2026年6月26日金曜日

●こころから納得している人たちを増やしても、世の中は、よくならない■2026/06/25 0:29

どう思うかは、恣意的なのだけど、それでも、条件が悪い人は、実際に「いいことが起こった」と思う確率が、低いのである。

どうしてかというと、条件が悪いので「いいこと」だと感じることが、なかなか、起こらないからだ。これは、言霊ということを考えとると、条件の悪さではなくて、その人の「能力の問題」になる。

その人が「言霊の力をうまく使えない」ということになる。

ようするに、「その人の言い方が悪いから、言った通りにならないのだ」ということになる。さらに、こころがけサブルーチンに入れば、「こころがけが悪いから、言った通りにならないのだ」ということになる。

ようするに、条件を無視してしまっているので、その人の「能力の問題」になるのである。「うまい言い方で言う能力」の問題になる。

そして、「その人の言い方が悪いから、言った通りにならないのだ」と言っているほうは、まるで、相手をディスっている気持ちがないのだ。

気持ちがないだけで、ディスっている。

「こころがけが悪いから、言った通りにならないのだ」と言っているほうは、まるで、相手をディスっている気持ちがないのだ。

気持ちがないだけで、ディスっている。

まあ、ディスっているという表現を使ったけど、悪口を言うということだ。あるいは、誹謗中傷をするということだ。

「いい助言をしてやっている」と思っている。「実際に(相手が)そうだから、言っても、現実化しない」と思っている。

悪口ばっかり言っているのに、そのつもりがない。

自分は、いいことをしていると思っている。自分の助言は適切だと思っている。

こういうことになってしまう。

言霊パラダイムを受け入れて、言霊で、さまざまな事象やさまざまな出来事を説明しようとする、そうなってしまう。

こういう人たちが「人に親切にしましょう」「人の悪口を言わないようにしましょう」と言ったって、意味がない。自分が、こころから納得して「人に親切にしよう」「人の悪口を言わないようにしよう」と思っていたとする。

その場合、自分がほかの人たちを説得して、「人に親切にしよう」「人の悪口を言わないようにしよう」を増やせば、そのぶん、世の中はよくなると確信している人たちがいる。

けど、こころから納得していても、こころから納得している人たちを増やしても、世の中は、よくならないのである。

運用に問題がある。認知・認識に問題がある。

むしろ、社会の構造や人の構造に注目したほうがいい。

*     *     * 

「こころがけが悪いから、言った通りにならないのだ」という発言については、「そんなことは、言っていない」と思う人がいるだろう。「悪い」という言葉を使っていなくても、ようするに、「じゅうぶんでない」ということを言っているのならば、「悪い」と言っているのとおなし効果がある。

AさんとBさんがいたとする。

AさんがBさんに『言霊』でマウントをとったとする。

その場合、Aさんのなかには『自分は、言霊をうまく使える』という自信と、『Bさんは言霊をうまく使えない』という軽蔑(見下し)が存在している。勝手に、自分のほうが上だというヒエラルキーをつくってしまう。

それから、たとえば、「人のせいにしない」という言い方がある。これは、「言い方が悪い」というさぶールチンのなかの、サブルーチンなることがある。

ようするに、メインから見れば、サブ・サブルーチンだ。メインは「言えば言ったことが現実化する」ということだ。

たとえば、Aさんが、Bさんに「人のせいにしない」と言った場合、Aさんは、Bさんのことを、人のせいにする(悪いやつだ)と見なしているということになる。

この「人のせいにしない」という、言い方は、絶妙だ。「人のせいにするな」と直接的な表現で言っているわけではないのだ。

あらゆることに関して「人のせいにしない(ようにしたほうがいい)」ということを、たぶん言っているのだろう。

しかし、これには、相手が……あるいは読者が……「人のせいではないこと」を「人のせいにする」悪い性格の人だという前提が必要なのだ。この、いやらしい表現。

「人のせいにしない」というのは、まあ、こころがけサブルーチンなんだよね。

こころがけサブ・サブルーチンなのか、こころがけサブルーチンなのかは別にして、ともかく、いろいろな言い方のサブルーチンとして、出てくる言い方だ。

悪いけど、相手側をそれとなく、ディスっている。

たとえば、引き寄せができないのは、こころがけが悪いからなのだということを言う場合がある。こころがけが悪いと言わなくても、「こころがけがたりない」と言う場合があるし、「こころがまえができていない」と言う場合がある。

ともかく、相手は、「不足している」のだ。

ともかく、相手は、「じゅうぶんではない」のだ。

言霊でも、引き寄せでも、サブルーチンは大体おなじようなものになる。思霊理論は「思えば、思ったことが現実化する」という理論だ。

変形バージョンとしては「明るいことを思えば明るいことが起こり、暗いことを思えば、暗いことが起こる」というものがある。

どうして、「思ったことが現実化しないのか」ということが問題になる場合がある。

あるいは、「明るいことを思っているのに、どうして、明るいことが起こらないで、暗いことばかりが起こるのか」ということが問題になることがある。 

そのときは、「思い方が悪い」ということになるのだ。

ようするに、「思い方が悪い」というサブルーチンに入ることになる。

そして、「いい思い方」についてレクチャーするようになる。

それでも、うまくいかなかったとしよう。その場合は、「思い方が悪いのはどうしてか」ということが問題になり、こころがけサブルーチンや、こころがまえサブルーチンに話が進むことになる。

こころがけサブルーチンのなかに、「人のせいにしない」というサブルーチンがあるのだ。

相手は人のせいではないことを人のせいにしているという……決めつけ。

そして、そのメンターや教祖だって、ほんとうは、人に責任があると思っている場合は、人のせいにするのである。

だいたい、人のせいではないのに、人のせいにしているではないか。

「思い方が悪い」と人のせいにして、「こころがけが悪い」と人のせいにして、「こころがまえができていない」と人のせいにして「(あなたは)人のせいにするからダメなんだ」と人のせいにする。

そして、よく観察してみてみると、メンターや教祖だって、人がおこりやすいところで、おこっている。普通の人が、おこることが多い場面では、メンターや教祖だって、よくおこっている。

自分自身にとってみれば、そのときにおこるのは、あたりまえなのだ。

それから、思霊なんてないから、メンターや教祖も一〇〇%の確率で、思霊の力を使えない。ただ単に勘違いをしているだけなのだ。勘違い。勘違い。大きな大きな勘違い。

幼児的万能感が強いから『自分は思霊の力を使える』と思っているだけだ。ようするに、ニセの自己効力感が強い人なのだ。

2026年6月25日木曜日

●夜になれば、鳴っていないときとおなじように、ちゃんと眠れると思っているのだ■騒音※2026/06/25 19:56

実際に、一日でも、自分のきらいな音で、経験してみれば、どれだけひどいことか、わかるのに、実際には、一日も、自分のきらいな音で、経験したことがないから、わからない。

きちがい家族が、きちがいモードでやることがわかっていないから、わからない。きちがい兄貴の態度言ったらないよ。あの態度で、やられたことがないから、どれだけ腹が立つことか、普通の人たちは、わからない。

一〇〇一日目には、どういうことになるか、一〇〇一日目にはわかる。けど、一〇〇一日間、ずっと経験したことがないので、どういうことになるかわからない。

そうなると「関係、ない」「影響、ない」と悪気なく、言うことになる。

これ、ほんとうに、『自分なら、影響なく、生きることができる』と思っているのだ。自分なら、どんな音が鳴っていたって、宿題ぐらいできると思っているのだ。

自分なら、どんな音が鳴っていたって、夜になれば、鳴っていないときとおなじように、ちゃんと眠れると思っているのだ。

自分なら、どんな音が鳴っていたって、遅刻をしないでちゃんと、通学できると思っているのだ。

自分なら、そういう生活がどれだけ長く続いても、鳴っていない期間とおなじように、通勤できると思っているのだ。こんなやつ、ばかりだ。

何度も言うけど、きちがい兄貴が、きちがい的な意地で「ほかの人がやらないこと」を十数年間にわたって、毎日毎日やったために、ぼくが、「ほかの人が経験しないこと」を十数年間にわたって、毎日毎日、経験してしまったのだ。

きちがい兄貴は、親父モードで、きちがい的な意地で鳴らしているだけだから、こっち(弟)に対する影響なんて、まったく、わからない。きちがいモードで無視をして、やりきる。

そして、別にほんとうに、悪いことをしたつもりがないのである。

影響を与えることをしたつもりがまったくないのである。

自分(兄貴)だって、あの音で、(自分が聞きたくない音を)鳴らされたら、一分で発狂するのに、それがまったくわからないのである。ぬけぬけなのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。