「神はこうする」と言えば、神は、こうするのである。
だから、神よりも、言霊のほうがずっと上だということになる。言霊の力で、神を動かすことができるのである。
言霊の力で、神をも、支配できるのである。完全支配だ。
ところが、言霊主義者は、ほんとうにくるしくなれば、神頼みもすることがある。
矛盾している。
そして、言霊の主が、言霊主義者なら、その言霊主義者は、神を完全に超越した存在だということになる。
ようするに、「自分」が言えば、神を操作できるのである。自分が神について言えば、神は、自分が言った通りに動くしかないのである。
どうしてなら、言霊は、宇宙を貫く絶対法則だからだ。この宇宙を貫く絶対法則には、神も逆らえない……。言霊理論が正しいなら、そうなる。
人間である言霊主義者が「神はこうする」と言ったら、神はこうするしかないのである。神よりも、自分のほうが上だということになる。
もちろん、普段は、「言ったって、かわらないこと」に関しては、言わないことが多い。
どうしてかというと、「どうせ言ったって、かわらない」からだ。
政治のことについて「自分」がなにを言っても、政治がわからないと思っている。
だから、「一票を投じるだけだ」などと言う。
自分が好きな異性と付き合おうと思っても、「どうせ、言ったって、かわらない」と思って、「自分が好きな異性は、自分と付き合う」とか「自分が好きな異性は、自分と結婚する」とかと言わないのだ。
もちろん、言う場合だってある。
けど、言ったって、言っただけなのである。
ひとりでいるとき「自分が好きな異性は、自分と結婚する」と言った。
言ったから、なんなんだ?
言っただけではないか。
絶対的な力としての言霊と、まったく無力な言霊が、言霊主義者のなかで、同居しているのである。
そして、言霊主義者はそのときの雰囲気に従って、使い分けているのである。しかし、言霊主義者自体が、「使い分けをしている」という気持ちがないのだ。
ぜんぜん、気がつかない。
自分が、言霊を使い分けているという認識がまったくない。突然、「言えば言ったことが現実化する」と言ったり、突然、「言ったって、なにもかわらない」と思ったりするのだ。
こういうところも、なんか、兄貴と似ているんだよ。こういうところも、なんか、親父と似ているんだよ。 いやなんだよなぁ。
似ているけど、ぜんぜんちがう。まったく、ちがう。
普通の人や言霊主義者は、人生のなかで、きちがい兄貴みたいなことを、一回もしない。
きちがい兄貴は、毎日やる。ぜんぜん、ちがう。
けど、「矛盾に気がつかない」という点だけは、似ている。親父のことも、おなじだ。普通の人は、親父みたいな行為をしない。
けど、親父は、「うちのなかにいるときは」親父らしい異常な行為をする。親父らしい異常な反応をする。
そして、みんな……というか、うちの状態を知らない人たちは……きちがい兄貴やきちがい親父のことについて誤解をするのである。
これもこまる。
だいたい、きちがい兄貴みたいな人間は、めったにいない人間なのだよ。
そのめったにいない人間が、ぼくの一番嫌いな音楽であるヘビーメタルに興味を持ってしまった。きちがい兄貴のやり方は、きちがい親父のやり方とおなじなんだよ。
そうすると、いちおう……言霊の矛盾点に気がつかない普通の人である言霊主義者が、「言えば言ったことが現実化する」と言い「できると言えばできる」と言い、「できないと言うからできない」と言う。
ところが、きちがい兄貴のヘビメタ騒音の連続で、ほんとうに、夜……眠るべき時間に眠ることができないんだよ。
それは、ヘビメタ騒音がはじまってから、そうなったんだよ。
毎日の積み重ねでそうなったんだよ。