2026年8月12日水曜日

●悪魔がつくりだした「神側の考え方」が、精神世界の考え方だ■社会※2026/08/12 6:18 あとで消すかも

 軽く言っておく。

「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」と考えている人は、他責思考になってしまうのである。

条件が悪い人は、条件が悪いから、不幸な出来事が起こりやすいのである。

別に、暗いことを考えていたから、暗いことが起こるのではなくて、所与の条件が悪いので、暗いことが(かなりの高確率で)起こるのである。

しかし、「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」と考えている人は、「その人が、暗いことを考えたから、実際に暗いことが起こったんだ」と考えてしまうのである。

幸福な人のことは、せめないけど、不幸な人のことは、せめるように、なってしまっているのである。

「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」と考えている人には、そういう思考がセットされてしまっているのである。

「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」という考え方の背後には「思えば、思ったことが現実化する」という考え方がある。

「言えば言ったことが現実化する」という考え方とおなじように、幼児的万能感を満たす考え方なのである。

幼児的万能感が強ければ強いほど、「思えば、思ったことが現実化する」という考え方が正しいと思い込むようになる。「思えば、思ったことが現実化する」という考え方も、「自分にとって都合がいい考え方」なのである。

自分が!思えば!!その通りになる!!!という考え方なので、自分にとって、とてつもなく、都合がいい考え方なのである。

思い通りになればいいのだけど、思っても、その通りにならない場合もある。それは、現実的な世界で、現実的な理由があるから、思った通りにならないのである。

自我にとって都合がいい考え方なので、受け入れやすい考え方なのである。

これも、本人が、本人のなかで、強く信じていればいいことであって、人に言うことではない。人によって、現実的な条件がちがいすぎるので、条件が特別に悪い人は「思ったって」思った通りにはならないのである。

どうしてかというと、条件が特別に悪いからだ。条件から発生する不愉快な出来事で、一日がいっぱいになってしまうときがある。

その場合、ほんとうにその人が悪いのかというと、その人が悪いとは言えない場合がある。しかたがない条件によって、不幸な出来事が発生してしまう場合がある。これが現実だ。

ところが、あくまでも、「その人が思ったことが現実化している」と考えると、その人の条件を無視して、「その人が思ったから、ダメなんだ」と思い込むようになってしまうのである。

これが、他責思考でなくて、なんだ。

しかも、的外れな他責に思考なのである。自分が明るいことを考えたので、明るいことが起こったと考えることは、別に悪いことではない。

しかし、他人が、暗いことを考えたから、その他人の身の上に暗いことが起こったのだと考えるのは、よくないことなのである。絶対に、よくないことなのである。

精神世界の考え方というのは、じつは、社会圧力をたかめる働きがある。かならず、上にこびて、下に(強く当たる)ということになってしまう。

そういう力動が常に働いている。どうしてかというと、たぶん、精神世界の考え方は、悪魔側の考え方だからだと思う。人々がより悪くなるように、最初から設計された考え方なのだ。

しかし、幼児的万能感が強い人たちは、精神世界の考え方が正しい考え方だと思ってしまう。普通の人たちは、精神世界の考え方が、基本的にもっているやばい部分には目を向けないのだ。

精神世界の考え方と書いたけど、これは、別に精神世界に凝っている人たちの考え方ではない。一般人が普通にもっている考え方なのだ。

手短に言うと、幼児的万能感を利用されて、悪魔に支配されている状態になってしまう。精神世界は、倫理や道徳と関係がありそうなので、神側の考え方だと思っている人が多いと思う。しかし、悪魔側が作り出した、神側の考え方なのだ。これに、気がつかないと、悪魔に思考を制御され、悪魔好みの働きをするようになる。

悪魔側が、神側の考え(に見える考え)をつくりだしているのだ。

しかし、その場合の神側の考え方というのは、悪魔側がつくりだした「神側の考え方に見えるような考え方」にすぎない。

これは、神側の考え方ではない。

自尊心と幼児的万能感を刺激されると、悪魔的な幻想を正しいこととして理解してしまうのだ。悪魔がつくりだした「神側の考え方」が、精神世界の考え方だ。

普通の人から見ると、悪魔側が作り出した「神側の考え方」は、「神側の考え方」に見えてしまうのである。けど、これは、幻想だ。ちがうのである。

条件が悪い人をせめる部分があるかどうかということを、指標として考えればよいのだ。条件が悪い人をせめる部分が(自分のなかに発生するなら)それは、悪魔がつくりだした「神側の考え方」に見える悪魔側の考え方だ。

条件の悪い人にどういう感情が発生するのかということを、リトマス試験紙のように使えばよいのである。

条件が悪い人に対して、悪い感情が発生してしまう考え方は、全部、悪魔が作り出した「神側の考え方」に見える、「悪魔側の考え方」だ。

2026年8月11日火曜日

●ほんとうは、努力をしたって、成功しないことはある■社会※2026/08/11 18:35

「努力をすれば瞬間移動することに成功する」という文について考えてみよう。

「努力をすれば、成功する」という文が正しい場合、努力をすれば瞬間移動することに成功する」という文も正しいということになってしまう。

「瞬間移動することに成功する」ということは、「成功する」という集合の中に含まれる。まあ、ただ単に「瞬間移動することに成功する」でもいいよ。

どんな方法で瞬間移動するのかは別にして、ともかく、「瞬間移動することに成功する」という集合は、「成功する」という集合の部分集合なのである。

努力をすれば、瞬間移動することに成功するのである。けど、努力をすれば、瞬間移動することに成功するだろうか。成功しないのではないか。

ほんとうは、努力をしたって、成功しないことはある。

ところが、「努力をすれば成功する」という言い方になると、どんなことであれ、努力をすれば成功するということになってしまうのである。

だから、「努力をすれば成功する」という言葉というのは、『言えば、言ったことが現実化する』という言葉とおなじように、妄想的な部分を含んでいる。

言霊という言葉のように、努力という言葉が、妄想的な信念を支える言葉になっているのだ。

基本的には、物理的にできないことであっても、「努力をすれば」できるような印象を与える言葉なのである。

じつは、印象を与えるだけではなくて、文だけを考えれば、物理的にできないことも、できると言い切っている言葉なのだ。

「することに成功する」のだから「できる」ことになる。努力をするということも、一意に決まらないし、成功するということも、一意に決まらない。

だから、無駄なのだけど、言っておくと……「努力をすれば成功する」という命題は、最初から『偽』だ。

努力をしたって、成功しないことがあるからだ。

そこで問題なのは、人々がどのようなことを「無理なこと」だと考えるかということだ。

別の言葉で言えば、人々がどのようなことを「可能なこと」だと考えるかということが問題になる。 

*     *     *

「努力」という言葉がオールマイティーカードのようにあつかわれているということは、以前、指摘した。「努力」というのは、身近で、なじみがあるタームなのだけど、実際には、妄想的で、呪術的なタームになってしまう。

たとえば、「努力をすれば成功する」という文のなかの「努力」というのは、妄想的で呪術的なタームになりえる言葉なのだ。もちろん、「努力をすれば成功する」という文において、「努力」というタームが妄想的で呪術的な意味をもたない場合もある。

しかし、妄想的で呪術的な意味をもつ場合もあるのだ。これが重要なのだ。

物理法則をこえることは、できないことだ。人間が物理法則にさからったことをしても無駄だ。ところが、「努力をすれば成功する」という文のなかでは努力をすれば、物理法則にさからったことをすることもできるということになってしまう。

物理的に無理なことでも、努力をすればできるようになるのだ。

努力をすれば、物理的に無理なことをすることに成功するということになる。

物理的に無理なことをすることに成功するという集合は、成功するという集合の部分集合だ。「努力をすれば成功する」のだから、物理的に無理なことでも、努力をすれば、成功するということになる。

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ほかの人にとっては、まったく、関心のない話になるだろうが、基本的なことを言ってしまえば、苦手な音が爆音で、毎日、何時間も何時間も鳴っているのに、何時間も何時間も鳴っているということの、影響を受けないということは、可能ではないのだ。

こんなもの、ほんとうは、物理的に可能ではないと言ってしまいたいほどだ。

人間の体ということを考えると、人間の体をもつものにとっては、苦手な音が爆音で、毎日、何時間も何時間も鳴っているのに、何時間も何時間も鳴っているということの、影響を受けないということは、可能なことではない。

けど、実際に、苦手な音が爆音で、毎日、何時間も何時間も鳴っていなかった人は、苦手な音が爆音で、毎日、何時間も何時間も鳴っているのに、何時間も何時間も鳴っているということの、影響を受けないことが可能だと考えてしまう。

しつこい騒音を経験したことがない人は、これがわからないのである。

「家族なら、ちゃんと言えば、しずかにしてくれる」と考える人がいるのだけど、きちがい家族だと、ちゃんと言っても、しずかにしてくれないのだ。

だから、この考え方はまちがっている。家族だからという理由で、どんなに言われても、頑固に鳴らしてしまう人が、この世に入る。たとえば、うちのきちがい兄貴がそういう人だ。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。