いろいろなことが思い浮かぶけど、全部、不愉快な思い出だ。「過去は関係がない」と言っている人は、まったく理解できないと思うけど、きちがいヘビメタがはじまった日から、ほんとうに、すべてが、めちゃくちゃにくるしい状態なのである。「鳴り終わったら関係がない」……そんな、わけ、ないよ。「一日のなかで、鳴り終わったら関係がない」という意味なら、まったく、ヘビメタ騒音がどういうものか理解していないね。壁が透明なら、「そこで」あのでかいスピーカーがガンガン、音をたてていた。ものすごくくるしい。無視できる音量じゃないのである。耳栓をすればいい」……。爆音だと、耳栓をしても爆音なのだよ。脳内で、めちゃくちゃにでかい音で鳴っている状態は、耳栓をしてもかわらないんだよ。逆に耳栓をすると、なんか、脳内の音が、強調される。耳栓ではなくて、思いっきり、両手で耳をふさぐということをした場合もおなじだ。耳栓と、思いっきり両手で耳をふさぐ場合は、だいたいいおなじぐらいの効果がある。普通に言えば、音が小さくなる。ところが、手にも、個体振動は、伝わってくるわけだし、密閉された状態で、「その音」だけを聴くような感じになる。ほかの音はまったく鳴ってなくて、きちがい兄貴のきちがい音だけが、ガンガン、頭のなかに響くという状態になる。まとめて言うと、爆音だと、耳栓をしても、両手で、思いっきり耳をふさいでも、爆音で聞こえる。脳内に、「その音」がガンガン、ガンガン、ひびいている状態は、かわらない。
その日の健康状態に関係がないわけがないだろ。その日と次の日の「睡眠」に影響を与えないわけがないだろ。そして、ほんとうに、宿題ですらできないのである。宿題を忘れて?学校行けば、文句を言われる。そういうことも決まっている。だから、「宿題をするから、静かにしろ」と兄貴の部屋まで行って、何十回も、絶叫する。絶叫して、絶叫して、絶叫する。けど、きちがい兄貴が、やめない。やめなくてもいいと思っているから、まったくやめない。ゆずらなくてもいいと思っているから、絶対にやめない。やめないのだ。けど、普通の兄なら……普通の人なら……弟がいやがっているということがわかる。ところが、きちがい兄貴は、弟がいやがっているということがわからない。それから、普通の兄なら……普通の人なら……自分の鳴らしている音が、非常識なほどでかい音だということが、わかる。わからないなんてことはない。耳が普通に聞こえるのに、わからないなんてことはない。ところが、きちがい兄貴は、わからないのである。これが、きたないところなんだよ。親父とおなじやり方で、クソ兄貴が、現実を無視して、よその家では鳴らせないようなでかい音で、きちがいヘビメタを鳴らす。きちがい兄貴にとっては、気持ちがいい音だから、ガンガン、ぼろくそにでかい音で鳴らさないと気分がないということになる。きちがい兄貴の気分のために、俺が常に毎日、犠牲になったのだ。ちなみに、俺は、兄貴に、普通の人なら絶対にわかるように、抗議していた。なすな」「ならすな」「しずかにしろ」「しずかにしろ」と一日に、何十回も、直接兄貴の部屋に行って、言っていた。ところが、たとえば、女の人なのだけど……「お兄さんがこわかったんでしょ」「お兄さんがこわかったからしずかにしてと、言えなかったんでしょ」と誤解をした人がいる。こわいとか、そういうことではなくて、きちがい兄貴が、きちがい感覚で、こっちが言っていることを無視して、自分の世界に没入して、まったく悪いことをしているつもりがないまま、頑固に、エレキギターを爆音でひいて、ステレオを爆音で鳴らしていた。こういうところで、きちがい兄貴が、きちがい的な感覚をもっていると、俺が誤解をされるのだ。どれだけ、そういう誤解がつもるか。
「どんな音で鳴っていようが、宿題ぐらいできる」……と言ったやつもいる。いやーー。自分が一番苦手な音が、あのでかさで鳴っていたら、宿題だってできないよ。ものすごい音で、頭を殴られている状態で、考えることができない。そして、無理やり考えようとすると、頭がこんがらがるのである。簡単な問題ですら、できない状態になる。そうなると、そういうことが、「家庭学習?」で、つみかさなってしまう。できないという経験がつみかさなってしまう。こういうことだって大きい。自分が、ほんとうに苦手な音が、ずっとずっと、身近な家族によってならされるている状態を、経験していないやつが……「どんな音で鳴っていようが、宿題ぐらいできる」……と言ったんじゃないかなと思う。