属性と一括思考ということについて考えてみよう。
たとえば、貧しい家の出身でも、成功した人がいるとする。これも、作り話である可能性があるのだけど、とりあえず、貧しい家の出身でも、社会的に成功した人がいるとする。
しかし、「貧しい家」と言っても、「貧しさ」には差があるのである。
そして、貧しい家の「親」にも、差がある。貧しい家の「兄弟」にも、差があるのである。「姉妹」にも差があるのである。貧しい家と言っても、「自分以外の家族のメンバー」に差があるのである。
きちがい的な家族がきちがい的な騒音をずっと鳴らしているような貧しい家もあるし、ずっとしずかだから、静かな状態で勉強をできる貧しい家もある。
ようするに、「貧しい家」と表現されるいるだけで、実際には、条件には差があるのである。
ところが、「貧しい家」の出身という条件を考えて一括思考すると、「貧しい家」の出身であるにもかかわらず、社会的に成功した人がいるから、ほかの「貧しい家」の人も、社会的に出世できるはずだと考えてしまうのである。
「貧しい家」の出身という第一階層レベルでの「条件わけ」だけに、注目して、一括思考をすると、第二階層以下の「条件」を見すごしてしまうのである。
どこからどこまでが、「貧しい家」なのか。
貧しさの程度にも差がある。
上層部の貧しい家と、下層部の貧しい家は、ちがうのである。
条件がちがう。
ところが、「貧しい家なのだから、条件はおなじだ」と考えてしまう人たちがいる。
この人たちは、条件を考えているようで、条件を考えていない。
じつは、条件を無視をするために、第一階層の条件について、言及しているにしかすぎないのである。
そして、「貧しい家の出身でも、社会的に成功した人がいるから、貧しい家の出身かどうかは関係がない」というような間違った推論をしてしまう人がいるのである。
これは、質が悪い推論だ。
貧しい家だけど、上層部の貧しい人が、成功したということは、貧しい家であり、下層部の貧しい人が成功できるということを、意味していないのである。
けど、「一括思考」をしてしまうので、「貧しい家の出身でも、社会的に成功できるのだから、貧しい家の出身だから成功できないと言っている人は、言い訳をしているにすぎない」と決めつけてしまうのだ。
しかし、第一階層で「貧しい家」の出身と表現された場合でも、ほんとうは、さまざまな部分で、条件がちがうのである。
どのくらい貧しいのかということを第二階層で考えるなら、貧しい家のなかにも貧しさの程度に差がある。
三つに分けた場合は上・中・下の三段階だ。
そして、たとえば、親の性格がよく、子供の将来について考えている親と、親の性格が悪く、子供の将来について考えていない親みちがいがある。
それは、条件のちがいになる。
貧しい家という第一階層の条件を考えただけで、親の性格という(ここでは)第二階層の条件を無視してしまうことは、よくないことなのである。
ところが、第一階層の条件を満たしていれば、その条件を満たす人は全員おなじ条件をもっているとみなしてしまうのである。
これは、間違った思考だ。
第一階層の条件を満たしていても、第一階層の条件を満たしている人はみんなおなじ条件だとは言えないのだ。
ところが、おなじ条件だと決めつけて考えてしまう。「貧しい家」といっても、「貧しい家」のなかで、「貧しさ」の格差がある。おなじじゃない。
* * *
もうひとつ、例を出しておこう。
たとえば、AさんとBさんとCさんがいたとする。Aさんは氷河期世代だけど正社員として就職できたとする。Bさんは、氷河期世代であって、正社員として就職できなかったとする。
Bさんが「自分(B)は、氷河期世代だから、就職ができなかった」と言ったとする。それを受けてCさんが「氷河期世代でも、就職できた人はいるのだから、氷河期世代だから、就職ができなかったというのは、いいわけだ」と言ったとする。
この場合、Cさんの言っていることは、間違っているのである。
Bさんが言っていることは、不定だ。わからない。
正しいのかどうかわからない。
けど、Cさんが言っていることは、間違っている。前にも書いたけど、就職氷河期世代のなかにも、コネをもっている人とコネをもっていない人のちがいがある。これは、コネがあるという条件と、コネがないという条件のちがいだ。
まあ、コネのなかにも、有力なコネと、弱いコネのちがいがある。
けど、とりあえず、第二階層には、コネがあるかどうかという条件のちがいがあるとする。
Aさんが就職できたのは、有力なコネあったからだとする。Bさんが就職できなかったのは、有力なコネがなかったからだとする。氷河期世代という第一階層の条件を考えて、一括思考をすると、氷河期世代でも就職できた人はいるのだから、就職できるはずだと考えてしまうのである。
何度も言うけど、これは、間違った考え方だ。
おなじ氷河期世代でも、個人によって、条件がちがうのである。
一括思考をするべきではないのだ。
第一階層レベルで、一括思考をすると、第二階層以下の条件が無視されてしまうのである。
だいたい、「就職氷河期で、就職できなかった人がいるのだから、就職氷河期の人は就職できない」と考え方間違っているのである。
ようするに、その属性を持つ人(条件を持つ人)が、ひとり就職できなかったら、その属性を持つ人全員が就職できないということはない。
おなじように、その属性を持つ人が、ひとり就職できたら、その属性を持つ人全員が就職できる(はずだ)と考えるのは間違いなのである。
第一階層レベルで一括思考をして、第一階層レベルの条件を持つ人は、「みんな」こうだと決めつけてしまうのは、よくないことなのである。
「Xという属性を持つ人はYに成功する」という文について考えてみよう。これも、Xという属性を持つ人は、みんな(全員)Yに成功するという意味になってしまう。
ここに、トリックがあるのである。
ひとり、Xという属性を持つ人が、Yに成功したからと言って、Xという属性を持つ人全員がYに成功するとは言えないのだ。
ところが、「そうであるはずだ」と一括思考をしてしまう。
だから、Xという属性をもっている人だけど、第二階層以下の属性がちがう人が成功しないということはないと考えしまうのである。
ようするに、Xという属性をもっている人だけど、第二階層以下の属性がちがう人が失敗するということはないと考えてしまうのである。