、本人のなかで法則化しないで、無視するか、本人のなかで法則化してしまうのかということは、恣意的に決まるのである。

それまでの個人の体験と、それまでの個人の判断・考え方で、決まってしまうところがある。これは、個人的な判断なのである。

いっぽう、その最中に、悪いことが起こる場合がある。

たとえば、掃除をしていたら、手をけがしてしまったとする。その場合、「掃除をすると悪いことが起こる」と一般化・法則化してしまう場合がある。

しかし、よい場合も、悪い場合も、一般化・法則化は間違いでしかない。

掃除をしても、手にけがをしない場合もある。

しかし、掃除という行為は、なにもしていない状態よりも、手をけがをする確率は高くなる。

あるいは、掃除をしていたら、むせたということがあったとする。

ほこりを吸い込んでむせたのだ。その場合、ほこりを吸い込んでむせるということは、一般的に?悪いこととして認識されやすい。

なので、ある人が、「掃除をすると、悪いことが起こる」と一般化してもおかしくはない。 

ようするに、恣意的なことなのだけど、一度「本人」のなかで一般化されると、それと反対の一般化をしにくくなるという傾向が(人間には)あるのではないかということだ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。