2026年3月12日木曜日

● 「二値思考」「数量思考」「性質思考」というものについて考えてみよう■社会※2026/03/11 9:26

 「二値思考」「数量思考」「性質思考」というものについて考えてみよう。

「Xをすれば幸福になる」と言う場合、最初は、二値思考なのである。

「二値思考」で、Xの欠乏……Xをしてないことが、幸福になれない原因だと決めつけてしまうのである。

そのあとに、「Xをしても、幸福になれなかったぞ」と言ってくる相手があらわれた場合は、突然、「数量思考」と「性質思考」に切り替わってしまうのである。

「数量思考」になった場合は、「数量がたりないからダメなんだ」ということを言うわけ。ようするに、「回数がたりないからダメなんだ」とか「努力(の量)がたりないからダメなんだ」ということを言うわけ。

しかし、この状態でも、X幸福論者のなかでは、二値思考的な言い方が、たもたれているのである。ようするに、X幸福論者は、理論が破綻していることに気がついていない。

「回数がたりないからダメなんだ」と言っている場合だって、「Xをすれば幸福になる」と考えているのである。だから、二値思考を、放棄していないのである。

性質思考の場合は、「こころをこめてやらないからダメなんだ」とか「感謝しながらやらないからダメなんだ」というようなことを言い出すわけ。

集合の話をしたけど、「Xをするという集合」のなかには、「こころをこめてXをする」という集合が含まれている。だから、こころをこめても込めなくても、とにもかくにも、Xをすれば、幸福になるということを(最初は)言っていたということになる。

この場合も、「数量思考」とおなじで、言っている本人が、気がつかないというところがある。

最初に、二値思考で、ニセの原因を持ち出して、ニセの原因に対する行為をすれば、問題が解決すると言っていたのである。

しかし、そのニセの原因が原因ではなくて、ほんとうの原因がある場合には、Xをすることは、問題解決のためには、役に立たないのである。

X幸福論者は、ほかの人がXをした場合……いいことだけが起こると思っているのだけど、実際には、悪いことが起こる場合だってある。

それは、その人(実行者)がどのくらい、おいつられているかで決まる。

そして、エネルギー問題はある。さらに、時間の問題だってある。

Xをすることにエネルギーを振り向けると、問題がしょうじる場合だってある。

これは、Xをすることにエネルギーを振り向けることによって、しょうじた問題のことについて言及しているのである。もとの問題が片づかないだけではなくて、エネルギーをXをすることによって、Xをすることによってしょうじる問題があるということだ。

時間の問題もエネルギーの問題とおなじだ。

本当の原因によって、時間に余裕がない場合、Xをすること自体が、時間がさらに、たりなくなるという問題を生み出してしまうのだ。

後出しだけど「X幸福論者」というのは「Xをすれば幸福になる」と主張する人のことである。そして、「Xをすれば幸福になる」という理論を「X幸福論」と呼ぶことにする。

2026年3月11日水曜日

●まずいことだということに、気がつかない■社会※2026/03/11 1:37

 「Xをすれば、幸福になる」というようなライフハックの場合、社会的な構造を無視してしまうのである。

Xをしないのが、原因で幸福ではないのだ。

ライフハックを口にするほうは、「不幸な人は、Xをしないから……不幸なのだ」という決めつけをしてしまうのだけど、この決めつけは、最初から間違っている場合が多い。

ライフハックを口にするほうは、そんなことは、まったく気にしない。

それは、ここがダメなんだというようなダメ出しなんだけど、まったくはずれている場合がある。

社会的な構造を無視してしまうというのは、問題がある。

どうしてかというと、すべてではないけど、社会的な構造から押し出されてしまうものによって、不幸になる場合があるからだ。

社会的な構造といったけど、そもそも、生まれてくる家がちがうのである。

それは、『条件がちがう』ということだ。

何度も何度も言うけど、『条件のちがい』は重要だ。

たとえば、Aさんが不幸だとする。Aさんが不幸になる原因をAさんの家族がつくりだしている場合だってある。

けど、社会の構造や、生まれてくる家のちがいを無視して、「その人」が不幸なのは、Xをしないことが原因だと決めつけてしまうのである。

これは、まずいことなのだけど、善意で、「Xをすれば、幸福になる」というようなライフハックを口(くち)にする人は、まったく、気がつかない。

まずいことだということに、気がつかない。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。